1- 11 猫の死骸
「ここじゃ」
お爺さんの霊について歩くこと数分後、ホイップの交通事故現場に到着した。
結羽は、お爺さんの霊が指差す方向を見回した。
真っ直ぐのびる住宅地の道路、右側には車数台が駐車できるアスファルトの駐車場、左側には『売地』の看板がポツンと立っている空き地がある。
「ホイップは、ここで車にはねられたの?」
結羽はお爺さんの霊に尋ねた。
「そうじゃ。車が走ってきたときに猫が駐車場から空き地に向かって飛び出したんじゃ」
「なんでまた······」
「での、猫がバーンと車にはねられて溝の中に落ちたんじゃ」
「溝?」
道路と空き地の境界線に沿って幅30センチほどの灰色の側溝がある。グレーチングのような金属の蓋はない。
「もしかして!」
結羽は、すぐに側溝へ駆け寄った。すると、案の定、灰色の側溝の中に、薄汚れた白い猫が横たわっていた。猫の頭部には、うっすらと血の跡がある。そして、何よりもホイップの霊が身につけている水色の首輪を、猫の死骸も身につけていた。
「ホイップだ······」
ホイップの死骸を目にした結羽は、先にあの子の霊を見ているとはいえ、やはりショックを受けた。結羽の目にうっすらと涙が浮かんでくる。
「まだ最近のことじゃ」
結羽の様子を見つめていたお爺さんの霊がポツリと言った。
結羽は、側溝の中で横たわっているホイップの死骸を指先で優しく撫でた。美しかったであろう真っ白な毛並みが、土や血などで汚れてしまっている。死後硬直のせいですでに体は硬く、土のように冷たい。
「ホイップ、痛かっただろうね」
結羽は、ホイップの死骸を撫でながら鼻をすすった。お爺さんの霊が見守るなか、結羽は何度も涙を拭った。
「待っててね、ホイップ」
結羽は、決意したかのように素早く立ち上がった。そして、スマホを側溝に向けるとカメラモードで撮影した。
「それは何じゃ?」
お爺さんの霊が興味深そうにスマホを見つめている。
「これね、携帯電話なの。カメラも付いてるのよ」
「何と! れいわの時代には、電話は無線機のようになってしまったか!」
お爺さんの霊が目を丸くしながら叫んだ。そんなお爺さんの霊を目にした結羽は、目に涙を浮かべたままクスッと笑った。
「ほら、見て」
結羽はスマホの画面をお爺さんの霊に見せた。そこには、側溝で横たわるホイップの死骸が映っている。
「おおお! 日本は戦争に負けたのに、ここまで科学は発展したか! 何とまあ、日本人は素晴らしい文明の利器を得たもんじゃわ!」
お爺さんの霊は、大きな声を出しながら結羽のスマホを食い入るように見つめた。
「お爺さん、リアクション大きすぎ」
結羽は、涙を拭いながら笑った。
「じゃあ、お爺さん。ホイップと合流したら、珠代ちゃんの家を教えてもらってもいい?」
「うむ。早く珠代ちゃんに猫の死を伝えないとな。喜んで協力するぞ」
結羽は、お爺さんの霊と一緒にホイップが待つ路上へ向かった。
結羽たちが数分歩くと、透き通った真っ白な猫が前足を揃えて座っている場所までたどり着いた。ホイップの霊だ。
ホイップは、結羽たちが去ったあとも、身動きせずに前足を揃えて座りながら待っていたのだった。そんなホイップの姿を見つけた結羽は、その可愛らしさにクスッと笑った。
「名犬ハチ公みたい」
結羽が近づくと、ホイップの尻尾がピンっと立った。
「ゆうは」
ホイップは結羽の名前を呼びながら彼女の胸へ飛び込んだ。そんなホイップを結羽は温かく迎え、抱き締めた。
「ホイップ、お待たせ」
「ぼくを、みつけた?」
ホイップは結羽に抱かれながら彼女を見上げた。
「うん」
結羽は、それ以上は何も言わなかった。
もし言えば、ホイップに事故死のことを思い出させてしまうかもしれない。せっかく“死”という苦痛のドアを通過して霊の世界にやってきたのだ。結羽は、ホイップにまた苦痛を味わわせたくなかった。
「それじゃあ、珠代ちゃんの家へ行こうかの」
結羽とホイップのやりとりを温かく見守っていたお爺さんの霊が歩き始めた。
「はい!」
結羽は明るく返事をすると、ホイップを胸に抱いたまま歩き始めたのだった。
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