ヒロイン、勇気を出す
(ババアが言ってた通りなら……あたしの武器じゃ、あいつを倒す事なんて出来ない)
この場で逃げる事を考える竜ヶ峰リゥユ。
もしも彼がまだ、呪いの泥を取り込んでいなければ、話し合いなどをして何とか身柄を確保する事が出来たかも知れない。
しかし、今の状態ではそれは適わない。
「す、ご、ッ、ころ、殺して、やッ、ひゃッ」
呪いを肉体に受けて、真面で居られる筈がない。
(当たり前だ……膨大な呪いなんて、肉体以前に精神が死ぬ……こいつはもう、使えないでしょッ)
状況が変わった以上、これ以上は仕事では無かった。
ダンジョン内の特殊な自然現象を飲み込んだ歩く災害なのだ。
呪いを宿すだけの人間ではどう足掻いても太刀打ちする事など出来ないだろう。
「逃げるよ、リリスッ」
この場では一時撤退、戦略的撤退、徹底撤退を余儀なくされる。
その場から早々と離れようとする竜ヶ峰リゥユに対して、幽谷りりすはゆっくりと立ち上がる。
「ねえ、リゥユちゃん」
顔面を蒼白にしながら、幽谷りりすは体を震わせつつも、竜ヶ峰リゥユに話しかけていた。
「なに?!早く逃げないと、あれじゃ、あたしじゃ、無理ッ!!」
その言葉に、幽谷りりすは首に提げたペンダントを握り締める。
そして、もう片方の手で、ポケットに入れたものを取り出した。
「……店長は、何かあればこれを使いなさいって渡して来たけど」
それは、呪いのアイテムであった。
火力を調整するつまみの様な、ガチャポンで遊ぶときに回すレバーの様な、掌に納まる程の大きさをした安物のレバーに見えた。
「知ってる、暴れる可能性があるから、それを使えって、だからなに?あれは最早、災害なの、嵐の中、裸で飛び込む様なもんなんだよっ」
「けど、私ならいける、でしょ?」
幽谷りりすはペンダントを取り出した。
その呪いのアイテムがあれば、この状況を打破出来ると思っている。
「私、決めたの、このまま逃げ続けたら、私は一生、変わらないって、……だから、この仕事は絶対に成し遂げるって」
幽谷りりすの唇は震えていた。
真剣な表情は強張っていて、明らかに無理しているのが分かる。
「でも、ま、まさか……こんな大掛かりな仕事になるなんて、思って無かったけど」
相手は災害。
立ち向かう事自体が無謀である。
それでも、幽谷りりすはやり遂げたいと、口にした。
死の可能性が脳裏に浮かぶが、最終的に竜ヶ峰リゥユは溜息を吐く。
「……死んで終わり、なんて結果だけは、許さないから」
どうやら、竜ヶ峰リゥユも覚悟を決めた様子だった。
彼女が一緒ならば、何処までも突き進める、幽谷りりすはそう思い、笑みを浮かべた。
「ありがと、リゥユちゃん」
お礼の言葉に対して、竜ヶ峰リゥユは首を振る。
このまま、呆然と相手が立ち尽くしている筈がない。
獲物を見つけて、地面を踏み締めて、両腕から発生する泥が獣の集合体の様に蠢き、頭部から発生する呪いの霧が、瘴気と化して呪いを蔓延させていく。
「さっさと終わらせて、あの半裸な男、持って帰るよ」
刀を構える竜ヶ峰リゥユ。
口から火を噴き漏らしながら、敵を見据えた。
「分かってる、リゥユちゃんっ」
そうして、幽谷りりすは息を吐くと共にペンダントを強く握り締めた。
彼女の肉体に循環する呪いの力が、彼女の肉体を包み込み、彼女の存在を希薄にさせる。
特級に分類される呪いのアイテム『
その効果は、使用者の肉体を霊体化させる、と言うものであった。
(深く、深く、神経を、集中させて)
使用すれば、どの様な物理攻撃をも透過し、逆に此方からは干渉する事が出来る、と言う破格の能力である。
これを使用し、彼女は地面を蹴った。
ふわりと、彼女の肉体が綿毛の様に宙を舞った。
トランポリンで遊ぶかの様に、彼女は地面を何度も蹴って飛び続ける。
一回、二回、と地面を蹴り続けて、回数を重ねる度に彼女の滞空時間が伸びていく。
(いけ、る)
彼女は、そう思い、手に持つ封印用の呪いのアイテムを持って、相手に向かって跳躍しながら接近する。
その存在を認知している無悪善吉は、腕を軽く振るうと、泥が空中に向かって跳ねた。
その泥は形状を変えて、犬の様なかたちになるを、牙を剥き出しにして彼女の喉元を喰い千切ろうとする、しかし、霊体と化した彼女の肉体は、呪いの攻撃すら擦り抜けてしまう。
(早く、はや、く……しないと、わ、私……の)
彼女の視界が、時間経過と共に薄れていく。
幽谷りりすと言う存在の肉体は、次第に薄れていき、現実空間から姿を消してしまいそうになった。
それこそが呪いのアイテム『ニライカナイ』の呪詛であった。
使用を行うと、肉体が霊体化していき、解除しなければそのまま肉体が霊と化して死んでしまう。
更に、意識も記憶も薄れていき、自分が何をしていたのかすら分からず、そのまま肉体が消滅して存在が消えてしまうのだ。
一度使用すれば、外部からの干渉が無い限り、彼女はそのまま消えてしまう。
だから、近くに竜ヶ峰リゥユが居たのだ。
「エロ触手ッ!!」
大きく叫ぶ竜ヶ峰リゥユ。
その言葉を受けて、幽谷りりすの脳裏に刻まれた恥辱を思い出させた。
「……あっ」
薄れていく視界が広がった。
脳内に刻まれたエロ触手による官能的攻撃に深く身に刻まれた彼女は、その一言で現実へと意識を取り戻したのだ。
(あ、危ない、このままだったら、死んでた……ありがとう、リゥユちゃん、ありがとう、エロ触手さんっ)
感謝の言葉を脳裏に浮かべる幽谷りりす。
再び肉体が実体化した所を狙い、無悪善吉が腕を振り上げる。
「し、死、ね、いし、ぃッ」
幽谷りりすに、泥濘の獣を放とうとした時。
「あんたの相手は」
刀を大きく振り上げる竜ヶ峰リゥユ。
刀身からは盛大な炎が巻き上がり、無悪善吉に向けて放つ。
「こっちッ!!」
斬撃を乗せた炎の一撃に勘付いた無悪善吉は、腕の方向を竜ヶ峰リゥユに向け直すと、泥濘の獣を放ち倶利伽羅竜王の炎の斬撃と拮抗させる。
ぶしゅぅうううッ!!と泥が蒸発する音が発生し、泥が気化すると、呪いの霧の一部となった。
(リゥユちゃん……っ!!私も、頑張らないとッ!!)
無悪善吉へと突っ込んでいく。
再び、幽谷りりすは『
意識を保ちながら、無悪善吉の懐まで接近して、手に握っていた大きな画鋲の様な形状をした封印用の呪いのアイテムを相手に向けて突き刺した。
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