第10話 生意気な少女

 女神界。


 光り輝く宮殿の一室で、レイティアは大きな水晶に映し出された一部始終を見届けていた。


「……ふぅ。まずは第一関門突破、といったところですか。蒼人も、口先だけではないようですね」


 幸子の勝利に小さく安堵の息をつき、蒼人の的確な指示にも、少しだけ目を見張る。

 しかし、すぐに女神としての威厳を取り戻し、女神たちへ報告を再開する。


 蒼人という人間の魂を持つ宝石獣のこと、その宝石獣が契約した小鐘 幸子という魔法少女のこと、そして先ほど初戦闘でファントムの浄化に成功したこと。


 それぞれの女神たちの反応は様々。


 火の女神は、勝気な笑みを浮かべ。

 水の女神は、少し面白くなさそうに。

 風の女神は、目を輝かせ。

 土の女神は、安心したように。

 闇の女神は、ただ静かに。


 女神たちは、それぞれが得た情報を共有し合い、ファントムの浄化に向けて話し合う。


 そして、その内容をもとに配下の宝石獣たちへと新たな指示を与えるのである。


 蒼人と幸子が知らない水面下で、物語は確実に動き出している。


 ▽▽▽


 幸子の初陣から数日後。

 俺たちは相変わらず河川敷で特訓に励んでいた。


《そらっ! もっと踏み込んで! ハンマーの重さを利用しよう! ワンツー、ワンツーだ》


「はいっ!」


 あの戦いで掴んだ感覚を忘れないように、幸子はハピネスベルの姿で黙々とベルハンマーを振るい、光弾を放つ練習を繰り返している。

 その動きは、以前とは見違えるほど力強く、迷いがない。


 よしよし、飲み込みは早いな。

 この調子で早く強くなってくれよ。

 前回みたいに危ない橋を渡るのは、もうこりごりだからな…。


 俺は木の上から、満足げにその様子を見守っていた。


 その時、ふわりと冷たい風が頬を撫でる。

 二つの気配が俺たちの前に音もなく現れた。


 一人は、白髪をハーフツインテールにした小柄な少女。

 フリルが多用された青い衣装を身に纏い、いかにも「お人形さんみたいでしょ」と言わんばかりのツンとした表情でこちらを見ている。


 そして、その隣には、滑らかな水色の体を持つイルカのような宝石獣が静かに浮かんでいた。

 その知的な青い瞳は、冷静に俺たちを観察しているようだ。


 ん? 誰だこいつら……宝石獣ってことは、こっちのチビも魔法少女か?


 俺が訝しんでいると、先に口を開いたのはイルカの方だった。


《初めまして。私の名はルカ、水の女神様に使える宝石獣です。そして、こちらの少女が、冬月 美々歌ふゆつき みみか。私の契約する魔法少女です》


 その声は、見た目通りクールで理知的。


《ご丁寧にどうも。俺は羽鳥 蒼人。あそこにいる魔法少女が、俺の相棒の小鐘 幸子だ》


《やはり、あなたが噂の……。我が主、テティナーラ様より、その特異な存在については伺っております》


 テティナーラ? ああ、水の女神か。やっぱり俺のこと、他の女神にも知られてるんだな……。


 イルカの宝石獣――ルカは、少し間を置いて続けた。


《……テティナーラ様から、あなたの魂について興味深い話も伺っています》


 俺の魂? なんのことだ?


《ほう? 俺の魂がどうかしたって?》


《あなた自身の魂は、元々、極めて高い水属性の適正を持っていたとか。ですが、光の女神の使い魔……その鳥の器と融合した影響で、現在は光の影響が強く出ている、と》


 属性の適正? なんじゃそりゃ?


 てか、俺って水属性だったの? 全然知らなかったぞ……。

 ……ん? ってことは、あの女神、俺に適性とか関係なく無理やり鳥に入れたのかよ!?


 レイティアへの不満がふつふつと湧き上がる。


《ちなみに、その事実をお知りになったテティナーラ様は、元々レイティア様に思うところがあったようで……最近さらにご機嫌が麗しくないご様子です》


 淡々と、しかし確実に爆弾を投下してくるルカ。


 うわ……女神同士のいざこざに俺が関係してんのかよ……。

 面倒くさいことこの上ないな……。


 俺は内心で深くため息をついた。

 せっかくだし、属性の適正ってやつを聞いてみようか。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うし。



《……で、その属性適正ってのは、宝石獣にとって何か意味があるのか?》


 ルカは、少し考え込んだ様子だった。


《宝石獣自身の属性適正は、契約した魔法少女に対して、特定の属性への耐性の強化、特定の属性魔法の威力の強化に影響します。あなたの場合は……複雑ですね。光であり、水の素養も色濃く残しているとなると……未知数です。少なくとも私は前例を知りません》


 耐性アップ? 威力アップ?

 へぇ……使い方によっては役に立つかもしれないな……。


 俺がそんなことを考えていると、痺れを切らしたように白髪の少女――冬月 美々歌ふゆつき みみかが、幸子のほうへと向かっていった。


「どちら様ですか? 見ない顔ですけど……もしかして新人さん? こんなところで魔法の練習なんて感心ですね。私は冬月 美々歌、アイシクルメロディです」


 態度はやや上から目線。

 幸子は少し驚きつつも、ぺこりと頭を下げた。


「は、初めまして! 私、小鐘 幸子……ハピネスベルです! あなたも魔法少女、なんですか?」


 ▽▽▽


「ふーん……、その様子だと、実戦経験もまだ全然みたいじゃないですか。これじゃあ、ファントムが出ても足手まといにしかなりませんねぇ」


 美々歌は、幸子の様子と話の内容から実力を見抜いたのか、ため息交じりにそう言い放った。

 丁寧な言葉遣いとは裏腹に、トゲのある言い方だ。


 あ? なんだこの子は、初対面でいきなり失礼なやつだな……。

 俺の大事なパートナーを馬鹿にしやがって……!


 カチンときた俺は、美々歌の眼前にふわりと降り立った。


《おい、そこのおチビさん。初対面の相手に随分な言い方じゃないか? 少しは言葉を選んだらどうだ?》


「チビ!? なんですかあなた! 鳥さんのくせに、私に馴れ馴れしく話しかけないでください!?」


 美々歌が顔を真っ赤にして反論してくる。

 どうやら「チビ」は彼女の地雷だったらしい。


《鳥さんで悪かったな! こっちはこっちで色々あんだよ! それより、そっちこそ先輩風吹かせてるけど、大したことなさそうだな!》


 俺も売り言葉に買い言葉で応戦する。


「なんですって!? 私の実力も知らないで! もうファントムだって5体は倒してるんですから! この子よりは、よっぽど役に立ちます!」


 美々歌がぷりぷりと怒っている。意外と子供っぽい。


「だいたい、そんな大きなハンマーをちゃんと扱えるんですか!?」


 美々歌が幸子の持つベルハンマーを指さして言う。


《見た目で判断するな! 実際にかちあげくらってみるか?》


 幸子が「か、かちあげ…?」と困惑しているが気にするな。


「あ、あの、二人とも……!」


 幸子がオロオロと間に入るが、ヒートアップした俺たちには届かない。

 美々歌の隣にいるルカは、やれやれといった表情で傍観している。

 本当にクールなやつだ。

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