幼馴染の秘密
華子
第1話 幼馴染の再会と真実
東京都調布市にある
老人保健施設 あさがお
そこに勤める27歳の中村恵梨奈はケアマネジャーとしてチームを厳しく統率していた。
4月になり新しい介護福祉士として入局した桜木穣司、理学療法士の松山孝太、言語聴覚士の関本葵は恵梨奈のチームに配属された。
穣司は前職消防士だったが、地元新潟で起きた凄惨な出来事がキッカケに福祉専門学校へ通い晴れてこの春に介護福祉士となった。
穣司は中学、高校とバスケ部の彼は体力もあり前職も消防士だったせいか、力仕事も得意で利用者からもその親族からも頼りにされていた。
ただ彼は書類整理、事務仕事が苦手。
元々体で覚えるのが得意な彼は、物事や仕事内容の「見える化」をする事が苦手なのだった。
介護福祉士の先輩たち、違う資格者である同期入局の孝太と葵にも助けてもらいながらも報告書の作成に四苦八苦する穣司。
今日も報告書を利用者の状態をフロアごとにまとめて書いたのは良かったが…
穣司
「中村さん…お願いします。」
恵梨奈に提出、厳しい目で報告書をチェックする恵梨奈。
恵梨奈
「…。
桜木くん!この書類のフロアと部屋番号の若い番号順に纏めてってば!見にくいよ。
記入漏れも有るし、利用者さんの状態ももっと詳しく書いてやり直して。」
彼女の声は鋭く、穣司が少しでもミスをすれば容赦なく指摘。
穣司はシャイな性格もあり強く言い返せず目を伏せる。
穣司
「すみません…すぐ直します」
小さく呟くだけだった。
彼の同期やチームの先輩たちは、休憩時間にぼやいた。
「中村さん厳しすぎるよ。特に桜木に対して。」
「アイツ一生懸命に黙って仕事してるだけなのにさ。」
「ほんとだよ。あんな上司がリーダーだとなんかじゃ息が詰まる。」
先輩達がボヤきつつ
孝太
「中村さん、容姿端麗、綺麗な花にはトゲがあるっていうけど、アレじゃトゲだらけのバラじゃん。」
葵
「ちょっ孝太くん、だれが上手い事言えと。
んー確かに…一理あるかな…
隙を見せないっていうか…
もう少し人に対して、武装解除して欲しいよね〜」
同期の2人も冗談を交えつつ談笑。
穣司
「俺、厳しい口調は慣れてるから大丈夫だよ。」
それが穣司の口癖になっていた。
恵梨奈は幼い頃から頭が良く、運動も水泳が得意だった。
文武両道の優等生として育つ一方、元々日本の事なかれ主義や同調圧力を嫌い、更には高校の途中にあった壮絶な出来事で人間不信、特に男性嫌悪になり心硬く閉ざしたまま留学をした。
留学したアメリカでは元々興味があった介護福祉を学び、また大学で遺伝子学研究をしている父の元で暮していた。
優等生だったのか2年飛び級で高校と大学を卒業し、20歳で帰国し日本の専門学校で介護福祉士として資格取得。
日勤、夜勤問わず一生懸命に働き、勉強に励み勤続5年で受験資格となるケアマネジャー資格に一発合格し現在はケアマネジャーとして介護チームの主任を任される身となった。まさしく優等生である。
大人になった今も不要なコミュニケーションは避けてきた彼女、1人でいる事を好む性格だった恵梨奈にとって介護の仕事は、否が応でも人と必ず関わり話す理由になる。
仕事とはいえ人から感謝されるので、誇りを持って仕事に臨んでいた。
その日、長い勤務明けの恵梨奈は疲れ果てた顔で施設を出た。
ポニーテールに結った髪を下ろし深呼吸する恵梨奈。
少し曇りかかった夜空は、もうすぐ満月の月浮かび、冷たい風が彼女の髪を揺らしていた。
恵梨奈
「よし明日は久々の休みだ。まあ趣味もないからいつもより長く寝よ。あとはオンラインゲームだけやって1日終わりそう」
施設から歩いて約15分の駅前のアパートに住む恵梨奈。
普段は駅から出るバスを使うがバスは最終時間を過ぎてしまい仕方なく歩いて帰る事に。
家に向かう途中、後ろから控えめな声が聞こえた。
穣司
「中村さん…あの、家…駅前でしたっけ…
バス終わっちゃいましたよね…
自分も駅まで歩くから…、その…送りますよ。」
振り返るとそこに穣司が立っていた。
襟付きのシャツに薄いジャケットを羽織り、夜なのに何故かキャップをかぶった穣司だ。
目を逸らしがちに彼女を見ていた。
恵梨奈
「ん?何?桜木くん。必要ないわ。自分で帰れる。」
恵梨奈は冷たく言い放ち、足を速めた。
だが、穣司は諦めず、彼女の横に並んで歩き出した。
穣司
「いや…夜遅いし暗いし危ないかもしれないから。俺、その…気になってて…」
彼の声は小さく、シャイなままだったが、
どこか頑固な響きがあった。
実はこの2人小学生時代の幼馴染。
地元は新潟県新潟市
穣司はその内気な性格からか過去に何回もイジメを受け、その度にいじめっ子達を糾弾したのが恵梨奈だった。
穣司はとある秘密をかかえている為、反撃しなかった。
特に主犯のいじめっ子とは公園でタイマンでケンカしボコボコにしたのは地元民では有名な話。
恵梨奈(当時6年生)
「あんた体デカいのに反撃しないし、気が弱いから何回もイジメられんの!
