第四幕 第四場 地底の大広間にて
森の中を黒い馬が駆け抜ける。馬上には軽装の騎士が一人。背をかがめて、できるだけ迅速に目的地へたどり着こうと馬の手綱を握りしめている。
人目を避けて、森の中を走るのには訳があった。
森からでる平地には、黒い軍団が大勢列を作り歩をすすめている。背の低い彼らは、地底のクルベルノート国の歩兵達で、これからイルフェリアの首都を攻め上らんと進軍しているのである。
反対方向へ走る自身の姿を、兵士に見つかる訳にはゆかない。
騎士は森の樹幹からちらちらと見え隠れする軍団の、彼らの最後尾の兵士が歩く姿を横目でとらえた。
その黒い塊が後方遠くにみえる程度にまで離れると、騎士は馬を止めた。
「もう、こんなところまで来ているのか」
軽装の騎士・・・レイヨールは苦々しくつぶやいた。
前線の天幕から出発してはや半日。この間彼の脳内は、終始地底の老人の姿に支配され、白昼夢のように脈絡無く幻影が再現されていた。
レイヨールは前方の視線に意識を集中し、聞こえる幻聴を乗り越えようと、様々な実験を試みた。
その際に彼は、この幻聴に関して彼自身でコントロールが可能である事に気付いた。彼は自分から、老人の声に心で語りかけた。すると面白い事に、その老人は彼の問いかけに快く答え、行き先を誘導するのであった。
『そうか。 我が軍はそこまで来たか。
であれば、明日の午後には都付近で、刃を交える頃であろうな。 ぐふふふふ』
『近道はないのか』
『急くな、息子よ。 そのままひたすら森の中を直進せよ。
それが一番の近道だ。
やがて、山の麓に大きな洞穴を見つけるであろう。
そこを下るのだ』
普段から指図される事に慣れているレイヨールだが、この老人のざらついた笑い声と耳障りな命令の言葉は、どうにも不快感を拭えなかった。
*******************
老人の言葉通りの方向へ馬をすすめるうちに、ある山の麓へとやってきた。その麓は人家ひとつなく、樹木と藪に覆われ、完全に文明を拒んでいるように見える。
レイヨールは馬でその周辺を探ると、めぐるうちに巨大な洞穴を発見した。洞穴は奥に向かって冷たい風が吹いており、それがなにやら薄気味悪い声のように聞こえる。
怖がる馬をなだめ、洞穴のそばの樹木に手綱を繋いだ。そして一人、洞穴へ足を踏み入れてゆく。
すると突然、奥からシュルシュルという音が聞こえ、何かが勢いよくこちらへ迫ってくる。慌てて洞穴の入口から外へ逃げ戻るレイヨール。彼の足音に続いて、彼を追いかけるものの正体が姿を現した。
赤銅色の体をした不思議な生物。地底の王子が馬の代わりに騎乗してきた奇妙な獣だった。
丸い大きな目はくるくると動いてレイヨールを見ている。彼はその姿を間近で眺めながら、心の中であの老人に話しかけた。
『怪物が来た。 どういうことだ?』
老人の返答がすぐに聞こえてきた。
『ぐふふ、それはわしが愛玩している、竜だ。
その背に乗るがいい。 道に迷わず、まっすぐにわしのもとへ来れるぞ』
蛇のような二股の舌がチロチロと、空いた口から覗いている。近づいてみると、首の辺りに手綱らしきものが見えた。それを掴もうとするが、竜は長い首を曲げて鼻先を体に密着させようとしてくる。人懐っこいのか、手綱を掴まれるのを拒んでいるのか分からない。いずれにせよ見慣れぬ生き物のため、扱い辛さと気持ち悪さが先に立つ。
最終的に散々鼻先で体を小突かれた後、レイヨールは竜の手綱を取ることに成功した。
背にまたがると、意外にも乗り心地は良い。竜はレイヨールを背に乗せると、馬とはまるで違う異様な動きと速さで暗闇を走り始めた。独特の鱗の滑らかさと背骨の動きのために、その背から幾度も滑り落ちそうになったが、必死に縋りついてなんとかこらえた。
そして辿り着いたのは、真っ暗な空間。竜はそこで立ち止まり、降りろと言わんばかりに長い四肢を折り曲げて座り込んだ。レイヨールは鱗の滑らかさを利用してつるりと背から滑り降りると、それを合図に、沢山の明かりが空間に灯った。
そこは大広間だった。竜とともに立つレイヨールの周囲には、大勢の地底の民が押し寄せていた。そして奥に向かって、道がひとつ。大勢がその道に入り込まないように避けているのだが、レイヨールは自分の足元から始まるその道を歩いて奥へ進まねばならなかった。
地底の民の幾千もの目に見られながら、レイヨールはその道を歩いてゆく。歩きながら彼も周囲を眺めるが、人の顔が広間の奥まで、また壁に設けられた踊り場にも、人の頭が鈴なりになってこちらを凝視しており、気味が悪い事この上なかった。
やがて広間の中央に差し掛かると、目の前にみえるのは大きな祭壇。祭壇は石の寝台の様であり、そこには、暗灰色の長衣と赤い石のついた奇妙な形の王冠を被った老人が横たわっていた。この人物こそが、王宮にいたときからずっと自らにまとわりついてきた幻夢の老人に違いなかった。老人は、胸に手を合わせた状態で目を閉じて横たわっているのが、下から見ても分かった。
