無悪善吉、鬼の反応
『クスクス』
『ああ、来たんだ』
『お前の座る席なんて無いのにね』
学園へ登校すれば、女学院の生徒達は彼女を嘲笑う。
教室の机には、罵倒の言葉と、心の無い落書きが施されている。
廊下を歩けば、女子生徒達は異物を見る様な目で見られる。
『調子に乗んなよ?』
『髪長すぎ、切れよ』
『教科書?バカには要らないでしょ?』
衣服を濡らされ、教科書を破かれ、髪の毛を引っ張られる。
誰も彼もが、幽谷りりすを憎み、悲惨な目に遭えば嘲笑される。
『……大丈夫、これは、仕方のない事だから』
幽谷りりすは、彼女達が好きでその様な酷い事をしているワケでは無い事を理解していた。
幼少期の頃から、幽谷りりすは男性たちを魅了した。
しかし、その逆を通るかの様に、彼女と同じ女性陣は、汚物を扱うかの様に幽谷りりすを憎悪していた。
それは、まごう事なき、幽谷りりすの呪いによる効果。
異性を魅了する代わり、同性から嫌われてしまう、精神作用の禍憑。
呪いを持つ女性ですら、幽谷りりすを否定する感情を抱けば、嫌悪感を抱いてしまう。
『こんな事で……店長や、リゥユちゃんに、心配掛けたくない……』
だから、幽谷りりすは学園生活を満喫しているかの様に演技をした。
自分を否定してくれず、親身になってくれる二人が、幽谷りりすにとっての心の拠り所だから。
その二人を喪いたくない、迷惑を掛けたくない、その一心で、幽谷りりすは我慢をし続けた。
『大丈夫、大丈夫……私は、大丈夫、だから』
だから、どうか。
少しでも良いので。
細やかな祝福を下さい。
自分が、仄かな幸福を噛み締める事が出来る瞬間を下さい。
その為なら、どのような不幸でも、甘んじて受け入れるから。
幽谷りりすは、大切な人達の傍に居たいと、そう思っていた。
だから……自分と言う存在を、連れ戻そうとする幽谷一族を、彼女は誰よりも恐怖していたのだった。
そして。
「あのバカなガキは、もう殺したよ」
無悪善吉を、殺したと告げる幽谷轟鬼。
逃走していた彼女は、あっと言う間に幽谷轟鬼に見つかってしまった。
今度は、彼女が逃げられない様に。
〈大金剛力士の指環〉を使役し、甲冑の隙間から大量の筋肉繊維を放出し、筋肉繊維で構築された巨人と化した。
「もうこれで邪魔は入らない」
そして、脅える彼女に向けてゆっくりと手を伸ばす。
「さあ、お家と同じ様な事をしよう?」
彼女を家に戻そうと、生易しい声色で語り掛ける。
それ以外の道を潰すかの様な、断れば暴力が待ち受ける。
幽谷轟鬼の変貌は、暴力を振るわずに暴力を臭わせていた。
「そしてまた戻るんだ」
彼女が絶対に断れない選択肢を選ばせる為に。
「王哉も仟兵衛もそれを望んでいる」
幽谷一族の名を口にして。
彼女の脳内に、抗えない恐怖を記憶から蘇らせる。
「来ないで、下さい……ッ」
彼女は後退る。
トラウマの相手が其処に立ち尽くし、彼女の脅える表情を見て愉悦の感情を発揮した。
「言う事を聞きなさい」
腕を伸ばす。
巨大な腕が、幽谷りりすの体を掴もうとする。
「私達一族の女は男を敬うものだ」
古き時代の頃を思い出す幽谷轟鬼。
彼が生きた時代は、多くの幽谷家の女性はモノとして扱われた。
その頃から生きていた彼は、未だ、過去の血族のしきたりに縛られていた。
「子供を孕み、子供を育てる、そして子供を作り、また孕む……一族の女はそうやって成長して来た」
幽谷りりすもそうであれと。
自らの胤で孕ませてやると。
近付き、幽谷りりすに迫る。
肉体の肥大化は、さながら男根が充血するかの様に膨張していた。
(う、ごかなきゃ……こんな自分、嫌だって、言った、のに)
涙を流す。
恐怖から、恐ろしく涙を流している、ワケではなかった。
昔から変わらぬ自分に、どうしようも無い自分に、悔しくて、涙を流していた。
(けど……幽谷家に、逆らっちゃ、ダメって、身体が、言う事、を……)
幽谷家に命を握られている。
それをどう使われようが、文句を言ってはならない。
その様に調教されてきたのだ。
「さあ、良い子だ、優しくしてあげよう」
手を伸ばし、今度こそ幽谷りりすを手に入れようとした時。
「た、すけて……」
涙を流して、幽谷りりすは、我慢していたものを吐き出す様に、声を漏らした。
「幽谷ゥ!!」
そして。
その彼女の声に反応するかの様に。
幽谷轟鬼の後ろに、無悪善吉が立ち尽くしていた。
無悪善吉の声に。
反応したのは幽谷りりすでは無かった。
「なんだァ!!」
まだ生きている無悪善吉に、驚きよりも呼び捨てされた事に腹を立てて怒声を口にした。
当然、目的の相手からの反応では無い無悪善吉は、額に青筋を浮かび立てて、幽谷轟鬼の顔に向けて罵声を交えた大声を荒げる。
「テメェじゃねぇよハゲェ!!」
ハゲてねぇわッ!!
幽谷轟鬼の脳裏に過る渾身の言葉。
しかし、それを口にするとムキになっている様で、決して言わなかった。
そして、幽谷轟鬼が此方を向いた時に、無悪善吉は彼を無視て、幽谷りりすに顔を向ける。
もう一度、名前を呼ぼうとしたが。
「っだあクソッ!おい、りりすッ!!」
二人、幽谷の性を持つ為、どちらも呼ぶ様になってしまう。
なので、無悪善吉は彼女の下の名前を口にした。
「さ、無悪、くんッ」
あれほど、幽谷轟鬼によって吹き飛ばされた。
恐らくは殺されたと思っていたのに、生きていた事に驚きを隠せなかった。
近しい仲間が生きていると知って、安堵の表情を浮かべる彼女だったが、また、無悪善吉が幽谷轟鬼に暴力を奮われるのでは無いのか、とそう思うと、素直に喜べなかった。
そんな彼女の心の中の事情など知らず、彼女を見ながら手招きを行う。
「こっち来いッ!!テメェが居ると巻き添え食うんだよッ!!」
そう叫んだ。
幽谷りりすは、直ぐにでも無悪善吉の元に向かいたかった。
だが、目の前には、幽谷轟鬼が立ち尽くしている。
彼の元へ向かうには、幽谷轟鬼をどうにかしなければならない。
だが、今の彼女では、彼を越える事など出来る筈が無かった。
「……ごめん、無悪くん、このまま、巻き添えにして、良いから……っ」
ずっと、足手纏いのままでは嫌だった。
そうなるくらいならば、いっそこのまま、二人諸共、なくなってしまいたかった。
「よっしゃ、分かった!!」
彼女の渾身の言葉に、無悪善吉は腕から泥を放出した。
地面に向けて大量の泥が垂れ流されながら、拳を構える無悪善吉。
「はあ!?」
彼女の言葉は自暴自棄によるものだと理解している。
だから、彼女の事を思えば、巻き添えにして堪るかと思うのが普通の事だろう。
だが、無悪善吉は二つ返事で了承したのだ。
人の心が無いのかと、幽谷轟鬼は驚いていた。
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