第3部 第12章:最初の難問依頼と閃きの一撃

 マイルーム工房の整備が整った。異世界の素材と現代知識を融合させた、高性能な作業台、様々な工具、そして解析装置。ここが、俺の異世界での創造の拠点となる。ものづくりへの期待感と、新たな探求への意欲が胸に満ちている。前章で得た情報と素材を解析し、ものづくりの計画も立て始めた。次は、この新しい工房で、最初の便利アイテムを開発する番だ。


 まずは、ものづくりの腕試しと、この地域の情報収集を兼ねて、近くの街や村で便利屋依頼を探すことにした。マイルームを空間収納に収め、ピコをパーカーのフードに入れて、外界へ出る。選んだのは、ここから一番近い、緑豊かな丘陵地帯に囲まれた小さな街だ。街の雰囲気は穏やかで、行き交う人々も素朴な印象だ。アバンシアやポートロイヤルのような賑やかさはないが、その分、落ち着いて過ごせそうだ。かつて、都会の喧騒から離れて、静かな場所で仕事に集中したいと願ったことがあった。異世界では、こうして場所を選んで静かに過ごすことができる。


 街の中心にある冒険者ギルドへ向かう。ギルドの建物は、街の規模に比べて小さく、木造で温かみがある。掲示板には、魔物討伐や素材採集といった依頼が並んでいる。その中に、少し変わった依頼がいくつかあった。「川の水を安全に飲むための装置の設置」、「村の畑に頻繁に出没する、特定の音にだけ反応する害獣の捕獲」、「枯れることのない古木の、奇妙な実の採取」。どれも、一見すると通常の手段では難しそうな依頼だ。俺のスキルやものづくりが活かせる「難問」かもしれない。まるで、システムの特定の脆弱性を見つけ、それを突くような、あるいは、既存のシステムでは対応できない、特殊な要件の依頼のようだ。


 いくつか依頼を検討したが、特に興味を引かれたのは、「枯れることのない古木の、奇妙な実の採取」という依頼だ。依頼内容は、街の近くにある、数百年立つという古木に実る、特別な実を採取してほしいというもの。その実は、傷つきやすく、通常の衝撃で壊れてしまうため、高所から無傷で採取するのが非常に難しいらしい。腕利きの冒険者や採取師も試みたが、成功していないという。報酬は、その実の一部と、高額な金銭だ。報酬の実の一部は、ものづくりの素材としても魅力的だ。


 この依頼に目が留まったのは、その「傷つきやすい」という特性が、俺の『空間収納』スキルと『現代知識の適用』スキルを組み合わせることで、解決できる可能性を感じたからだ。物理的な衝撃を与えずに、対象物を空間ごと移動させる『空間収納』。そして、実の特性や構造を解析し、最適な採取方法を考案する『現代知識の適用』。これは、まさに俺向きの「難問」だ。かつて、壊れやすいシステムを、稼働させたまま部品交換するような、精密さが求められる作業を経験した時のように、俺のエンジニア魂が刺激される。無理だと言われている問題を、自分の知識とスキルで解決する。その挑戦に、心が躍る。


 依頼を受注し、依頼主の元へ向かう。依頼主は、街の植物園で働いているという、初老の女性だった。彼女の名前はエリアナ。優しそうな顔立ちだが、古木の実が採取できないことに、心底困り果てている様子だ。その眉間には深いシワが刻まれ、手に持ったハンカチをギュッと握りしめている。


 「ああ、旅の方ですね。この依頼を受けてくださるなんて…ありがとうございます。あの古木の実を、傷つけずに採取するのは本当に難しくて…多くの人が試みましたが、誰も成功していません。あの実は、触れただけで壊れてしまうほど繊細なんです。まるで、ガラス細工のように…」エリアナさんは、不安げな表情でそう言った。彼女の声には、古木と、その実に対する深い愛情と、失われることへの恐れが滲み出ている。この実が、彼女にとって、あるいはこの街にとって、どれほど大切なものなのかが伝わってくる。かつて、ユーザーが長年使い続けてきた、古い大切なシステムが故障し、復旧に困り果てていた時の、あの切羽詰まった表情を思い出した。システムエンジニアとして、そういった困り事を解決できた時に感じた、静かな達成感。異世界で、便利屋として、再びそれを味わえるかもしれない。困っている人の役に立てるという事実は、かつての疲弊した心を少しずつ癒してくれる。


