第3部 第11章:『マイルーム』工房、準備万端!

 マイルームに戻ると、ピコが嬉しそうに出迎えてくれた。外界での探求も良いが、このマイルームに帰還した時の安心感は格別だ。外で得た情報と素材をマイルームの作業スペースに広げる。アラルド氏から受け取ったヴァラノール文字の資料、バルド氏から購入した影の書庫に関する古書、珍しい素材のリスト。そして、探索で手に入れた、ピコが反応した植物や石。まるで、新しいプロジェクトのキックオフで、関係部署から集めた資料や、他社ベンダーから提供されたサンプル品がデスクの上に山積みになったかのようだ。これらの情報を整理し、分析し、そこから新たな価値を生み出す。SE時代に嫌というほど繰り返してきた作業だが、異世界で、しかも自分の興味の赴くままに行うこの作業は、全く違う意味合いを持つ。


 まずは情報と素材の整理からだ。アラルド氏の資料は、手書きのメモやスケッチが多く、異世界の紙質も様々だ。バルド氏の古書は、独特の匂いを放っている。これらの資料を、内容ごとに分類し、マイルームの書棚に収めていく。ヴァラノール文字の資料、影の書庫に関する記述、異世界の地理、植物、鉱物、魔物に関するもの。デジタルデータではない情報の整理は、アナログならではの手間があるが、その物理的な存在感が、知識を得ているという実感を伴わせる。SE時代に使っていた、情報分類のフレームワークや、プロジェクト管理の考え方が、無意識のうちに働いている。情報を構造化し、関連性を分析する。それが、俺の得意なことだ。


 次に、収集した異世界素材の解析だ。作業スペースの中央に解析台を出す。これは、マイルームの基本機能の一つで、簡易的な鑑定や分解ができる。しかし、詳細な組成や特性を知るには、『現代知識の適用』スキルを使う必要がある。


 探索で手に入れた、ピコが強く反応した黒い石を手に取る。表面は滑らかで、微かにエネルギーのようなものを感じる。これを、『現代知識の適用』スキルで解析する。石の分子構造、元素組成、結晶構造…様々な情報が、まるでレントゲン写真のように脳内に浮かび上がる。SE時代に、未知のソフトウェアの内部構造を解析したり、ネットワークパケットを分析したりした時の感覚に似ている。ブラックボックスの中身が見えてくる。この石は、異世界の既知の鉱物とは異なる、ユニークな組成を持っている。特定の周波数帯のエネルギーに強く反応し、それを蓄積する性質があるようだ。これは…応用次第で、様々なアイテムの動力源や、センサーとして使えるかもしれない。思わず顔がほころぶ。かつて、新しい技術仕様書を読み解き、その可能性に気づいた時のようなワクワク感だ。


 アラルド氏から報酬として受け取った奇妙な液体も解析してみる。微かに光を放っている。組成を分析すると、いくつかの異世界特有の成分が含まれているが、その構造は、現代の特定の高分子化合物に類似している部分がある。粘度、密度、反応性…まるで、未知の化学物質のデータシートを見ているかのようだ。この液体は、特定の条件下で強い接着力を示したり、あるいは逆に、特定の物質を分解したりする特性があるようだ。これは…接着剤や溶剤として使えるかもしれない。あるいは、特定の加工プロセスに不可欠な触媒になる可能性もある。SEとして、既存のライブラリやAPIの機能を調べ、それがプロジェクトにどう役立つかを考える時のようだ。


 ピコは、俺が素材を解析している間、興味深そうに傍で見ている。解析が進み、素材の特性が明らかになるにつれて、ピコの体の光が強くなることがある。ピコは、素材が持つ潜在的な力や情報に反応しているのだろう。まるで、システムのデバッグログが、正常な処理を示すメッセージを大量に出力しているかのようだ。ピコの反応は、解析が正しい方向へ進んでいることの確認にもなる。