すると祭壇に黒いもやが発生し、一人の人物が姿を見せた。突然空間に湧いてでたかのように登場した者、それは、祭壇に横たわる老人と全く瓜二つの老人であった。つまり、同じ人物が二人そこにいることになる。
あとから登場した老人は、手招きをした。
「待ちくたびれたぞ、息子よ。 さあ、階段をのぼってここまで来るがいい」
「停戦を! 停戦の交渉をしにきた!」
「停戦は、ここへお前が上がって来れば叶う」
ためらいながらも、黒い石の階段を、一段、また一段とあがってゆくレイヨール。
ついに老人と同じ場所に立ち、大広間を見渡すと、すべての目が歓喜に打ち震えているのが見えた。
傍に立つ老人が片手をあげると、その場がしんと静まり返った。
「我がクルベルノートの民よ。 永らく、永らく待ちわびていた、王位継承の時が訪れた。
この者は、生まれし時より我が後継にと望んでいた、我ら一族と地上人双方の血を引く、極めて貴重な肉体である」
おお、とどよめきの声が上がる。
肉体、という言葉を聞いて、身をこわばらせるレイヨール。
そしてこの時はたと気づく。体のいうことがきかない。指一本すら、思い通りに動かせないのだ。壇上そのものに、なにか不可思議な呪がかけられているかのようである。愚かしくも、自身がはめられたと気づいたころには、もう遅すぎた。
「跪け。 息子、レイヨール」
レイヨールは自らの意思とは関係なく、老人の前に跪いた。
老人は下々の者たちに向かって語り掛けた。
「わしはもう一世代、時を重ね、闇の太子に次いで、永くこの世界を治める者になるであろう」
老人は祭壇の上に寝そべる老人の頭から、王冠を外した。すると祭壇に眠る老人の姿は、幻のように消えてしまった。どちらが本物の老人であったのだろうか。しかしそれを気に留めず、奇妙な形の王冠を高く掲げる老人。
今や檀上に老人は彼一人。彼はレイヨールの頭上にそれを掲げ、さらに声を上げる。
「この戴冠によって、わしはグントラム8世ではなく、グントラム9世へと生まれ変わるのだ!」
そして、レイヨールの頭に王冠が置かれた。
「あああ!!!」
頭が割れるような痛みに襲われ、叫びながらレイヨールは気絶した。すると仰向けに倒れる彼の体の周りに黒いもやが現れ、数人の地底人が姿を現した。
彼らはレイヨールの体を担ぎあげ、いともたやすく祭壇の上に寝かせると、衣服をはがし始める。レイヨールはだんだんと裸にされてゆくが、衣服を剥ぐ彼らは、剥いだ衣服をひとつひとつまさぐり、何かを探しているようだった。
「ありませぬ」
「ありませぬ」
やがて彼の胸の前に留まっているバックスキンのベルトに手を掛けた。背中に当たる部分がなにやら膨らんでいる。彼らがそのベルトのふくらみを開くと、中から透明な水晶のペーパーナイフが出てきた。
するとグントラム8世である老人は、またバスの声色で笑った。
「そうか、あの短剣はないか。 代わりにこんなものを入れているとは、じつに愚かしいのう。
まあいいだろう。 あれはいずれ見つかるに違いないし、継承が完了したら、わし自身がもう一度、強力な念呪で作りなおせばいいだけの話だ」
グントラム8世は水晶のペーパーナイフを祭壇の下に放った。石の壇上に当たり、キン、と小さく鳴る。
周囲にどよめきが起こる。グントラム8世の体の周りに黒いもやが立ち込め、小さな体を包み込んだ。そしてまもなく、その中から背の高い人物が姿を現した。
それは、王冠を被ったレイヨールの姿だった。
祭壇に横たわる裸のレイヨールの横に立つ、暗灰色の長衣を着たレイヨール。
彼はその姿であるが声色はバスのままでその場の大勢に呼びかけた。
「わしの精神が新しき肉体となじむまで、しばし待つが良い。
祭壇から起き上がった時、わしは新たな王位継承者として生まれ変わる!」
そういって、バスの声色のレイヨールは、その身から出現した黒いもやの中に再び消えた。広間の大勢が、固唾をのんで見守っている。
*********************************************************
一方で、キリたちのいる戦場最前線。
夜が明け、本日にも黒い兵団と衝突すべく、部隊が出立の指示を待っている。
そこに、遠くから一台の馬車が近づいてきた。
みなが驚いてそれを眺めている。近づいてその全貌が明らかになったとき、一番慌てたのはランツァウだった。自分の家紋がついた馬車だったからである。
戦場に不釣り合いなその馬車は、部隊の前にて止まった。扉があき、中から出てきたのは3名の女神官たち。そして・・・
「アマーリエ!!!」
ランツァウが大慌てで駆け寄ってきた。
女神官たちの垣根がすっと割れて、白い神官衣まぶしい、金の乙女がゆっくりと歩み寄る。顔面蒼白になるランツァウ。
「ランツァウ様」
「やめてくれよ! ここは最前線だぞ?!
