まぬけな、無悪善吉
「な、ば、馬鹿、なッ!?」
巨大な穴が出来、幽谷轟鬼は体を動かして地面にしがみ付こうとするが、その地面すら砕けて、川へと落ちそうになる。
「な、なにが起こってる、の?」
幽谷りりすは何故幽谷轟鬼の居る場所が崩れているのか分からなかった。
触手を這わせて、地面に手を伸ばすが、その触手が接触すると共に、触手の重さで崩れていく。
何処も、幽谷轟鬼の体を支える足場が無かった。
「何か知らねぇが、ここの地面よ、スゲェ脆いんだわ」
無悪善吉が殴った瞬間、簡単に穴が開く程に密度が脆い。
それでも、あそこまで地面がボロボロになる筈がないだろう。
「俺達くらいの体重、いんや、建物と同じくらいの重さなら、なんとか無事なんだろうが……あの野郎は違う」
幽谷轟鬼の肉体は、この迷宮空間内部で一番大きい建物よりも重量がある。
いや、建物は面積もあり、重さが分散されている為に地盤沈下する事は無かった、だが、幽谷轟鬼の肉体は、人間大の大きさでありながら、その重量は一番大きな建物以上に重たいのだ。
そうなれば、地盤が彼の重量によって崩れる事は明白。
「更にダメ出し、俺の手から溢れた泥、俺に繋がってりゃ俺の意志で操作出来る……だから周囲の地層に染み込ませて、腐蝕させた」
獣の泥を作り上げて、幽谷轟鬼全体に行き渡らせる様に操作した。
その結果、幽谷轟鬼の周辺だけが、異常な程に脆くなっていたのだ。
「んで、地面の下は水だ、それも勢いのある激流でな……水ん中に落ちりゃ馬鹿みたいに重たいアイツは這い上がる事も出来ない、なにせ俺も激流の中、上下左右分からずに溺れかけたからな」
既に体験済みの無悪善吉。
激流の中、その重たい体が沈み込めば……幽谷轟鬼に待ち受けるのは溺死と言う運命である。
「ぐ、がッ、こ、こんな、こんな死に方、があるかッ!き、貴様ッ!この野郎ッ!!せめて、戦わせろォッ!!!」
相手の怒りの言葉に対して、無悪善吉は鼻で笑う。
「一端の戦士の真似事かァ?面白い猿真似……いや、遺言じゃねえか」
そして、無悪善吉は幽谷りりすを奥へと押し退けると、相手が落ちていった穴の方に近付き、
「……ああ、悪い、俺、馬鹿だからよぉ、最後の遺言、忘れちまった」
ぎゃひゃ、と、卑下た嘲笑を敗北者に向けて浴びせる。
馬鹿にする声色に、幽谷轟鬼は怒り狂い叫び上げた。
「ふざ、負ざ、げぼぶあっ!!」
地面が崩れ、幽谷轟鬼は川の中へと身体を沈み込ませる。
激流が、幽谷轟鬼を押し流そうとした。
(憎い、憎い、憎い憎いッ!!)
幽谷轟鬼は触手を伸ばす。
このまま、無悪善吉一人を勝者にする気は無かった。
穴から飛び出した触手を使い、穴の近くへ来た無悪善吉に向けて触手を絡める。
(まだ、まだだッ!!貴様の体の位置で、この逆巻く激流の中、上下の位置を定める、貴様も落ちるのは嫌だろう!?そのまま指標として抗っていろッ!!)
後は。
筋肉繊維を可能な限り増量させ、地面を突き破り生還を果たさせる。
この時点で、既に無理のある考えだった。
けれど、少なくとも、無悪善吉を無理心中に誘う事が出来る。
(りりすは俺のものだ、俺が、俺が孕ませてやる、このまま、死んで堪る……)
触手の一つが、冷たい激流の中へと入り込んだ。
その瞬間、全身が性的興奮で熱くなっていた肉体が一瞬で冷え切った。
(な……んで、触手が、あの、ガキが……激流の中に、飛び込ん、だ?)
