呪い、深まる
「げほッ、がはッ!!」
思い切り水を吐き出す様に嗚咽をする。
しかし、既に水を出し切っていたのか、喉から出るのは嗚咽の音だけだった。
「あ……生き、てんのか、俺?」
消え掛けた視界の先に色が戻り始める。
ゆっくりと目を見開く無悪善吉は、視界の先に写り込む鮮やかな少女の瞳が此方を見詰めていた。
「無悪くん……無悪くんッ」
心配そうな顔をして名前を呼ぶ幽谷りりす。
耳元で聞こえる彼女の声に、無悪善吉はうざったらしそうに手を挙げて答えた。
「聞こえてる……ああ、笑い話で済んで……良かったぜ」
苦しそうに。
無悪善吉は安堵の息を漏らした。
最早、動く事の出来ない無悪善吉に、幽谷りりすは彼の元から離れなかった。
「大丈夫?あ、頭、地面で硬いでしょ?私、膝枕するよ」
必要無い。
と言い掛けた無悪善吉。
だが、それよりも早く、幽谷りりすが彼の頭を掴んで膝枕を行った。
半ば無理矢理で、無悪善吉はしなくても良い、と言う言葉を掛けるタイミングを失ってしまった。
なので仕方なく、幽谷りりすの膝枕を許容するのだった。
「あー……疲れた、初任務、こんなにも厳しいのかよ」
珍しく弱気な言葉を口にする無悪善吉に、幽谷りりすは心配の感情を浮かべつつあった。
「え、あ、だ、大丈夫、これから、私も、無悪くんの為に頑張るから、だから、辞めようなんて……」
そう言い掛けて、幽谷りりすは首を傾げた。
何故、無悪善吉の為に頑張ろうと思ったのか。
疑問を追求するよりも早く、無悪善吉が答える。
「辞めようなんざ思ってねぇよ、むしろ借金があるし……やる事が残ってる」
無悪善吉には、まだ父親を探すと言う理由があった。
それを達成する為には、無悪善吉はこの業界から離れるワケには行かなかったのだ。
「で、りりす、テメェ、言い忘れたが、俺の心臓にぶっ刺したってアレ……」
そして、無悪善吉は胸元に突き刺した禍遺物の事を思い出して聞こうとしたのだが。
それを答えるよりも早く、幽谷りりすは、あッ、と声を上げて無悪善吉の顔を見た。
「無悪くん、私のこと、幽谷じゃなくて、りりすって呼んでるよね」
そう言われて、無悪善吉もそう言えば、と思った。
「ああ……お前トコのオッサンが反応しやがるからよ、区別する為に下の名前で呼んだんだわ……悪いな幽谷」
一言詫びを入れる無悪善吉に、むしろ幽谷りりすは下の名前で呼ぶ事を望んだ。
「ううん、下の名前で呼んでくれた方が、嬉しいよ……その代わり、私も、無悪くんの事、下の名前で呼んで良い?」
交換条件、と言った具合に、幽谷りりすは言った。
無悪善吉は、名前くらいどうでも良いと思っていた。
「好きにしろよ、俺が良いなら、下の名前で呼ぶからよ」
そう言われて、幽谷りりすは特別な関係になれた気がして、嬉しく思った。
「じゃあ……ゼン」
改めて、無悪善吉の名前を呼ぼうとした時。
「……何してんの?」
そう言いながら、幽谷りりすの元に向かって来た、竜ヶ峰リゥユの姿があった。
彼女の姿を認識した無悪善吉は、全身が傷だらけになった彼女に驚きの表情をした。
「おい……お前、生きてたのか?」
そう言われて、竜ヶ峰リゥユは尾骶骨から生える尻尾を動かして、無悪善吉の腹部を強く突いた。
「勝手に殺すな、……あんたが眠ってる時に、リリスが付きっ切りで見てたから、あたしは周囲の警戒をしてたの」
そう言って、彼女は疲れた表情を浮かべてその場にしゃがみ込む。
「はぁ……疲れた」
「……お前が此処に来てるって事は、お前の相手はちゃんと倒したのか?」
無悪善吉の質問に、竜ヶ峰リゥユは頷いて見せた。
「きちんと殺した、けど、どうせ生き返るし、完全に殺す事よりも、無力化する方向で何とかした、リリスの方が心配だったし」