お前ら、今すぐここから引き返せ!!!」
「あすこを使います」
アマーリエはランツァウの声を完全に無視し、畳まれるのを待つばかりの空の天幕のひとつを指さした。
「あなた、時間がありませんの。 時は一刻を争います。 ご一緒にいらして」
「はぁ?!」
キリが駆け寄ってきた。
「アマーリエ! 今、ランツァウが必要なのだな?」
「ええ、そうなんですの! キリ様、主人をお借りしますわ」
アマーリエは、真剣な青いまなざしを冷ややかな菫色の瞳に重ねた。
「緊急事態ですの。 レイヨール様のお命を救わねばなりません。
出陣、しばしお待ちを!」
キリは険しい顔で何も言わずにうなずき、ランツァウが女神官たちに天幕へ連行されるのを見届けた。
*******************
アマーリエはさっそく、天幕の中心に置かれた椅子に腰を掛けた。そして後から来るランツァウに向かって左手を差し出した。
「握って、くださいまし」
ランツァウが小さな手を握ると、その握り合った手を、女神官たちが布でぐるぐると巻き始めた。
「え! な、なに?」
「あなた、私をサポートしてくださいまし。 決して私の手を離しませんように。
さもないと、私は、死んでしまうかもしれませんから」
ランツァウに椅子が用意され、片手を繋がれるまま横並びで椅子に座ると、二人の前にテーブルが置かれる。
女神官たちは、テーブルに二つのカップを置き、そこへなみなみと液体を注いだ。
「お飲みください」
カップを手に取り、ごくごくと飲み干すアマーリエ。ランツァウもそれを手に取るが、鼻先にカップを運ぶと思わず眉間にしわを寄せた。
「おい! これ、臭い・・・なにか怪しい酒じゃないか?」
「人参とへびと霊芝と、様々のお酒です。 いわゆる滋養強壮薬ですわ」
「なんでそんなのを・・・」
アマーリエは、空のカップにさらに注がれた独特な匂いのするその酒を、さらにもう一杯飲み干した。
「あなた! 飲まないと、死にますわよ!」
か弱い風情の妻が二杯も飲んだのだから、自分が飲まないのはおかしいだろう。そういう意味でランツァウは同じように二杯、飲み干した。それを見届けると、アマーリエは語り掛けた。
「今から、危険な旅をいたします。
あなたは、私の手を決して離さないでくださいまし」
「ああ・・・」
「目を閉じて・・・そうしますと、私が見ている世界をあなたも見ることができますわ」
ランツァウは目を閉じた。すると、体が後方に引っ張られるような、強い圧力が働いた。
声にならない声を上げて、ランツァウの精神は銀色の光の中を流されていった。
*********************************************************
見えるのは、赤いたいまつの火がともる、暗い小さな空間。
岩壁の高い位置、黒い岩肌の上に作られたつややかな寝台。そこに王冠を被ったレイヨールの肉体が横たわっている。あたかも供物として捧げられた生贄のように。
そして、およそ3メートルほど低い位置に広がる石のづくりの舞台。そこに、男が数人。
一人は、暗灰色の長衣をはおった長身の、レイヨール。
そして彼は、足元に横たわる一人の裸の少年を痛めつけていた。うつぶせに倒れる少年の背に、男の金属の靴底がめり込む。少年は悲鳴を上げた。痛みと恐怖で叫ぶ少年を見ると、これもまた、幼いレイヨールの顔をしていた。
彼ら二人を囲むように、5名の地底人が、同じような暗灰色の長衣を着て等間隔に佇んでいる。
やがて5名のうちの一人が、衣の下から剣を取り出し、恭しくその柄をレイヨールに差し出した。彼は柄を握ると、じつに嬉しそうな笑みを浮かべ、足下の少年を足で仰向けに転がし、胸に剣先を突き立て、印をつけた。
「心臓だ。 もっと可愛がってやりたいが、わしの復活を待ち望む多くの臣民がおるのでな。 わしも急がねばならぬ」
するとその時、高い寝台の上から、きらりと小さな光がこぼれ落ちた。男たちははっとして光の方へ目を向けた。
地面に落ちたのは、水晶のペーパーナイフだった。それがうっすらと光を帯びてゆく。やがて、そこから白い人のシルエットが立ち上がった。
『何やつ・・・わしの儀式の邪魔をしに来たのか? 乙女のようだが?』
白い姿はいまやはっきりと、神官服のアマーリエの姿となっていた。
『あら・・・ちぐはぐですわね』
アマーリエは微笑んだ。
『そのお姿の持ち主、声はテノールですのよ。
あなたのような、地の底を這うようなバスの声では、そのお姿とあまりに不釣り合いですわ』
レイヨールは、片方の口角をあげて意地の悪い笑い声をあげる。
『ぐふふふ。 わしの領域に勝手に踏み込み、わしの行いにケチをつけるとは、それ相応の覚悟を持っていると考えてよろしいか?』
そう告げると男は息を深く吸い込んだ。するとその衣装が変化し、鎖帷子と皮衣を身に纏うレイヨールの姿となった。つづいて5名の地底人も、腰に剣を持つ兵士の姿となる。
『それが、強者としてのあなた方の姿ですの?』
『さてな。 わしはどんな姿にもなれるのだ』
『あら、それは素敵ですわ』
アマーリエは長い袖を顔の前に掲げて地面に座り込んだ。すると、その姿が銀色に輝いた。あまりの眩しさに目が眩み、一瞬彼女から目を背けたレイヨールは、再び目を向けると、怒りの呻き声をあげた。
真っ直ぐに垂れる金の髪。片膝を地につける、鎧をまとったキリの姿がそこにあった。
『ぐぐ、貴様・・・わしと同等に姿を変えるなど、ただの術者ではないな?