 エリアナさんから、古木の場所と、実に関する詳しい情報を聞く。古木は街から少し離れた森の中にあり、数百年の間、一度も枯れることなく成長を続けているという。実は、特定の季節にしか実らず、収穫時期も限られているらしい。実は非常に栄養価が高く、薬の材料や、特別な料理に使われるとのこと。そして、その実の表面には、微弱な魔法的なエネルギーが流れており、それが実を物理的な衝撃から守っているが、同時に触れること自体を難しくしているという。まるで、外部からの不正アクセスを防ぐセキュリティシステムのように、実を守る魔法的なバリアのようなものだろうか。SEとして、セキュリティシステムの仕組みを理解しようとした時のように、その魔法的な原理に興味を引かれる。


 現場を視察するため、エリアナさんと共に古木へ向かう。古木は、森の中にそびえ立つ、圧倒的な存在感を放っていた。幹は太く、表面には長い年月の間に刻まれた無数のシワが走っている。天高く伸びた枝には、淡い光を放つ奇妙な実が鈴なりになっている。その実の表面をよく見ると、微かに揺らめく光の膜のようなものが見える。これが、エリアナさんの言っていた魔法的なエネルギーの膜だろう。近づいてみようとしたが、目に見えない力場のようなものに阻まれた。まるで、ファイアウォールにブロックされたかのようだ。迂闊に触れると、実が壊れてしまう危険性がある。脆弱性が高いオブジェクトへのアクセスは慎重に行う必要がある。


 難問の現場を前に、SEとしての分析思考が働き始める。問題は、「高所にある傷つきやすい実を、物理的な衝撃を与えずに採取すること」だ。通常の道具(梯子や長い棒など)では、実を傷つけずに採取するのは不可能だろう。冒険者の力技や、採取師の技術でも解決できなかった理由が分かる。魔法的なバリアも、物理的なアプローチを難しくしている。これは、物理層だけでなく、魔法層にも関わる複雑な問題だ。


 では、どうすれば良いか? 既存の異世界の技術や道具では限界がある。ここで、『現代知識の適用』スキルと、マイルーム工房の出番だ。異世界の素材を使い、現代の技術や原理を応用したアイテムを開発する。かつて、既存のシステムでは対応できない複雑な要件に対し、新しいモジュールを設計・開発したように。


 現場の状況、古木と実の特性、魔法的なエネルギーの流れ…様々な要素を頭の中で組み立て、パズルのピースを合わせるように解決策を考える。まるで、複雑なシステム障害の原因を特定し、複数のログやエラーメッセージから状況を把握し、復旧手順を考えるかのようだ。原因は、実の脆弱性と、それを保護する魔法的なバリア、そして高所にあること。これら全てを同時にクリアする必要がある。

 解決策は…物理的な接触を避けつつ、実を安全に回収することだ。そして、魔法的なバリアを無効化するか、あるいはそれを回避する手段が必要だ。高所へのアクセスも、物理的な手段に頼らない方が安全だろう。


 瞬間、アイデアが閃いた。そうだ! 『空間収納』スキルを応用するんだ! 実に物理的に触れることなく、空間ごと収納してしまえば良い! しかし、実を覆う魔法的なバリアが、『空間収納』スキルの発動を妨げる可能性がある。そこで、魔法的なバリアを一時的に無効化する、あるいは弱めるためのアイテムが必要だ。そして、高所にある実を正確に狙うための仕組みも。まるで、システムの特定の機能を一時的に停止させ、その間にデータのバックアップを取るようなものだ。あるいは、特定のモジュールにアクセスするために、認証プロトコルを一時的に回避するような。SE時代の経験が、異世界での問題解決のアルゴリズム構築に役立つ。