触手に伝わる冷たい感触。
これで、幽谷轟鬼は地上へ戻る事が出来なくなった。
だが、少なくと無悪善吉は同じ渦中へと飛び込んだのだ。
ならば少なくとも無理心中は達成した筈、なのに。
(何を、考えている、そもそも、何故コイツは、態々穴の前へ来た?こうして、身体を掴まれる可能性を考えて無かったのか!?いや、違う……コイツ、は)
伸び切った触手を縄の様にして伝う感触が広がる。
確実に、幽谷轟鬼へと迫る男の手の感触である。
(なんだ、なんなんだ、コイツは、何をしに、なんだ、なんなのだッ!!?)
ごぼごぼ、と。
最後に残った酸素を口から漏らした。
最早、幽谷轟鬼の肉体には、活動する程の酸素は残されていない。
酸素不足により、意識が薄れている時。
最期に、幽谷轟鬼が見たのは。
冷たく暗闇の中、静かに己の死を見詰める、無悪善吉の悪意に満ちた表情であった。
(お、れが……確実に、死んだ事を、知る、為に来た、と言うのか……みずから、の、命すら……度外視、し、て)
筋肉繊維が削がれ、人型へと戻った腕を伸ばして、幽谷轟鬼は呟いた。
(あいつの、身体を掴んだ、時……微かな、きぼう、見出した、それすらも、絶望に……こいつは)
無悪善吉の顔を掴もうとして。
その手を押し退けて、無悪善吉は、相手を蔑む様に見ながら口から酸素を漏らし、気泡を作りながら笑っていた。
(ばけ、も……)
そして。
幽谷轟鬼は、心の底から無悪善吉と言う化物に勝てない事を悟った。
(やっべ……アイツの吠え面見たかったけど、そもそも仮面付けてたわ)
無悪善吉は自分の単調さに思わず笑ってしまった。
それによって、大量の酸素を消耗してしまい、息が出来なくなっていた。
(わ、笑い話にもなんねぇッ!敵の触手に捕まって落ちるなんざ、馬鹿にも、程がぼあぁ!!)
段々と、肉体から力が抜けていく。
無理も無い、無悪善吉は何度も潰れる程の一撃を受けたのだ。
肉体は疲労で詰まっていた、疲弊によって体が動けなくなるもの無理がない。
(け、こ……んな、最後、か)
無悪善吉は、大量の水を飲み込む。
体が激流によって押し流された最中。
「―――、無悪、くんッ!!」
その言葉と共に。
穴へと飛び込んだのは、幽谷りりすであった。
しかし、激流の中、無悪善吉と同じ様に水の中で溺れるのがオチだろうと思った。
だが、幽谷りりすの『
その際に、外部からの影響を受ける事がない、だから壁を擦り抜けたりする事が出来る。
幽谷りりすは、激流の川の中、勢いに左右されず、渦の中で洗濯機の様に肉体を洗い流されている無悪善吉を発見。
「居た……今、引き上げる、からッ!!」
瞬時に、部分解除を行い、腕のみを実体化し、無悪善吉を掴んだ。
当然、水の影響により腕が激流に攫われそうになるが、幽谷りりすは我慢して、決して無悪善吉を離そうとしなかった。
(無悪くんは、どんな状況でも、諦めなかった、私はそれに救われた、だったら、私もッ……ここで頑張らなきゃ、無悪くんにも、リゥユちゃんにも、顔向けできないッ!!一緒に、胸を張っていたい、だからッ!!)
幽谷りりすは、あらんかぎりの力を込めて無悪善吉を川の中から引き上げると、陥没した穴に向けて無悪善吉を引っ張り上げる。
そして、水に濡れた無悪善吉を地面に下すと、彼女は疲弊を感じる腕を垂らしながら、無悪善吉へと近付いた。
「無悪くん……無悪くんッ!!」
意識の無い無悪善吉を見た幽谷りりすは、授業で習った人命救助の事を思い出す。
「絶対、絶対に助けるから、だから、死なないで、無悪くんッ!!」
そう叫び、幽谷りりすは人工呼吸を行い、無悪善吉を生かそうと必死に行った。
そして―――。
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