何やつだ?!』
『・・・大神官アマーリエと申します。 どうぞお見知りおきを。
グントラム9世になりかわろうとしている8世陛下?』
鎧姿のキリことアマーリエは、立ち上がるや否や、腰の剣を抜き放った。そしてそれに呼応して剣を抜き襲い掛かってくる5名の地底人を、一振り、二振り、たやすく切り殺していった。
切られた者たちは全て、叫び声とともに黒いもやになって消えてしまった。
残るは、レイヨールのみ。
忌々しげな顔で睨みをきかす彼も、同じく剣をかざした。
先に切り掛かったのはレイヨールの方だった。上から振り下ろされる剣。それを自らの剣で受け止めるキリ。受け止める力が思ったよりはるかに強く、彼の剣はたやすく弾かれた。
ひるむその隙をついて、キリは彼の左腕に向けて剣を振り上げる。
低い低い叫び声。その左腕は、肘より先が切断され、宙をくるくると舞った。
『舐めた真似をしおって! 貴様、地上ではさぞかし老獪な婆婆であろう』
『いいえ、まだ若いんですのよ。 心が老獪なだけですわ』
怒りに顔を歪めるレイヨール。すると全身が黒いもやに包まれ、さらなる身体の変化を遂げた。
切断された腕はもとに戻り、さらに全身が溶岩鋼の鎧に覆われている。
それを眺めて、アマーリエは小声で夫に声を掛けた。
「あなた、まだ大丈夫ですわね?」
ランツァウは、ゼイゼイと肩で息をしていた。
「やべえ・・・キリ様に変わった途端、俺のエネルギーがめちゃくちゃ吸い取られるんだが。 アマーリエ、俺を燃料として使っているんだな?」
ランツァウは目を開いて、テーブルの薬酒のカップ、三杯目を飲み干した。
「その通りですわ。 あなたのおかげで、私は体力を温存できておりますの。
私ひとりでしたら、キリ様のお姿になった時点で、もう体力の限界を迎えますわ」
「つまり、キリ様の格好が、燃費が悪いってことだな?」
「ええ。 でも、最強ですわ。 もうひと変化いたします。
あなた、覚悟はよろしくって?!」
「ええい、分かった!! 俺のエネルギー、全部持っていけ!!!」
レイヨールの眼前で、キリの体がふたたび銀色の光に包まれた。
銀色の光が、黒に変化する。それは、これまで見たこともない姿。
漆黒の、溶岩鋼の鎧に身を包んだキリの姿だった。そして握る剣も、溶岩鋼の長剣。
『ぐぐぐ、小癪な・・・』
顔をゆがませ、歯ぎしりをするレイヨール。実際の本人は決してそんな顔はしないだろう。
キリは即座に突進した。素早くレイヨールの懐に入り込み、肩口の鎧の隙間に深々と刃を突きさした。低く醜いうめき声をあげるレイヨール。
本物のレイヨールならこうはならない。上辺だけはレイヨールだが、グントラム本人の反応が遅いのだ。幻術はつかえても、所詮、反射神経は老人のものであった。
刺さった剣が引き抜かれると同時に彼もまたキリを切りつけようと肉迫するが、キリの方がはるかに素早く、すべての彼の切っ先を受け止め、はじき返してしまう。装備等すべてが同じ条件下では、キリの方がはるかに上手だった。キリはさらにレイヨールの隙をついて、腹部のつなぎ目に剣を突き立て、その後すばやく離れた。
キリは再び間合いを取り、剣を構える。レイヨールは二つの傷口を押さえて地面に膝をつくと、再び全身が黒いもやに包まれた。
やがて姿を現したのは、小さな体を持つ、暗灰色の長衣をまとった老人の姿。嘘偽りのない、本物のグントラム8世の姿だった。肩と腹部から血を流して荒い息を吐いている。
『わしの、負けだ。 なにがほしい?
