第15話 廃墟の町の不思議

 他に、ここを野営地に使う人がいるかもしれない。

 そうなると、場所争いが起きそうで怖いな。


 ルカの背中から荷物を下ろしてもらった後、他の場所を見ていくことにした。

 焚火の跡は見当たらなかった。

 びっくりするぐらい、誰かがいた痕跡はない。

 ほっとしたけど……。


「町の人も、いつからいないんだろう」


 さすがに三百年は経っていない……と思う。

 三百年経っていたら、白夜の森の街道並みに、端が腐葉土なんかで埋まってしまっているだろうから。

 それよりもずっと綺麗だ。


「でも屋根はないし、壁は崩れてるし。百年は経ってそう」


 人がいなくなって、手入れをしなくなったら……嵐とかが何度も通りすぎたら、小さな穴が大きくなって崩壊するだろう。

 町にはそんな風に廃れていった気配がある。


 その後もあちこち見て回る。

 町はそこそこの広さがある。

 端は急に木が茂っている場所になり、その先は霧が濃かったので白夜の森に続いているのかもしれない。


 そこから野営地に決めた場所へ戻ることにした。


 中心から少し端に寄った場所で、ふいに水音が聞こえた。

 探すと、土手に近い場所に石で覆われた浅い水路があった。

 どこか近くの川から流れてきているのかと、水路の上流を探す。

 すると、とある建物の中から湧き出ていたことがわかった。

 

 水が湧いている泉。

 それを場所を守るような、丸い屋根と丸い壁の建物だ。


「湧き水があったから、川の側じゃないけど人が集まって、町の規模にまで発展したのね」


 川だと、そのまま飲んでいたら病気になることもある。

 特に上流に村などがあったり、家畜を飼っていると難しい。

 けれど湧き水は、心配ない物が多い。


「水源が枯れていないのに、なんでこの町は誰もいなくなっちゃったのかな」

 理由はその晩わかった。


 町の探索を終えて野営の場所へ戻ってきた私は、屋根代わりの防水布を張った。

 一人では上手くできないでいたら、ルカが手伝ってくれて助かった。


 その後は、野営地の敷地内で、逆さまにひっくり返っている大きな半分になった壺をいくつか発見。

 泉まで戻って綺麗に洗い、水を汲んだ。


 野営地に持って行ったあと、試行錯誤して焚火を作る。

 転がっているレンガを使って簡易的な竈を組んで、近くに倒れていた細い木や、どこからか飛んできていた枝を拾って薪にし、火をつける。


 ルカが一緒にいるとはいえ、他に誰もいない場所にいるせいなのか、明るい火を見るとなんだか心がほっとした。

 鍋の一つを竈に置いて、湯を沸かした後は、干し肉を漬けてスープのようにしたもの。酢漬け野菜と、パンを食べる。

 今日の食事はそれで終わりだ。

 でも白夜の森を北へ向かっていた時よりも、安心感はある。

 買いに行ける場所が近くにあるし、お湯を沸かす手段もある。

 夜はルカが一緒にいてくれるのだから。


「それにしても静か……。なんで誰も、野営地に使わなかったんだろう」


 悪い場所だとは思えない。

 それに石畳や建物の基礎があるのだから、野営しやすい。

 なのに古い焚火の痕跡すらなかった。


 魔物が出て来るのが怖いから、近くにはいたくないのかも。

 なんて風に考えていたら。


 ――さささ。


 ささやかな音が聞こえた気がした。

 でも風が吹いていたわけではない。

 草も木の葉も揺れてない。

 何の音かと思っていたら、さーっと空気が流れてきた。


「え」


 目の前に、うっすらと白い空気が流れていく。

 座っている私の、肩までの深さがある、白い空気の川。

 湿った感じがしないので、霧ではない。


「白夜の森の……霧?」


 そうだとしか思えない物が、町を満たしていった。

 ふんわりと白いだけなので、手先が見えないわけではないけれど、奇妙な感じだ。


「夜になると、白夜の森から霧がここまで流れてきちゃうのかな」


 不思議な現象だ。

 そして、誰もこの湧き水がある町にいない理由もわかった。

 白夜の森の範囲内になると思うからだろう。

 だとしたら、魔物も出やすくなる。

 安全ではなくなるだろうと、忌避されて、人々は町を捨てていなくなった。


「これ、買い物をした町には届いていないんだろうな。けど、近くまで来てたのかな? ぐっすり眠っててわからなかった」


 生活が落ち着いたら、そのあたりも確かめてみよう。

 けど、今はこれ、どうしよう。


「ルカ、これって魔物がここまで来ちゃうかな?」


 白夜の森ならルカの方が詳しい。

 尋ねてみたら、ルカは首を横に振った。


「来ないのね。良かった」


 せっかく落ち着ける場所を見つけたのに、魔物に警戒しなくちゃいけないのなら、ここに野営するわけにはいかない。

 むしろこの霧のために誰も来ないのなら、かっこうの野営地になる。


「人が来ることを気にしなくていいのは、楽かもしれない」


 私はほっとしたので、そのまま眠ることにした。

 心の隅で、ちょっとだけルカの返事を私が取り違えた可能性も考えた。

 ルカは『魔物が来る』と言ったつもりなのに『来ない』と解釈したかもしれない、と。

 でも昨日まで、ルカと一緒にいる時に魔物に襲われたことはない。


「そういえば、白夜の森で魔物に襲われたことってないかも」


 運がよかった。

 そう思いながら、この日は眠りに落ちたのだった。

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