何とも奇妙な台詞であった。
だが、無悪善吉は案外すんなりと受け入れた。
このナラカと言う環境下、様々な禍遺物が蔓延り、多くの鴉たちが使用している。
その中でも、生き返る事の出来る禍遺物もあるのだろう。
だから、無悪善吉はそれ以上の言及をする事は無かった。
「はい、言われた通り、禍遺物回収したから」
そう言い、竜ヶ峰リゥユは二人の前に片手斧を置いた。
幽谷轟鬼が使用していた禍遺物である、それを持ち上げて、無悪善吉の上に置いた。
「これは、私よりも……」
無悪善吉が、回収した事にしたいらしい。
「お、マジか、良いのか貰って?……もう返さねぇぞ?」
片手斧を自らの胸に置いて、無悪善吉は抱き締める。
その光景を見た幽谷りりすは今更返してとは言わなかった。
「良いの……ありがとう、ゼンちゃん」
そう言って、幽谷りりすは笑った。
彼女の表情に、恐怖の色は何処にも無かった。
(……何、あの顔)
そんな幽谷りりすを見て、竜ヶ峰リゥユは自分に見せた事の無い顔だと悟った。
「と言うか、何時まで膝枕してんの、あと、何、その呼び方」
幽谷りりすに突っかかる竜ヶ峰リゥユ。
「いや、えぇと……な、仲良くなったの」
と、そう幽谷りりすは誤魔化した。
無悪善吉は腹筋に力を入れて立ち上がると、完全に回復したかの様に振舞った。
「うっし、お宝も回収したし、成果としては万々歳だろ、もう帰ろうぜ」
そう言って無悪善吉は歩き出す、そんな彼の背中を追う様に、竜ヶ峰リゥユが突っかかった。
「ちょっとゼンキチ、あんたリリスにお礼言った?溺れてたから助けてくれたんでしょ?」
そう言われて、無悪善吉は後ろを振り向く。
「う、ううん、授業でやった事だから、役に立って良かったよ」
幽谷りりすは恐縮してそう言った。
無悪善吉は、一応は助けてくれたので感謝の言葉を口にする。
「ああ、悪いな、マジで助かったわ、案外、助けるの上手いんだな」
と、そう言いながら周囲の建物に他に禍遺物が無いか探す様に歩き出す。
「ちょっと、一人で歩くな、危ないから、……ほら、リリスも、行くよ」
そう言って、幽谷りりすの方に視線を向ける竜ヶ峰リゥユは、其処で改めて幽谷りりすの顔を見た。
其処には、顔を真っ赤にしながら、瑞々しい薄桜色の下唇に指先を当てて、蕩けた表情をしている幽谷りりすであった。
(無我夢中、だったけど……そっか、私、ゼンちゃんの唇、キス、したんだ……)
舌先で、唇を舐める様は、さながら小悪魔の様な仕草であり、それを見ていた竜ヶ峰リゥユは驚きの表情をしていた。
「ね、ねえ……リリス」
驚きの表情をしている竜ヶ峰リゥユに気が付いた幽谷りりすは、自らの抱いていた感情が透かされたのかと思い、慌てて彼女の声に反応する。
「え。ぁ、ど、どうしたの、リゥユちゃんッ!!?」
そう叫び、友達に向けて顔を向けた時。
竜ヶ峰リゥユは、そっと、自分の耳に触れた。
「耳、と、しっぽ」
なんとも、可笑しな言い方である。
耳は分かるが、しっぽとはなんだろうか。
竜ヶ峰リゥユから生えている龍の尾の事だろうか、と思った時。
「リリス、生えてる」
生えている?そう疑問に思い、幽谷りりすが耳に手を伸ばす。
耳は、人間の耳、と言うよりかは、生地の硬いパンを触っているかの様な感触で、耳の先端が尖っていた。
それは、エルフの様な耳、と言うか、悪魔の様な耳であり、幽谷りりすが後ろを振り向くと、彼女の尾骶骨の辺りから、黒色の尻尾が生えていた。
「え、ぁ……えぇええ!?」
驚きの声を荒げる。
幽谷りりすは、更なる呪いを宿らせた証拠であった。
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