貴様の望みをかなえてやるから、わしを解放しろ!』
キリはその言葉を待たぬうちに、老人に駆け寄ると、横一文字に老人の首をはねた。
断末魔の叫び声をあげながら、老人の首が宙を舞う。そしてその体と首は、黒い煙に包まれ、その場から蒸発してしまった。グントラム8世の魂は、この世から消滅した。
「勝ちましたわ! あなた! 地底の国王に勝ちましたわ!」
「すげえ! 精神世界最強だ、アマーリエ!」
「あなたのエネルギー供給のおかげですわ! これは、二人の勝利ですのよ!」
キリの姿のままで広い空間を見渡すと、隅に裸の少年の姿が見えた。年の頃はおそらく十代半ばではなかろうか。
その少年はキリの姿をみると、泣きながらその胴に抱きついてきた。紛れもないテノールの声で。
『キリ様ぁ・・・』
アマーリエとランツァウは困惑した。
「あらぁ・・・非常に困りましたわ」
「ああ・・・でも、なんでレイヨールがこんな幼い恰好をしてるんだ?」
「これは、精神世界ですの。 つまりこの姿が、レイヨール様の精神年齢そのものということですわ」
「嘘だろ? あいつはなんでもできるんだぜ? こんなに幼いわけがねえよ!」
「問題は、そこじゃありませんのよ、あなた」
アマーリエは本当に困った顔をしている。
「彼は地底人の身体能力 ”しか” もたない。 あの老人のように幻術が使えない。 それなのに戴冠式を済ませて、地底の国王になってしまった、という事実が問題なのですわ」
「なるほど・・・王としての器じゃないのにってことか?」
「ええ・・・でもあの老人が、彼の精神を破壊して肉体を乗っ取っていたなら、地上世界は、想像するのも恐ろしいくらいの、混乱に襲われていたに違いありませんわ。
とにかく、彼との話に集中しますわね」
キリは、胴に抱きついたままの少年レイヨールに、宙から魔法のようにつくりだした白いブランケットをかけてあげた。彼がそれを肩から被ると、銀色の光とともにキリの体は変化し、普段着のキリの姿になった。
『よいか、レイヨール。 お前の危機は去ったが、ここからが正念場だ』
『正念場?』
『ああ、周りの者たちは、みな怪しげな術を使える者たちだ。
そしてお前の精神が、あの老人ではなくお前そのものであることに、すぐに気づくであろう』
『はい』
『お前は、役者にならねばならん。 あの老人のように、つとめて尊大にふるまい、周囲に侮られないよう注意するべきだ』
『・・・はい』
『それから、できるだけあの王冠を頭から外さぬように。
不可視の能力をもたねども、あの王冠を被った者を、周囲は殺そうとはしない。
つまり王冠が、お前の身を守ってくれるであろう』
『・・・ほんと?』
『ああ、本当だ。 だから、この地下王国で己の地盤が固まるまで、決して王冠を外さず、王者としてのふるまいを徹底して演じるのだぞ!
今から正気に戻ったら、まずやることは、周囲に停戦を呼びかけること。
分かったか? 私のレイヨール?』
レイヨールはじつに素直そうな笑顔を見せて、またキリに抱きついてきた。
『はい、キリ様ぁ・・・』
「あらぁぁ・・・」
「うわぁぁ・・・俺たちに寄るなぁ」
アマーリエとランツァウは夫婦揃って、呆れて宙を仰いだ。
*********************************************************
そうして、それぞれの魂はそれぞれの身体へと戻っていった。
天幕をでて早々、アマーリエは元気にキリの元へ駆け寄り、事の次第を告げた。
ランツァウはかろうじて天幕から外へ出たものの、体力を使い果たしており、変な薬酒ではなく食べ物と水が欲しいと、その場でへたり込んで駄々をこね、部下に食料を運ばせていた。
「レイヨールが、グントラム9世に?」
キリは眉根を寄せて聞き返した。
「ええ、そうですの。 軍隊に停戦を呼びかけるよう、彼に指示しましたわ」
「・・・分かった。 だが、この目で見るまで信用はできない。
仮にそなたの言う通り、レイヨールが地底の王になったとしても、
地底の軍隊が、彼の言うことをきかない可能性だってある」
「それは・・・そうですわね」
「ああ。 だから、向こうから本当に撤退が始まるまで、こちらは戦い続けるだろう」
キリは部下のひとりに声を掛け、天幕を片付けさせる。
そしてアマーリエの両手をとり、小さく頭を下げた。
「アマーリエ、あいつの命を助けてくれて、本当にありがとう。
心から感謝する。 そなたは一刻も早く、安全な家に帰るといい」
「お役に立てて光栄ですわ。
国の大きな危機はひとつ、取り除かれたと思います。
イルフェリアの、常の勝利と、キリ様のご武運をお祈りしております」
そう言って両手をぎゅっと握った後、アマーリエはキリの手を離して、さらさらと馬車に乗り込んでいった。
*********************************************************
一方、クルベルノート王国、戴冠の儀の最中である大広間。
