第26話 決戦の日(後編)
恋音、雪子が3年生の春高バレー優勝に向け、連日激しい練習をしていた。
ある日、恋音、雪子、チームメイトが練習を終えての帰り道、路地の脇から「ミャーミャー」と声がした。ダンボールの中に小さな子猫がいた。その脇には「この子をお願いします」と書かれた手紙が置かれていた。捨て猫だった。
恋音が言った。
「可愛い~、ねぇ、見て、この子、額にVの模様があるわよ」
雪子とチームメイトが声を揃えて言った。
「本当だ~!」
雪子は思わずつぶやいた。
「……これって、VictoryのV……?」
「この子、勝利の女神かもしれないわ。私たちで面倒見ましょう!」
そう言って子猫に手を差し伸べたが、「シャーッ!」と小さな体を震わせて威嚇してきた。恋音や他のチームメイトも順番に試したが、誰に対しても警戒心を解く様子はなかった。
そうこうしているうちに雨が降り出し、空気が冷たくなってきた。
恋音がチームメイトに尋ねた。
「このままじゃ、死んじゃうわ。誰かの家で引き取れる人いない?」
しかし、誰も手を挙げることはなかった。
困った恋音は決意したように言った。
「今日は、とりあえず寮の脇の屋根のあるところにエサを置いておこう。お父さんに引き取れないか聞いてみる。」
そして少し笑って続けた。
「お父さんは、不思議な人なの。初めての子どもにもすぐ懐かれるし、犬や猫もお父さんには全く警戒心を示さないの。…何より、両親を亡くしてどん底にいた私に、笑顔を取り戻してくれた人だから。」
恋音は、直ぐにカイに連絡をした。
カイは、快く引き受け、翌日の練習終わりころに猫の元に来ると約束してくれた。
翌日、カイは、練習終わりの恋音、雪子、チームメイトと共に子猫の元へ向かった。カイは優しく子猫に語り掛けた。
「やぁ、ヴィちゃん、家の子になるかい?」
カイが額のVの字を見て、自然にヴィちゃんと呼んだので、そのまま子猫の名前はヴィちゃんに決まった。
子猫は、最初は恐る恐るだったが、カイの差し出した手をクンクンと匂いを嗅ぎ、次第にその手の中に納まっていった。カイはそっと子猫を抱き上げ、優しくなでなでした。
不思議なことに、カイに抱かれた子猫は驚くほど落ち着き、その後、恋音、雪子、チームメイトの一人ひとりが交代で抱っこすると、今までの警戒心がうそのように穏やかにしていた。
カイは笑みを浮かべて言った。
「もう、ヴィちゃんは大丈夫だ。俺が引き取ってもいいけど、この子は、みんなで面倒を見た方がいい。勝利の女神だろ?」
その言葉に、恋音、雪子、他メンバーは一瞬笑顔を見せたが、引き取り手がいない現実を思い出し、すぐに俯いてしまった。
神妙な顔で、恋音が口を開いた。
「私たちで面倒見たいけど、誰も引き取れないみたいなの……」
カイが提案した。
「この学校に用務員室ないか?用務員さんはどうかな?」
雪子が顔を上げて言った。
「あ、そうだ!前に用務員さんが、用務員室で猫を飼ってるの見たことあるわ」
「そうか、じゃあ、これから頼みに行ってみよう」
用務員室には、先に飼われていた少し年老いた雌猫がいた。
用務員さんに猫の面倒をお願いすると、用務員さんは、
「ん~、面倒見れなくもないけど、猫は縄張り意識が強いし、なかなか後から来た猫と仲良くできないんだよね~」
そう話している後ろで、ヴィは年老いた雌猫に近づいていった。そして雌猫は、ヴィを舐め始めた。
カイは、その様子を見て言った。
「用務員さん、心配ないようですよ。あれを見てください」
「お~っ、この子が他の猫を舐めるのは初めて見ました。実は、この子も捨て子だったんです。何かお互い感じるものがあるんでしょうね。わかりました、あなた達が卒業するまで面倒見ましょう。その代わり約束してください、必ず毎日餌をあげに来てください」
恋音、雪子、他メンバーは、声を揃えて「はい」と言った。
ヴィが来て以来、チームメンバーは、練習後必ずヴィに会いに用務員室に寄るようになった。ヴィと触れ合うことが、チームに癒しと団結心を与えていた。
監督も、最近選手たちの表情が明るいことに気づいていた。「これなら黒潮南高校に勝てる」と確信した。
そしていよいよ、3年生の恋音、雪子には、最後の春高バレーが始まった。
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