強くなってあのバカ共反撃すれば良いじゃない!
もーう!あったまきた!私がアイツらぶっ飛ばす!」
穣司は当時、恵梨奈の事は気が強い、実際いじめっ子と直接ケンカした事もあり腕っぷしも強かった。
怖いとは思いつつ、彼女の正義感や芯の強さに徐々に惹かれていた。
恵梨奈の父はアメリカの大学の研究者、母は医師、恵梨奈が12歳の頃に母が東京の大学病院付属の医療センターへ栄転が決まり、それと同時に東京の私立中学へ進学した恵梨奈とは中学校は離れてしまった。
小学生だった穣司は、卒業したら恵梨奈と会えない事を知りとてつもない喪失感に苛まれた。
父の勧めで中学高校はバスケに夢中。
それなりの体格を活かし活躍し注目もされたが、恋には縁遠かった。
むしろ女子に声をかけられたり気にかけられても、その度に恵梨奈がチラつき恋には全く縁遠い青春時代を送ってきた。
穣司はお互いの母親が仲良しだったの知り、母を通して今恵梨奈はどうしているのかを聞いてしまうくらい、離れていてからも穣司は恵梨奈が忘れられなかった。
地元新潟で消防士となった穣司は、ある凄惨な出来事を理由に退職した。
その後亡くなった父のキッカケで介護福祉士を志し彼の父が卒業した都内の福祉専門学校で学びを得るため上京。
就職先で再会した恵梨奈とは小学6年生以来だった。
穣司の人には言えないというとある秘密。
穣司の正体は…
彼は太古昔から存在し戦時中に改めて存在が確認され戦後に絶滅したと思われていた少数民族「狼人間」の末裔だった。
満月の日やその前後は月の光を大量に浴びると自分でも制御が効かなくなるくらい、狼人間の血が濃くなり狼人間になってしまう特性をもつ。
また満月でない日でも激しい悲しみや怒り、興奮状態だと血が暴走し凶暴性が剥き出しになり同じ事が起きてしまう。
穣司の祖父、桜木文男は狼人間の特性をうまくコントロールして活かしながら地元新潟に貢献しそれなりに名の知れた有名人である。
尚 桜木家が狼人間の末裔なのは今では限られた人しか知らず、穣司や恵梨奈のような若者、特に田舎ではなく都会の若者には都市伝説レベルの噂としか思われてない稀有な存在だった。
だから彼は反撃しないのではない。
反撃したら狼人間としての凶暴性が出て自分がバケモノである事がバレてしまいそれが怖いからしなかっただけ。
狼人間の血筋を持つ桜木家の教えは
「基本ケンカはしない」
「万が一ケンカになったら血が暴走する前に自分からその場から逃げろ」
「晴れの日の満月、または前後は夜に外出に出てはいけない
(満月の光を直接かつ大量に浴びなければ原則狼人間にはならない)」
その信条を守り今日まで必死に生きてきた穣司。
満月の週になればは日勤なら早く帰り、むしろ夜勤は月の光を大量に浴びるリスクも減るため率先して自分が担当した。
時は戻り現在、立ち尽くす2人
満月が近く穣司も早く帰ろうと思ったが書類整理に時間がかかり現在22時過ぎ…
夜なのにキャップをかぶった穣司は、暗い夜道を帰る恵梨奈を見て思わず声をかけてしまい今に至る…
疲れて早く帰りたい恵梨奈は苛立ちを隠せず、立ち止まって彼を睨んだ。
恵梨奈
「桜木くん いや、穣司…
あんた小学生から全然変わらないね。
体はデカいのに気がなんか小さいっていうか…シャイなのか…とにかくあなたにそんなこと頼んでない。
今は上司と部下なんだから、余計な気遣いはしないで。」
彼女の言葉は鋭く、心の壁をさらに高くするものだった。
だが、その瞬間、穣司の瞳が一瞬金色に光った。
満月に近い月の光の影響で、狼の人格がわずかに顔を覗かる穣司。
穣司
「恵梨奈…。上司だろうが、何だろうが関係ない。夜道でお前を一人にさせない。」
穣司の声が低く変わり、俯きなら彼が一歩近づいた。恵梨奈は驚いて後ずさった。
恵梨奈
「えっあなた…一体…
(今の声は誰?穣司しかいないよね…)」
言葉を詰まらせた彼女を、穣司は彼女を静かに見つめた。
月が雲に隠れ金色が薄れ彼は戻った。
穣司