祭壇に横たわるレイヨールの指がぴくりと動き、ゆっくりとその体が起き上がった。
ざわめく広間の者たちを眼下に、当惑しているレイヨール。
皆が彼の一言を待っている中、発した言葉はまずこれだった。
「停戦を、したい」
すると一段低い位置に佇む長衣のクルベルノート人が返答した。
「そう、思われるなら、そうなさってください」
レイヨールはうなずき、彼に伝えた。
「部隊へ指示を。 全軍撤退を伝えてほしい」
するとそれを聞いただれもが、おや?という顔をして王冠を被るレイヨールを見る。
「陛下、どうぞご自身の念で、お発しくださいませ」
「どういうことだ?」
すると彼らの間で困惑と苦笑の声が起こる。
「おや、陛下・・・新たな肉体となられて ”念” の飛ばし方も忘れてしまわれたのですか?」
どうやら、この王国におけるすべての指示は、国王が発する ”念呪” によって行われるようだった。そして彼が言った言葉は、国王として場違いな発言であることも、同時に肌身に感じた。
「グントラム8世の魂は、死滅した。 俺は、ここに来た男であるに過ぎない」
「な、なんと・・・!!!」
ざわめきがますます大きくなる。
「グントラム8世という老人は、俺の魂を殺して、体に乗り移ろうとしていたようだが、それは防がれた。 俺は王冠をかぶってここにいるが、老人の精神ではない」
「・・・」
「王冠をありがとう。 俺は、皆のようなおかしな力を持つものではないから、それを理解してほしいと思っているが」
「お、王冠を、我らに返してくれ!!!」
「断る」
「貴様のような ”念” も扱えぬ愚かな人間に、その王冠はふさわしくない!」
「そうだ! 貴様は愚民だ! 王冠を返せ!」
「返せ! 返せ! 返せ!」
広間全体から、大きな怒声がわき起こる。 この場にいるすべての者が騒ぎ立てるその最中、レイヨールは立ち上がり、民衆に向かって両手を挙げた。
「静まれ!!!」
ぴたりと声が止む。幾千もの目がレイヨールの姿に、その顔に集中する。
レイヨールは広間の隅々にまで響く、朗々としたヘルデンテノール(英雄的なテノール)の声で語り始めた。
「愚かな人間とはなにか? 優れた人間とはなにか?
それは、不可視の能力が使えるか、そうでないかで決まるのではない。
愚かな人間とは、高い能力を持ちながらも、自分たちの価値を理解できない、
あるいは・・・価値を理解しても、それを活かすべく努めない、怠惰な人間を指す」
「・・・」
「例をあげよう。
そなたらの同胞であった俺の父は、金工品をつくる職人だった。
この国においても、それは価値の高いものであったと思う。
グントラム8世が ”念呪” を掛けたくなるほどだったのだから。
そなたらは一体、自らが作った金工品に美術的価値があると思っているのか?」
「当たり前だ! 我らの宝は、世界一だ!」
「世界一だと? 世界一という言葉は、世界の金工品と比較した上で得られる言葉なのだが、なにを根拠にそう言える?
俺は父の作品が好きだった。 だから贔屓目にみて、このクルベルノートの宝は、世界一の品質だといいな、と思っている。
しかしそなたらはその価値を、比較する根拠もなしに、
勝手に自分たちは世界一だという。
ずいぶんとおこがましいし、愚かでしかない!」
「どういうことだ」
「分からないだろうな。 こんな暗闇にじっとしていれば。
俺が地上で、散々心を痛めて涙してきたのは、
父がつくった金工品が、どんなに美しいものであっても、
多くて三日分のパンにしかならなかったことだ。 この意味はわかるか?」
「なんだと? 我が国の宝が、たった三日分のパンと同じ価値だと?」
おおいにどよめく民衆。
壇上をゆっくりあるいて、民衆の反応をみるレイヨール。
「こんな閉鎖されたところにいれば、だれでも無知になることは理解する。
しかし、どんなに良質な細工でも、金の含有量でしかその価値を見出されない。
それはすべて溶かされ、金の延べ棒や金貨に変えられてしまい、その美は顧みられることはない。
そして、無知な者を前にしては、その金すら安くごまかされる。 それが現実だ!」
「わ、我らの金工品が、潰され、伸ばされてただの金にされてしまう、だと?!」
「あり得ん! なんということを・・・地上の民は許せない!」
「そうだろうか・・・結局、価値あるものとそなたらが思っていても、
それがいかに価値があるものか、地上の幾多の国々において、
判断する基準がないのが原因だ!
偉大な、クルベルノートの歴代の王たちはみな、揃いも揃って、
美術品をもちながらも、その美の基準を周辺に理解させる努力を怠ってきた。
そのために、それがどんなに価値あるものであっても、
地上の国々において、正しく理解されないのだ!
これは、だれのせいだ?」
「・・・」
「この地底には、優れた名工が数多くいると聞いている。
その彼らが生み出す美を、地底で独り占めにして悦に入り、
周囲に開示し認めさせる努力を怠っていたのは、まぎれもないそなたらだ!
