第16話 採取の依頼を受けよう

 越境中の時は違って、平らな場所で眠れたからか、十分な睡眠がとれたみたい。

 朝起きると、部屋まで空気がひんやりとしているような気がした。

 毛布から出ている頬が冷やされているけれど、天然の毛布を着ているルカが側にいるので体はほかほかだ。


「おはようルカ」


 挨拶すると、ルカは目を開けて「わう」と鳴く。

 まるで犬みたいだ。

 このルカが魔物で、本当は小屋ほどの大きさがあるなんて信じられない。


「門番の人もオオカミだと思ってたしね」


「わう?」


 首をかしげたルカはとても可愛いかった。

 本当に、魔物なのだろうかと私まで疑ってしまいそう。


「あ、霧はもう晴れたんだ」


 白い霧はどこにも見当たらない。

 夜だけの現象なのだろうか。

 でもこれなら、拠点にするには最高だ。

 魔物が怖いから近づく人もいないし、誰かがいるだろうとも思わないだろうから。


「よし。町に行こう」


 貯金計画開始の拠点は手に入れた。

 ここなら宿代はかからないし、荷物を運ぶのもルカが手伝ってくれるから、それなりにため込むこともできる。


 冒険者を雇えるようになるまでがんばらないと。


 まず、荷物を動物に荒らされないように簡易的な扉をつけることにした。

 木材は朽ちたりしているので、枝をいくらか集めて、テントを張るのに必要かと思って買っていた細いロープを編むようにして枝を並べて固定し、それを戸口に立てかけた。


 倒れないように重たい石で固定し、さらに回りに石を積んで補強。

 これで小さな動物は乗り越えられないと思う。


「今のルカぐらいの大きさのオオカミとかが、体当たりをしたら無理かもしれないけど……」


 昨日から動物を見かけていないので、確率は低いと思う。

 無事であるよう願い、私は町へ向かった。

 

「それにしても、歩きやすいかも」


 モスリンのドレスは沢山の襞もあって優美さがいくらかは残っていた。

 継母のお下がりのドレスではあったけど、一応『厄介者扱いされているのがわかる貴族令嬢』ぐらいの対面は保てていた物だ。


 でも、森の中を歩いたりするのには向いていない。

 だから町にいた自分と似た年齢の女の子や、ふと見かけた冒険者を参考に、厚地の裾長のベストやえんじ色のひざ下丈のスカートなんかを買ってみたのだ。


 丈の長いドレスを着て生活していたから、ちょっと感覚が違うけど。

 でも動きやすい。

 それにスカートの下に一枚、少しだけ長いスカートを重ねているので、恥ずかしい感じはしない。

 重ねているのは、一新しても捨てられなかったというか、代わりの物がなかったので捨てずに着ている、裾にレースがあるペチコート代わりの物だ。

 ドレスを膨らませるために着ていた物が、役立った。


「ちょっとだけ、おしゃれな感じがしていいわよね」


 継母の元では、目立たないように、華やかにならないようにしていたから、このレースのあるスカートもこっそりと下に重ねて着るしかなかったのだ。


 アレクシスとの約束を果たしたら、今度はおしゃれにも手を出してみてもいいかもしれない。

 そんな未来を思い描くと、自然と口元に笑みが浮かんだ。


 そうしているうちに、町へ到着。

 門が見える前に、一緒に来ていたルカには離れてもらった。


「わふ」


 そう言ってルカはどこかへ走り去る。

 今日は数時間で町から出ると言ったので、どこか近くにいてくれると思う。


 そんなわけでルカがいないので、門番も何も言わずに私を通してくれた。

 本当に、オオカミが中に入るのが嫌だっただけらしい。


「まずは、金策をしよう」


 私は冒険者ギルドへ向かった。

 昨日覚えた道をたどり、ギルドの建物の中へ。


 今日はそこそこ人がいる。

 カウンターにも六人ぐらい並んでいるし、その近くの座って話せるようにしてあるのだろう座席とテーブルのセット五つは全て埋まっていた。

 みんな、しっかりとした革鎧やマントを着て、剣を腰に吊るした人達ばかりだ。


 掲示板の前には二十人ぐらいがたむろしている。

 けれどこちらには、私よりも小さな子供も混じっていた。


「ほら、こっちの採取とか」


「うー、魚鱗草って面倒なんだよな。ぽろぽろはがれるし」


「面倒だからお金がいいんじゃない」


 採取を受けるかどうか相談しているらしい。

 十三歳ぐらいの、私より年下の子供達だ。

 特に戦闘向けの装備をしているわけではない。

 一応短剣は持っているけど、あとはマントを羽織って、沢山詰まってはいないリュックを背負っている。


 冒険者ではない人だと思う。

 それでも仕事を受けられるのか、と少し私はほっとする。

 もしダメだったら困るなと思っていたので。


 他の正統派な冒険者らしい鎧や剣を装備した人達は、魔物の討伐依頼を見ている。

 白夜の森近くはどうも魔物が多いようで、畑近くに出る魔物の討伐依頼が多い。

 あとは旅の護衛。

 さらには白夜の森に入りたい、研究者らしい人の護衛業務だ。


 私はその中にまじって、採取の依頼を探す。

 わりと早く、目的の物が探せた。


 ――白夜の森で、白い色に変化している薬草を求む。


「買い取りは、薬師協会アーダン地区長?」


 アーダンというのが、この町の名前らしい。

 地区というからには、この町と周辺の村一帯を指すのかな?


(思えば、昨日売った草も薬効を調べるとか言ってたような。あれも薬師協会が買うのかも)


 依頼内容は白く変色している薬草で、数種類の名前が書いてある。

 うち二つは私も知っている物で、傷薬に使う物だ。

 すべての種類を採取する必要はなくて、どれかだけでもいいみたい。

 それでも一種類につき五つは欲しいらしい。

 また、依頼を受ける人は一人に限らないそうだ。他の人がもう受けていても、私も受けることができるだろう。


 報酬は悪くない。

 節約したら一か月は暮らせる額になる。まだ足りない生活に必要な細々としたものを買っても、二週間ぐらいはしっかりと食べたりもできるくらい。


「よし」


 これにしよう。

 私は採取の紙をはがし、受付へ持って行った。

 二人並んでいたので、順番を待ってカウンターに紙を出す。


「すみません、この採取の仕事を受けたいのですが」


「あ、昨日の」


 受付にいた男性職員は、目をまたたいた。

 そして依頼の紙を見て顔を輝かせた。


「これを受けてくれるんですね、いやありがたい。あなたならきっとできますよ」


 昨日、光る草を持って行ったから、白く変化した薬草なら簡単にできると考えたんだと思う。

 予想外に期待されてしまっているようで、ちょっとびっくりする。


 依頼書の控えの方に印を押し、私に控えを渡してくれた。

 私はお礼を言ってギルドの建物を出た。

 よし、初めての仕事だ。


「がんばろう」

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