第16話 ガーゴイル再来

 その夜、4人は再び屋上に集まった。風は昼よりも冷たく、街の喧騒は遠く、静寂だけが支配していた。校舎の明かりはすべて落ち、屋上のガーゴイル像が月明かりを背に、不気味にそびえていた。


 「……準備はいい?」カナが囁くように言った。


 マサはうなずき、スマートフォンの録音機能を起動した。ユウトは懐中電灯を手に、ミナトは図書室で借りてきた“東南アジアの精霊信仰”という本を抱えていた。


 「例の留守電……この場所で録音されたんじゃないかって思ったんだ。だから、また何か……声が届くかもしれない」ミナトが呟く。


 4人は静かに耳を澄ませた。


 ……しかし、何も起きない。


 沈黙が数分続いたその時、階段の方から、靴音がひとつ、響いた。


 「誰か来る……?」ユウトが懐中電灯を向けた。


 階段から現れたのは、クラスメイトのサエキだった。眼鏡をかけ、いつもは目立たない文学部の男子生徒。


 「……君たちも、知ったんだね」サエキは無表情でつぶやいた。「プラークラベーンのことを」


 「お前……どうしてここに?」マサが警戒する。


 サエキはポケットから小さな包みを取り出した。中には、濡れた紙人形のようなものが入っていた。「“運び手”は、犠牲を求めるんだよ。過去も今も、ずっと……。“声”を聞いた者から順にな」


 その瞬間、ガーゴイルの足元で風が渦巻き、空気が変わった。


 「動いてる……?」カナが後ずさる。


 像の目がわずかに光り、まるで呼吸しているように石肌が脈打った。


 「逃げろッ!」マサが叫んだ。


 だが、サエキだけは逃げなかった。むしろ、微笑みすら浮かべていた。


 「僕は選ばれたんだ。“運び手”として。……誰かが、声を終わらせなきゃいけなかった」


 その言葉を最後に、サエキの身体がガーゴイルの影に呑まれた。


 まるで霧のように輪郭を失い、彼の叫びが夜空に吸い込まれていった。


 風が止み、像は再び静かになった。


 4人は言葉を失ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 翌朝、学校中が騒然となった。サエキの姿はどこにもなく、教室の出席簿には、最初から彼の名前などなかったかのように、白紙の空欄がぽっかりと残されていた。


 マサは留守電を確認した。そこには新しい録音が残っていた。


 『……終わらせるな……まだ、いる……影の中に……まだ……見てる……』


 彼らの闘いは終わっていなかった。





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