クルベルノートの歴代の王と、それを支え続けたそなたらの愚行にすぎない。
それがどれだけ無価値で盲目的な行動であり、ひいてはこの国を傾けさせてきたのか、分からないのか?」
「・・・」
「自ら魂を削って作りあげた美術品の価値を無にされ、
延べ棒や金貨程度の価値にしかならぬ現実を直視せず、
無益な火を操る術をつかい、周囲を怖がらせては、選民気取り!
じつに、じつに愚かしい!
そなたらの不可視の能力は、あっても無用なものばかりだ!
己の価値を証明することもできず、なにが偉大な地底の王国だ!」
静まり返る大広間。
ある歳老いたクルベルノート人が、声を発した。
「そなたは・・・われらの財産の価値を、公に定め、広めることはできるのか?」
「いずれ可能だが、一人では難しい。
抜本的な改革と長い月日、そして地上の国々との協力がかかせない」
この時レイヨールは、過去の、ローレンスとの語らいを思い出していた。
*********************************************************
**************************************
*******************
数年前のある日。
レイヨールの部屋を訪ねてきたローレンスは、茶をごちそうになっていた。
彼らの手には、美しい渡来の茶碗。それを上に下に眺めながら感心するローレンス。
「いやはや、みたこともない形。
あまりに風流すぎて、あなたの職業を疑いたくなりますよ。
こんなに物に執して・・・どういうことですか?」
「なぜ俺が、こういうものに興味を持っているのか、お前に話すよ。
その根っこは、俺の片親の血であるクルベルノート国文化への興味にある。
彼らの作る美術工芸品の、本当の価値を知りたいのだ。
だからそのため、クルベルノート美術のみならず、こういう他国の美術工芸品を時々買い求め、物価の基準を確かめているに過ぎない」
「美術品の価値、ですか?」
「そうだ。 例えば、この茶碗」
レイヨールは、ローレンスが手にしている茶碗を指差した。
「これが王宮に届けられ、はじめに俺が値段を商人にたずねたとき、
五百万ゲルトと言われた」
「な!」
ローレンスは仰天し、落とさぬよう両掌で茶碗をしっかりと抱えた。五百万ゲルトあれば、首都の郊外に立派な屋敷が建つ。
「しかし、キリ様が口添えをしたところ、なんと百万ゲルトにまで値が下がったのだ」
「ず、ずいぶんとまあ、値下がりしましたね。
それでも、あまりに高価過ぎることに変わりありませんが」
「どうだ、ローレンス。 この振れ幅は。
俺には五百万ゲルトで売るといい、キリ様には百万ゲルトで売る、という」
「あなたの足元をみて値段をふっかけるなんて。腹が立ちますよ!
俺ならば、そいつの胸ぐらをつかまえて、ゆさぶってやるところです!」
「ああ、いや、憤慨してくれてありがとう。
俺はもともと、そんなのは慣れっこなんだ。
それより注目したいのは、差し引かれた金額のこと。
もし俺が支払っていたら、商人の利益だ。
しかしそれはキリ様の顔を見て、値引かれた。
四百万ゲルトを値引いても、商人は十分生活が潤うんだろう。
原価割れしないで利益を得られる、ということだ。
するとこの茶碗を生産者から買い取った時の、原価はいくらするんだ?
作品の買い取り原価、その ”値決めの根拠” がもっとも重要なんだ」
「値決めの根拠?」
「そうだ。たとえば、制作年代による、作品の、美術的な価値の基準は?
クーゲルバッハ画伯によると、画伯の友人の中には、美術品の年代を測定できる研究者の集団がいるという。
そういう集団の目を通して、制作年代と価値を研究されてから、
綿密に値決めされるべきだと思わないか?
また、クルベルノート美術などにおける、職人の技術の価値は?