 必要な便利アイテムの設計思想が固まる。一つは、実を覆う魔法的なバリアを一時的に弱めるための装置。魔法的なエネルギーに干渉する素材を使い、特定の周波数のエネルギーを発生させる装置を考案する。もう一つは、高所にある実を安全に収納するための、遠隔操作可能な装置だ。遠隔操作…そうだ、SEとして、遠隔地のサーバーを操作した経験がある。異世界でも、似たような仕組みを作れるかもしれない。小型のドローンのようなものに、『空間収納』の発動装置を取り付け、遠隔で操作する。それに必要な動力源、通信モジュール、制御システム…SEとしての知識が、次々と設計要素を組み立てていく。


 アイテム開発に必要な素材をリストアップする。魔法的なバリアに干渉するための素材(前章でアラルド氏から聞いた、特定の周波数のエネルギーを吸収する鉱石が使えるかもしれない)。遠隔操作に必要な信号を送受信するための素材(バルド氏から聞いた、遠距離通信に使えるという植物のツタが通信ケーブルの代わりになるか?)。そして、アイテムの本体を構成するための軽量で頑丈な素材(これも前章で探索した際にピコが反応した植物の繊維や、珍しい鉱石が使えないだろうか?)。


 エリアナさんに、解決策の概要と、アイテム開発が必要なことを説明する。彼女は半信半疑といった様子だったが、俺の真剣な眼差しと、これまでの成功例(他の依頼での評判)を聞いて、希望を見出したようだ。「アイテムを…作る? そんなことで…?」彼女の戸惑いは当然だろう。異世界で、「ものづくり」で問題を解決するという発想は、まだ一般的ではないのかもしれない。しかし、それはまさに、俺が異世界でやりたいことだ。


 「もし…もし本当にあの実を無傷で採取できるのなら…どんなことでも。」彼女は、懇願するように言った。その目は、かつてシステムが復旧し、安堵と感謝の表情を見せたユーザーの目に似ていた。その言葉が、俺の背中を押す。誰かの困り事を、自分のスキルとものづくりで解決する。そのために、この異世界に来たのかもしれない。


 必要な素材を最終収集するため、再び探索に出る準備をする。まだ手に入れていない素材もいくつかある。ポートロイヤルで手に入れた情報や、バルド氏から聞いた情報などを元に、それらが手に入る場所を特定する。新たな素材との出会いは、ものづくりの可能性をさらに広げてくれる。それは、新しいライブラリやフレームワークを見つけた時のように、創造意欲を掻き立てる。


 マイルームに戻り、ピコに今回の依頼と、開発するアイテムについて話す。「この実を、傷つけずに取るんだ。かつて誰もできなかった方法でな。そのためには、新しいアイテムが必要だ。ピコも手伝ってくれるか?」

 ピコは、「ぴこぴこ!」と嬉しそうに鳴き、俺の肩の上で跳ねた。ピコも、この新しい挑戦にワクワクしているようだ。ピコが傍にいてくれるだけで、一人で全てを抱え込む必要はないと思える。物理的な手伝いはできなくても、ピコの存在そのものが、俺の心の支えだ。


 マイルーム工房。異世界の素材。現代の知識。そして、ピコ。全てが揃った。最初の「難問」依頼。これを、俺のものづくりで解決してみせる。かつて、複雑なシステムを完成させた時のように、この異世界で、自分の手で何かを作り上げ、誰かの困り事を解決する。そして、その過程で、異世界の謎、そして自分自身の謎に少しずつ近づいていく。それは、孤独ではあるが、決して孤立していない、俺だけの異世界攻略だ。プログラマーがコードを書き、システムを構築するように、俺は異世界を旅し、ものづくりを通して、自分だけの物語を紡いでいく。

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