第23話 新風、アルメリアベール
俺は、昨日花菜の家に行った際に、ウィーヌから聞き出した内容を里織に共有してみる。
ウィーヌが教えてくれたのは、彼女と両親との会話の断片――門限や習い事の話、そして花菜が本音を隠しているような様子を、推測も交えながら里織に話した。
《あいつ、たぶん親御さんにも本当のこと言えてないんだと思う。ああいうのって、どうしたらいいもんなのかね? 里織、何かアドバイスないか?》
里織は、俺の話を聞き、少しの間だけ目を伏せた。
何かを思い出しているのか、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
…ん? なんか、この先輩も何か内に秘めてそうだな……。
俺がそう考えていると、里織はすぐに穏やかな笑顔に戻る。
「そうね……。会って話せる家族がいるって、とても素敵なことだと思うの。 だから、無理に私たちが何かを変えようとするよりも、まずは花菜ちゃん自身が、自分の本当の気持ちに気づいて、それを話しても大丈夫なんだって思えるようになることが大切だと思うわ。ちゃんと向き合って話せば、きっとご両親も分かってくれるはずよ。……もしかしたら、蒼人さんみたいに、少し違う視点から話してくれる人が、そのきっかけを作ってあげられるのかもしれないわね」
その言葉には、確かな重みがあった。
……きっかけ、か。
《……わかった。里織、ありがとう。ちょっと考えてみるわ》
俺がそう言うと、里織は優しい笑みを浮かべる。
《……蒼人さん、花菜ちゃんをお願いね?》
俺は、決意を胸に、強く頷いた。
▽▽▽
後日。
学校の屋上、昼休みの少し前。
俺は、花菜が一人でいるタイミングを見計らって接触した。
彼女は手すりに寄りかかり、遠くの空を眺めていた。
《よう、花菜》
俺が念を送りつけると、花菜は驚いて振り返った。
「あら、蒼人さん。どうかなさいましたか?」
いつもの笑顔を作ろうとするが、少しだけぎこちない。
里織との話の後、俺はどうやって花菜を後押しするか? 行動を起こせるきっかけ作りをするか? 幸子に手伝ってもらうか?……などなど、鳥頭をこの一週間ほどフル回転させて悩みに悩み抜いた。
そして、その答えを今日、この場で投げ込ませてもらう。
《なあ、花菜。本当は色々我慢してるんだろ? 無理して笑ってんじゃねぇか?》
ど真ん中ストレート、俺は単刀直入に切り込んだ。
「……え?」
花菜の笑顔が、一瞬凍りつく。
「……そ、そんなことありませんよ」
動揺を隠しきれていない。
《無理すんなって。……里織も心配してたぞ。言いたいことがあるなら、ちゃんと言った方がいい。親御さんも、花菜が本音を言わないから、花菜が満足してるって勘違いしてるだけかもしれねぇぞ? 一回ちゃんと話してみろよ》
俺は、できるだけ真摯に語りかけた。
花菜は、俺の言葉に俯き、肩を震わせ始めた。
その瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「……だって……言えない……。お父さんもお母さんも、私のことを信じてくれてるのに……期待に応えられないなんて……がっかりさせちゃう……」
優等生の仮面の下から、ずっと抑え込んできた本音が、堰を切ったように溢れ出した。
俺は、花菜を静かに見守り、彼女が少し落ち着くのを待ってから思いを伝える。
《……ずっと、一人で抱え込んでたんだな》
俺は、彼女の背中をそっと押せるよう言葉を紡ぐ。
花菜のことを励ましつつも、前に向けるように。
《花菜も、花菜の両親も……どっちが悪いとかそんなんじゃない。ただただ、「私はこういうことがしたいんだ」「こういうことをやってみたいと思ってるんだ」って、素直な気持ちを伝えればいい。そうやってちゃんと話し合えば、花菜のそのモヤモヤした気持ちも、きっと晴れるはずだ》
俺の言葉に、花菜はゆっくりと顔を上げた。
彼女は小さく、しかし力強く一度頷く。
「……うん。……ありがとう、蒼人さん。……私、頑張ってみる……!」
震える声だが、はっきりと言葉に乗せた想いが伝わってくる。
涙に濡れるその瞳には、前を向こうとする光が宿ったように見えた。
▽▽▽
その夜、花菜は勇気を出した。
家に帰り、両親に、今までずっと胸の内に溜め込んできた本当の気持ちを打ち明けたのだという。
窮屈に感じていたルール、本当は他にやってみたいこと、期待に応えなければというプレッシャー、そして、そんな本音を言えなかったことへの罪悪感……。
最初は驚き、戸惑っていたご両親も、涙ながらに訴える娘の真剣な言葉に、深く心を動かされたらしい。
自分たちが良かれと思ってしていたことが、逆に彼女を縛り付け、苦しめていたことに気づき、涙ながらに謝罪したそうだ。
「ごめんね、花菜……気づいてあげられなくて……」
「ううん、私のほうこそ、ちゃんと言えなくてごめんなさい……」
長い時間をかけた話し合いの末、親子は涙と共に想いを伝えあい、これからはもっと互いの気持ちを大切にしようと約束したという。
……ということを、ウィーヌがわざわざ幸子の家まで教えに来てくれた。
満面の笑みでお礼を言ってきたので、日向ぼっこの時のベストポジションを譲るようお願いしたら、たまにならよいとのこと。
普段はダラダラしているウィーヌも、意外と花菜のことを心配していたらしい。
まあそんなことは置いておいて……。
花菜、よく頑張ったな。
▽▽▽
翌日。
俺のもとへと会いに来た花菜の表情は、まるで憑き物が落ちたかのように、晴れやかで自然な笑顔が輝いていた。
「蒼人さん、本当にありがとう! あなたのおかげで、ちゃんと両親と話せました」
彼女は俺のところに飛んできて、心からの感謝の言葉を伝えてくれた。
《お、おう。まあ、その良かったな……》
なんだか少し照れくさい。
こっちまで嬉しい気分になるのは不思議だ。
それ以来、花菜は俺に対して、以前よりもずっとフランクに接してくるようになった。
恩人というよりは、少し変わった友人と思ってくれているらしい。
「蒼人さん、このゲーム知ってる? 面白そうだからやってみたいなって思うんだけど……」とか、「最近、気になるお店ができたんだけど、みんなで一緒に行ってみたいなぁ~」とか、気軽に話しかけてくるようになった。
その日も、幸子たちと一緒にいる時に、花菜が悪戯っぽい笑顔で幸子に話しかけた。
「蒼人さんと友達になったから、しばらく借りてもいいかな?」
「ダメです! 蒼人さんは私の大切なパートナーですから! 貸せません!」
幸子がぷりぷりと怒って即答する。
「あはは、やっぱりダメかぁ」
花菜は楽しそうに笑っている。
その様子を見ていた俺は、ふと花菜に頼みごとをしてみた。
《なあ花菜、お前、結構面倒見いいだろ? 幸子たちのこと、コーチとして正式に見ててやってくれよ。俺だけじゃ手が足りなくてな》
花菜は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑って快諾してくれた。
「ふふ、任せてください。この春咲 花菜……改め、アルメリアベール! みんなのことをビシバシと鍛えてあげましょう」
優等生で真面目な、頼れる先輩の春咲花菜。
彼女の本格的な協力は、俺たちのチームに新しい風を吹き込んでくれるだろう。
そして、長く心を閉ざしていた彼女自身にも、きっと……。
俺は、春の終わりと共に、心地よい変化の風が、吹き始めているのを感じていた。
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