物によっては “名工” として、職人の名前が知られ、
作品に付加価値がついても良いはずだ。
値決めは、すなわち評価なんだから」
弁に熱がこもるレイヨールの心のうちには、幼少期に地底の父が作った金工品を、村の質屋に買い叩かれた悔しい日々が思い浮かんでいることは明白であった。
「しかし、それらはすべて一族の存在と同様に、
白日の下にさらされず無視されているままだ。
結局現在にいたるまで、市場に流出した美術品は、
商人のさじ加減で値決めされているんだ。
この渡来の茶碗にはじまり、クルベルノートの美術工芸品にいたるまで、それが横行している。
それは値決めに基づく、適正な国際基準が無いから。
その基準をつくる、公の組織がないからだ」
レイヨールは窓をみやった。すこし雲がでてきている。
「たとえば、クルベルノートの美術品は『金』が多く使われているから、
通常ではごく高値が付く。
それらなど、素材だけを加味しても、国内である程度整備されやすいはずなのだが、商人が提供者から買い取るとき、二束三文の買い取り価格しか支払われていないのが現状だ」
「二束三文、ですか?」
「ああ。 それはなぜか。 全国の、大陸の商人に対して規制を設けていないから。
美術品、金工品を取り扱うための明確な価格の基準、法律がない。
もしくはあっても国中に浸透していないからだよ。
そして国民の識字率は未だ低い。
また、算術も知らない者が多い。
これらを知らないと、だまされてもそれに気づかない。
そういう無知な者を前にする商いや政治は、実にあいまいになる」
「はい、その通りですね」
「本来、それは国が明確に定めるべきで、そういうものを扱う商人は、どこで商いをしようとも、その法律に従うべきなんだ。
そして法律に従わない商人は、取り締まられ、罰せられるべきだ」
「でも、あるべきそういった法律が、現在この国にはないんですね?」
「おそらく。 少なくとも俺が調べた限りでは、明確ではない。
だから価格を商人側でいくらでも操作して、利ざやをとれるということだ。
貿易品として出回っていないものほど、そういう不正な利ざやをとりやすい」
「なるほどね」
「ああ。 ただしそれら工芸品を “価値があるもの” と、むやみに底辺の人々に意識付けするのは、極めて危険だ。
辺境で骨董をめぐる墓場荒らしや贋作の流布、はては紛争など、悪事が頻発する原因となる。
だから結局王宮自体、大規模な変革にいまだ着手できず、そういう不当な利ざやを稼ぐものを野放しにし、めぐりめぐって国家も、脈々とそういう富を得ていることは否めない」
「ううむ。 なるほど」
ローレンスはうなった。レイヨールはぬるくなった茶を、例の茶碗からすすった。
「頭の痛い問題なんだよ、ローレンス。
これだけ長く続いているこの王国の法律も、
一つを突けばたやすくほころびが見つかるんだ。
加えて美術工芸品、値決めの国際基準の話は、
このジェンセン王の御代一代で解決する問題とも思えない」
「例えばですよ?
もしあなたが王位を取れば、いずれそういうことも解決するでしょうな」
「なんだって? とんでもない! 俺はそんな器ではないよ。
俺の想いを汲んでくれるであろう、王に望みを託して、
結果、世代を超えて物事が叶うなら、それで十分だ」
レイヨールは飲み干したあとの茶碗の内側をじっとみつめた。
*******************
**************************************
*********************************************************
茶碗の内側の茶のきらめきが、民衆の顔へと変わり、レイヨールの心は記憶から現実に引き戻された。
美術品の、値決めの国際基準・・・それは平和の上でないと成り立たない。
そしてその議題を、この地底の王国であれば、牽引することができるにちがいない。
レイヨールはそう思っていた。
「我らの真の価値を、地上の国々に知らしめるには、
まずは、戦争のない平和な状態が不可欠だ!」
いつの間にか、レイヨールと同じ壇上に年老いた三名の地底人が上がってきていた。
彼らは脇からレイヨールに尋ねた。
「そなたは、その言葉通りに、我々を導いてくれるのか?」
「この命にかけて約束しよう。
俺はそなたらと同じ血をひいているし、この憂いを晴らすことが命題と考える。
幸い、それについて造詣の深い、地上の要人とのつながりもある。
彼らと力を合わせて、願いを叶えるために努力しよう。
そして、この一代で願いが叶わぬ場合、のちに続く者に引き継がれるだろう」
「おお・・・」
レイヨールは片手をあげ、幾千の目に宣言した。
「地上での栄光を手にしたければ、俺に従え!
停戦だ! いますぐ軍に停戦を呼びかけよ!
停戦なくして、我々の未来はない!」
彼の背後の三名が、壇上から叫んだ。
「グントラム9世陛下、万歳!」
「停戦である!」
「皆の者、新たな王をたたえよ!」
その声に呼応して、これまでにないほどの圧倒的な声量、掛け声の渦が大広間に巻き起こった。それは、栄光を渇望する叫びにも似ていた。
「グントラム9世陛下、万歳!」
「グントラム9世陛下、万歳!」
「グントラム9世陛下、万歳!」
大歓声の中、壇上で立ち尽くすレイヨール。彼の演説は、見事に終わった。
そこに三人の地底人が歩み寄った。一人が布を渡す。
「どうぞ、陛下・・・こちらをお召しください。 王の衣装を」
「え?・・・ああ!」
ここまでの演説を、全裸で行ってしまったことに今頃気づき、思わず頭を抱えるレイヨール。
「最悪だ・・・着ていた服はどこに?」
「燃やしてしまいました」
「ああ。 胸のベルトは?」
「こちらに」
もうひとりが、バックスキンのベルトと、水晶のペーパーナイフを手渡した。
それらをほっとした顔で受け取るレイヨール。ベルトの内側に水晶のペーパーナイフを大事にしまうと、胸の前でベルトを締め、その上から王の衣装を羽織った。
「戦場へ、行きたい。 停戦協定を結ぶために」
「どうぞこちらへ。 王の鎧がございますゆえ」
三人の地底人に囲まれながら、レイヨールは初めて壇上から降り、厳かに大広間を退場していった。クルベルノート国史上初の、インパクトの強い即位演説であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます