第9話 リベンジ

《よし、幸子! 急いで作戦会議だ! 時間はないぞ!》


 俺は幸子に念を送る。

 幸子はこくりと頷き、真剣な表情で俺の言葉を待つ。


《いいか? あのファントム、よく見ると本体はあんまり動かなかった。公園の真ん中からほとんど移動してない。攻撃の射程はやたら長いが、どうやら足は遅いタイプのようだ》


 俺は、ファントムを観察して気づいた点を伝える。


《つまり! あの鞭みたいな両腕の連続攻撃を掻い潜るか、止めるかすれば、こっちのもんだ! 懐に飛び込んで、幸子のそのハンマーでドデカい一発を叩き込んでやれ! それで決められるはずだ!》


 これが俺の立てた、一発逆転プランだ!


 幸子は俺の作戦を聞き、ゴクリと唾を飲む。


「懐に……飛び込む……」


 その言葉に不安を感じているようだ。

 それもそうだろう、さっきまであの腕に手も足も出なかったんだから。


「でも、どうやってあの腕の攻撃を……?」


 幸子が、最も重要な点を尋ねてくる。

 ふっふっふ……俺の知識を活かす時が来たようだな。


《二つ手がある! まずは目くらましだ! 光属性なんだからフラッシュはバッチリいけるだろう! 相手の動きを一瞬でも止められれば、それが隙になる!》


 俺が自信満々に提案すると、幸子が少し心配そうな顔で問い返してきた。


「あの……蒼人さん。ファントムに、目ってあるんでしょうか……?  目くらまし、効きますかね……?」


 俺も若干心配だが、おそらく大丈夫だと思う。


《いい着眼点だ! 俺も少し心配してるが、おそらく大丈夫そうに思う。理由は、さっき俺が周りを飛び回ってた時、明らかに鬱陶しそうにしてたからだな》


「なるほど! わ、分かりました……! やってみます!」


《じゃあ、次の手だが、これは地面に強烈なハンマーの一撃を叩きつけて、地面を揺らす光の衝撃波だ!  これで相手の動きを止めつつ、バランスを崩し、懐に飛び込むチャンスを作る!》


「フラッシュと衝撃波……」


 幸子は俺の言葉を反芻するように呟く。

 そして、覚悟を決めたように、力強く頷いた。


「……やってみます!」


《よし、それでこそ俺のパートナーだ!》


 ▽▽▽


 俺たちは、茂みの中からファントムの様子をうかがう。

 ファントムは相変わらず、公園の真ん中にいる。


《幸子、準備はいいか?》


 俺は隣の幸子に、念のため最終確認をする。


「はい!」


 幸子の返事には、力強い決意がこもっていた。

 その瞳も、まっすぐにファントムを見据えている。


 よし、これなら大丈夫そうだ。


《作戦通りに行くぞ。もしどっちも効かないようだったら、すぐに広場の入り口まで撤退だ》


 幸子はこくりと力強く頷く。


「いきます!」


 茂みから飛び出し、ファントムに向かって駆け出した!


 そして、幸子の接近に気付いたファントムの体へと、目くらましのフラッシュを試みる!


「イメージ……フラッシュ!」


 彼女は両手を前に突き出し、強く念じる!


 ピカァァァッ!!


 目を開けていられないほどの強烈な閃光が広場を包む。

 ファントムもその光に怯んだように動きを止めた。


《幸子! 効いてるぞ!》


 俺のその声に反応して、幸子がファントムに接近する。


「行きます!」


 そのまま、頭上に振り上げたハンマーを地面へと、力の限り叩きつける。


 ドオォォォンッ!!