 手に入れた素材の特性を解析するたびに、頭の中に様々なアイテムのアイデアが閃く。あの黒い石を使えば、暗闇を明るく照らす、高性能なランプが作れるかもしれない。あの頑丈な植物の繊維を使えば、軽いのに非常に強いロープやケーブルが作れるかもしれない。アラルド氏から得たヴァラノールの技術設計図らしきものを解析すれば、空間操作に関わるアイテムが作れる可能性もある。


 次に、マイルームの作業スペースを本格的に整備することにした。マイルームは、内部環境を自由に設定できる。温度、湿度、空気の質…ものづくりに最適な環境を作り出す。そして、必要な道具を制作する。旋盤、フライス盤、溶接機、高精度な計測器…現代の高性能な工房にあるような設備をイメージする。異世界の素材と、『現代知識の適用』スキルを使えば、これらを再現できるはずだ。

 例えば、旋盤を作るためには、硬度の高い金属素材と、それを精密に加工する技術が必要だ。異世界の鉱石の中から、高い硬度を持つものを探し、それを溶かして精製し、旋盤の部品を作る。加工方法についても、『現代知識の適用』スキルが役立つ。異世界の熱源や、魔法的な力場などを、現代の機械加工の原理に応用する。まるで、異世界のハードウェア上で、現代のOSやアプリケーションを動作させるような、クロスプラットフォーム開発のようだ。


 ピコは、俺が新しい道具を制作している間も、傍で楽しそうに見ている。時には、小さな体で部品を運ぼうとしたり、俺の指先に止まって作業を見守ったりする。ピコが傍にいるだけで、ものづくりがさらに楽しくなる。一人で集中できる環境も素晴らしいが、ピコという存在がいることで、創造の喜びを共有できる相手がいるという温かさを感じる。それは、かつて仕事仲間とプロジェクトの成功を分かち合った時の達成感とは違う、もっと個人的で、純粋な喜びだ。


 マイルーム工房が徐々に形になっていく。高性能な作業台、様々な工具、素材を保管する棚。ここが、俺の異世界での秘密工房だ。誰にも邪魔されず、自分のペースで、自由にものづくりに没頭できる場所。かつて、狭い自宅の作業スペースで、限られた道具と素材で電子工作をしていた時の、あの物足りなさはもうない。異世界には、無限の素材と可能性が広がっている。


 工房の整備が進むにつれて、今後のものづくり計画がより具体的に見えてきた。アラルド氏やバルド氏から聞いた、この地域のユニークな難問依頼。それらを解決するためのアイテム開発。異世界での生活をより快適にするための便利アイテム。そして、ヴァラノール関連のアイテムの解析を進めるための、より高度な分析装置。リストはどんどん増えていく。まるで、新しいシステムの機能リストや、開発ロードマップを作成しているかのようだ。


 まずは、最も基本的な、しかし異世界ではまだ存在しないような便利アイテムから開発してみよう。例えば、特定の周波数の音波を発する探索機。これにより、地下に埋まった鉱石を探知できるかもしれない。あるいは、一定の温度を保つ携帯用冷蔵庫。これにより、食料や温度に敏感な素材を安全に持ち運べるようになる。これらのアイテム開発を通して、異世界素材の加工技術や、魔法的なエネルギーの応用方法などを学ぶことができるだろう。


 ピコは、完成したばかりの作業台の上で楽しそうに飛び跳ねている。「ぴこぴこ!」と、早くものづくりを始めようと急かしているかのようだ。

 「よし、ピコ。準備は整った。ここが、俺たちの『マイルーム』工房だ。ここから、異世界の難問を解決する、俺だけの便利アイテムを生み出していくぞ。」


 ものづくりへの期待感と、新たな探求への意欲が胸に満ちる。異世界の知識と素材、現代の思考と技術、そしてマイルームとピコ。全てが揃った。ここから、俺の異世界での「ものづくり便利屋」としての物語が本格的に始まる。それは、かつてシステムエンジニアとして追求した、創造と問題解決の、異世界版だ。誰かのためではなく、自分のために。自由気ままに、異世界を攻略する。

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