第25話 町の来歴がわかりました

 道なき道を通るので、背の高いヨランさんは木の下枝を払ったりしつつ道を進んだ。

 ベルさんも時々、魔術の風で、丈のある草を切っていた。

 おかげで歩きやすくなったなと思っているうちに、目的の野営地に到着する。


「これは町だった場所ですね。白夜の森も近いですが……」


 ラスティさんが、近くの建物に寄ってしげしげと見る。

 それから壁がほとんど崩れた建物の近くに何かを見つけ、ふふっと笑う。


「町を木の柵で囲っていた跡ですかね? 朽ちた木のかけらがありますよ」


 言われてみると、ラスティさんが指さすあたりから直線状に、腐葉土がちょっと盛り上がっている場所があった。

 しかも不思議と草が生えていない。

 

「木を保つ防腐剤の効果は、けっこう続くんですね。草が生えていないのはたぶんそのせいでしょう」


 ラスティさんは色々な知識が豊富なようだ。

 論文を見たりするのが好きそうだし、知識を蓄えることと使うことが嬉しい人なんだろう。

 そんなラスティさんの話を聞いていた、ヨランさんが言う。


「なるほど。これは移転前のアーダンの町だろうな」


「移転?」


「アーダンの町は、白夜の森から出てくる魔物への対応の最前線だ。百年以上前は、霧から魔物があふれ出ることも多くて、この周辺は危険度が高かった。それに対応するために町が維持されているといっても過言じゃない」


「街道に近いから、町ができたんじゃないんですか?」


「最初はそうだったんだろう。この町は今のアーダンの町よりも街道に近いしな。でも森ができて状況が変わった」


「ここを拠点にして、森からあふれてきた魔物に対応するようになったんだ。その先には畑も村もある。特に畑をダメにされてしまったら、沢山の人々が生きていけない。だからこの町は、柵で囲んでいたのだろう」


「木の柵だったのは……白夜の森ができてから、急いで柵を設けたせいかしら?」


 ベルさんの言葉に、ヨランさんがうなずく。


「おそらくは。当時は魔物の数が多くて、近くの木を切り倒して柵を設け、それを補強するので手一杯だったんだろう。石を積む壁を造るには、外からも人が多く必要になるが……戦闘職ではない職人を、戦いがいつ起きてもおかしくない町に多数派遣するのも難しかったんだと思う」


 そうか。職人が魔物に襲われてしまうから……。

 木の柵を作り続けて、町というより基地のつもりで使っていたのかもしれない。


「移転は計画的だったという文献を見たことがありますよ」


 ラスティさんが眼鏡を直しながら言う。


「町を壁で囲う作業が難しいので、それなら少し森から距離がある砦を利用しようという話になったとか。砦の周りに壁を造って、同時に内側に家を建てて町の人を移住させたのだとか。ただ急に森の霧が広がった時期があったらしく、それで移転が早まったのだという話があったはずです」


「そうだったんですね」


 以前は霧が広がるだけじゃなく、魔物も一緒に出てきたんだ。

 ちょっとだけ、霧の端までみちみちに混んでいる白夜の森の姿と、霧と一緒にさーっと移動していくのを想像してしまう。


「アーダンの町は、魔物討伐を主目的に維持されてる。この地を治める貴族も、町を管理する代官も、そのために冒険者を多く呼び込んで日頃から討伐などをするように支援しているんだ」


「だから紛争地が近いのに、冒険者もいてにぎわっているんですね」


「そうね。国境を越えて商人が頻繁に行き来しているわけではないし、街道の終点だもの。にぎわう理由がなかったら、たぶん商人なんて来ない町よ。それで、どこにテントを置いてるの?」


「残っている家の壁をちょっと利用してて……こっちです」


 ベルさんに聞かれて案内する。

 町の中に入ってからは、ベルさん達も意外と家の外壁が残っていたり、石畳が木が生えてダメになったりしていないことに驚いていた。


 そして屋根だけ防水布でつけている私の野営地を見て、なるほどと納得する。

 

「長期の野営ができると思うのも納得ね」


「壁、天井が崩れたのが不思議なほどしっかりしてるな」


「風化や雨や湿気の劣化はあっても、土台も石だったおかげで、まだまだ使えそうな感じですよ。こっちの空間は、たぶん木造の家があったんでしょう。木屑が土代わりになって、木が成長できたんでしょう」


 それぞれ自分の気になるところを確かめて歩いては、町の建物の丈夫さに驚いていた。


「よし、じゃあリーザの横の家にお邪魔するか」


 ヨランさんがそう言って、彼らの今日の野営場所を決めた。

 すぐ隣は、二階建ての家だったようだ。けど、何があったのか屋根が無くなっていて、二階の床もない吹き抜けになっていた。


 彼らはてきぱきと石床の上をキレイにすると、持っていたテントを展開。

 それから買い出した食料を広げた。


「肉がある。こっちが……その魔物の犬の分なんだが、食うか?」


 ヨランさんが期待を込めた目でルカを見る。

 その横でラスティさんがため息をついた。


「珍しいから触ってみたいと、騒いでいたんですよ、ヨランは。魔物が使役されているのはよく見るけど、戦闘時だけのことが多いから、撫でさせてもらう機会がなかったんだそうで……。肉をあげたら懐くかと聞くので、試してみたらいいじゃないかと答えたら……」


「で、こんな大きな塊肉を買ってきたと?」


 ベルさんもあきれ顔だ。

 そして期待のまなざしを向けられているルカは……。

 ふん、と鼻でため息をついたのだった。

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