 強烈な一撃が、ファントムのすぐ近くで炸裂する。

 鈍い音と共に、地面から光の衝撃波が円状に広がり、その衝撃波をもろに受けたファントムの体勢が崩れた。


 ファントムは、体勢を整えるために両腕を地面につける。

 つまり、ボディががら空きってことだ。


《今だ! どでっぱらにブチかませ!》


 覚醒した幸子の動きは、まるで別人のようだった。

 素早い動き、魔法の威力、強烈な攻撃力……先ほどとは比べ物にならない。


 ハンマーを構える彼女の瞳には、もう先ほどまでの怯えの色はなく、強い決意の光が宿っていた。

 ファントムへと一気に距離を詰め、ハンマーへとまばゆい光のエネルギーを集中させていく。


「はあああぁぁぁぁッ!!」


 最大威力の凝縮された光の一撃が、ファントムのボディに直撃!


《ギシャアアァァァ……!》


 ファントムは、断末魔のような叫びを上げ、浄化の光に包まれていく。


 その禍々しい体は急速に霧散し、最後は塵となって完全に消滅した。

 周囲に漂っていた重苦しいオーラも消え去り、公園に元の穏やかな空気が戻ってきたようだ。


「はぁ……はぁ……」


 変身を解いた幸子は、安堵と極度の疲労から、その場にへなへなと座り込んだ。


 俺はすぐに幸子の元へと飛んでいく。


《おい、大丈夫か幸子! よくやったな! さすが俺が見込んだだけのことはある!》


「はぁ……はぁ……。だ、だい……じょうぶ、です……」


 幸子は、息も絶え絶えで、疲労の色は隠せない。

 それでも、ファントムを倒したという達成感からか、その表情には安堵と、ほんの少しの誇らしさが浮かんでいた。


 ▽▽▽


 夕日が差し込む公園のベンチで、俺たちは並んで座り、ぼうっと夕焼け空を眺めていた。


 疲労が落ち着いてきた幸子は、ファントムとの戦いで荒れた公園を見て、心配そうな顔をする。


「あの……ファントムを浄化することはできましたけど、周りの人たちは大丈夫なんでしょうか? ファントムのこととか、魔法少女のこととか、見られてしまったんじゃ……? あと、公園のベンチとか壊れてますし……」


 あ、その辺の話を幸子にしてなかったわ……。


《あ~、その辺は大丈夫らしい。魔法少女に関係ない一般人の記憶や認識は、女神パワーで自動的に調整されるらしい。昼間に魔法少女のまま街ブラしても大丈夫だったろ? あれと同じ仕組みらしい》


「なるほど、便利なんですねぇ……」


《そうだなー》


 さっきまでの激闘が嘘のような、穏やかな時間が流れる。

 隣の幸子は、まだ疲労の色は残っているが、その表情は達成感に満ちていた。


 不意に、幸子が俺に向き直って、深々と頭を下げた。


「蒼人さん、ありがとうございます……」


《ん? 急にどうした?》


 俺が尋ねると、幸子は顔を上げて、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。


「あの……ファントムを倒せたのも、蒼人さんが的確な指示をくれて、励ましてくれたおかげです。私一人じゃ、きっと何もできませんでした……」


《いやいや、それは違うだろ》


 俺は少し照れくさくなって、ぷいっと顔をそむけながら答える。


《俺のおかげでもあるかもしれないが、ファントムを浄化できたのは幸子の力だろ? 正直、あの時の幸子、めちゃくちゃカッコよかったぞ。ビビってたのが嘘みたいだった。だから、俺に感謝するのもいいけど、もっと自分のこと褒めてやれよ。初めての戦いで、よく頑張ったってな》


 俺は、できるだけ素直な気持ちを伝えた。

 まあ、育てがいがあるパートナーだってことは確かだしな!


 俺の言葉に、幸子は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにその頬をぽっと赤らめ、嬉しそうに、そして力強く頷いた。


「…………はいっ!」


 その笑顔は、夕日よりも眩しく見えた。


 やれやれ……まあ、たまにはこういうのも悪くないか。


 俺は、ヒモ計画のことを一瞬だけ忘れ、目の前の少女の笑顔に、なんだか心が温かくなるのを感じていた。


 これから始まるであろう戦いと、残り5人の魔法少女を見つけるという長い道のり。


 俺と幸子の波乱万丈な物語は、まだまだ始まったばかりだ。

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