主人公、封印される
だが。
(え、うそ……)
胸元に向けて、鋲の先端を突き立てるが、彼の肉体はその鋲を否定した。
さながら、硬き金剛石に針を突くかのような、圧倒的防御力である。
(だめ、これじゃあ……封印、出来ないッ!!)
次第に幽谷りりすは意識が途絶え掛ける。
この状況で、意識を失えば、彼女は確実に自らの呪いのアイテムによって死ぬ。
しかし、寸前で解除すれば、幽谷りりすは呪いの泥を受けて死んでしまうだろう。
「リリスッ!!」
竜ヶ峰リゥユが叫んだ。
幽谷りりすの元へと近付き、泥を回避しながら彼女の元へと近付く。
(どう、しよ……もう、意識、が)
幽谷りりすの脳裏には走馬燈が流れた。
漠然と、彼女はその走馬燈を見続けていた。
彼女の呪いによって多くの異性は彼女の身を欲した。
こんな呪いがあるから、自分は不幸であった。
しかし、そんな時に彼女は、ある事に気付いた。
無悪善吉と言う男。
彼の肉体は、泥によって骨格が分からなかったが、少なくとも男性である事は確かだろう。
男性であるのならば……幽谷りりすは、一つの賭けに出た。
泥の間に挟まっていた彼女は、自らの呪いのアイテムの効果を解除した。
唐突な、自殺志願かと、竜ヶ峰リゥユは思った。
だが、彼女は自分が出来る精一杯の事を実行したのだ。
「は……ふぅぅ」
幽谷りりすは、無悪善吉の肉体に向けて手を回す。
柔らかな胸を押し付けるようにして、甘い吐息を、無悪善吉の顔に向けて吹き掛けた。
「おねがい……私のこれ、受け入れて?」
人差し指で、彼の胸元をなぞりながら告げると、無悪善吉の肉体の強張りが消えた様な気がした。
その一瞬の隙を、幽谷りりすは見逃さず、封印用の呪いのアイテムを無悪善吉の胸元に突き付ける。
「なに」
そして、動きが止まった無悪善吉の泥。
その一瞬を、竜ヶ峰リゥユも見逃さず、大きく手を伸ばして封印用の呪いのアイテムを持つ幽谷りりすの手の上に自らの手を置くと。
「あたしの、
叫ぶと共に、二人同時にに、無悪善吉の胸に鋲が打ち付けられた。
「が、ァッ」
後ろへと倒れ込もうとする無悪善吉。
竜ヶ峰リゥユは、幽谷りりすの体を抱き留めて頬を掴むと顔の周りを確認した。
「リリス、顔、怪我してない?体、大丈夫!?」
慌てながら確認作業を行う竜ヶ峰リゥユに、幽谷りりすはにへへ、と笑いながら大丈夫だと告げた。
「けど、私達、やったんだね……」
強大な敵を打ち倒したかの様な達成感。
胸元を抑え込みながら、悶え苦しむ無悪善吉の肉体に周囲に散らばった泥が納まっていく。
「はッ……が、あッ……ッがァ!!」
喉奥から叫びながら、彼は激痛を口にしていた。
彼女たちの眼には、その光景は大層痛ましいものに見えていた。
「クソ……お、俺ぁ、こ、ろさねえと……クソ、クソ、オヤジッ、がッ」
無悪善吉は、涙を流していた。
悔しい涙でもあり、悲しい涙でもあるそれは、彼しか抱え込まなかった感情でしかなかった。
『強く、育ってね?』
中学に上がる前に、無悪善吉の母親は病気で死亡した。
原因不明の不治の病、母親は病院では無く思い出の自宅で看取られる事を選んだ。
其処には無悪善吉の顔も知らない親族が居たが、父親だけは、彼の前に現れる事は無かった。
『オヤジは母さんの死に耐え切れず逃げ出した』
無悪善吉は、父親が蒸発した事を酷く憎んでいた。
死の直前、死んだ後でも、その姿を見せる事無く、行方不明になった父親に対して、母親は優しい顔を浮かべて無悪善吉に告げる。
『事情があるの、あの人を、許してあげて』
その様な言葉に、無悪善吉は納得いかなかった。
どの様な状況であろうとも、愛する人の死を受け入れず逃亡した様な男の後姿を見て、許せる筈が無かった。
『俺は許せねえ、俺はクソオヤジみたいにはならねぇ』
決して逃げず。
どの様な相手でも真っ向から立ち向かう。
そんな強い男になると、死んだ母親の前で誓った無悪善吉は、ただ強さを求めた。
『どんな時でも逃げ出さねえ、俺はどんな時でも強くあり続ける』
中学で多くの不良と喧嘩に明け暮れ、高校に上がる際には不良の名門校である鬼月高校へ入学、十七歳の時に彼はその高校の天辺に至った。
『まだ、だ……まだ、俺は、強くならなくちゃ、ダメだ』
その意志は固く強く、他者との接触を暴力で介する様になり、結果……彼は孤独となった。
『殺せ……殺すんだ、あの、オヤジを越える、為に……』
けど。
その先に残るのは、誰も居ない場所だ。
愛する者は既に死んだ、親族も彼の悪い噂を聞いて引き取る事は無かった。
『触らぬが善』、誰も彼の傍に寄る事は無く、ひとりぼっちの狼は、徒労の末に声を漏らす。
『、さみしいよ』
それでも、無悪善吉は、強く在り続けなければならない。
それこそが、彼にとっての呪いであるかの様に。
『……あ?』
けれど、一人となった孤独の場所で。
握り締めた拳に、人の温かさがあった。
意識を失う無悪善吉の手を、優しく包み込むのは、一人の少女だった。
「痛く、ないよ……痛くないから」
何度も何度も、苦しみの表情を浮かべて戯言を口にする無悪善吉に対して、幽谷りりすは耳元で彼の痛みを拭う様に囁いていた。
「別に、そこまでする必要なくない?」
面倒見が良いな、と竜ヶ峰リゥユは呆れた顔で言った。
先程まで、自分たちを殺そうとしてきた人間に、よくもここまで献身的になれるものだな、とそう思った。
「だって……痛がってるし、それに」
下唇に自らの指を添える幽谷りりすは嬉しそうに呟いた。
「私の力、男の人を魅了する以外にも、使い方があるって分かって、嬉しいから」
催眠療法にも似た効果を発揮し、異性を誘惑する力以外もある事に、幽谷りりすは嬉しく思っていた。
(……まあ、結果オーライって、ところかな)
竜ヶ峰リゥユは彼女が仕事を成功して自信が付いた事を顔には出さないが嬉しく思った。
「つか、もう帰ろ?あたし疲れた、お疲れドラゴンなんだけど」
「あ、うん、分かった、リゥユちゃん」
そう言って立ち上がる幽谷りりす。
無悪善吉の表情は、暗く苦々しい顔から、清々しい寝顔へと変化していた。
「ああ……良かった」
安堵の息を漏らす幽谷りりす。
竜ヶ峰リゥユは、無悪善吉を背負いながら言った。
「帰るよ、あたしたちの職場……
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