「あっ、ごめんなさいっ!その心配だったから…
俺も駅まで歩くし…その…送るだけだから…
一緒に帰って良い?……。中村さ…
いや…恵梨奈さん。」
結局、彼女は黙って頷き、二人は夜道を並んで歩き始めた。穣司の高い背中が、冷たい風から彼女を守るようにそばにあった。
夜道を並んで歩く中、恵梨奈は突然立ち止まり穣司に目を向けた。
恵梨奈
「ドラッグストアに寄りたいから、ここで待ってて。」
彼女の声は冷たく、命令するような響きだった。
穣司
「はい…分かりました。」
小さく頷き道端で待機した。
だが、彼の胸には言いようのない不安が広がっていた。
何を買っているのかを遠目でみた穣司。
恵梨奈が店内で手に取ったのは、飲み物と避妊具と妊娠検査薬だった。
恵梨奈の壮絶な過去
それは高校1年生の時に同級生から強引に処女を奪われた過去だった。
中学も私立へ進学、そこから成績優秀者として附属高校へ進学。
当然クラスでも1位、学年でもトップ5位以内に入る優等生で部活でも1年生ながら水泳部のエースとして輝いていた恵梨奈は男女からも注目の的であった。
だが一部の同級生から数名からその才能を妬まれていた。
ある日の学校帰り、同じクラスの女子2人と唯一仲良くしていた女友達から、テスト前で女友達の家で勉強教えて欲しいと言われ仕方なく行った恵梨奈。
恵梨奈は女の子同士の馴れ合いを嫌い、基本的には1人で行動してたまに話す女子1人としか仲良くしていなかった。
しかしそこは同級生の家ではなく彼女を妬んでいたクラス2位のガリ勉男子の家だった。
同級生はおらずそこには恵梨奈とガリ勉男子だけ。
いつも彼女のせいでテストでクラスのトップになれなかったガリ勉の彼は女子2人に
「恵梨奈を抱かせて今日あんたを大人にしてやる」と唆された。
一方、恵梨奈の女友達には
「頭が良いあなたと恵梨奈ちゃんと一緒に勉強したい!私達の家で勉強しよう!必ず恵梨奈ちゃん誘って欲しい!」
と悪質な罠を女友達と恵梨奈にしかけた。
舌なめずりするように彼女を見つめるガリ勉男子
ガリ勉男子
「恵梨奈ちゃん、もしかして初めて…
今日さ僕の両親も夜まで帰って来ないし、へへったのしませてね。」
ガリ勉とはいえ高校生となれば、男子と女子の力と体格差があり無理やり部屋に連れ込まれ抵抗も虚しく、服を脱がされ強引に処女を奪われた。
あの時の屈辱と恐怖が、彼女の心に深い傷を刻み、男性への嫌悪と人間不信を植え付けた。
被害にあった翌日勇気を出して経緯を母親に話した恵梨奈。
娘を救うため、母は憤りを胸に男子を不同意性交の罪として証拠と被害届を警察に出した。
また対応を怠った学校、同時に彼女を陥れた同級生も2人を訴えた。
ただ学校の主張は「個人感の問題」として片付けてしまい、同級生2人には証拠がなくお咎めなしとなりガリ勉男子だけが逮捕され退学処分にされただけだった。
恵梨奈は不登校になってしまう。
犯人が捕まっても同じ目に遭わされる危険を察知した母親はこのまま無事に卒業出来ないと判断し、恵梨奈を単身赴任中の父がいるアメリカに留学させた。
異国の地で数年、父と過ごし彼女は心を少しずつ回復していった。
父は遺伝子の研究をしておりそこには太古から存在していた「狼人間の遺伝子」の本があり彼女も読み漁っていた。
留学しても尚、時々フラッシュバックし男という存在の不信感が再び彼女の心を支配していた。
穣司が気が弱い幼馴染であろうと、部下であろうと、彼女にとっては「男は皆ケダモノ」という結論は今でも変わらない。
店を出た恵梨奈は、無言で穣司の横を通り過ぎ再び歩き出した。
穣司は彼女の硬い表情と、袋から微かに見える購入品に目をやり、胸が締め付けられる思いだった。
穣司
「っ!
(恵梨奈さん。これ、きっと自衛の為に買ってるよな…)」
彼はそう悟り彼女の家の前に着いたら絶対に中には上がらないと心に決めた。
夜道を歩く恵梨奈を守りたい気持ちと、彼女に嫌われたくない思いが彼の中でせめぎ合っていた。
だが、恵梨奈の家の前に着き挨拶して帰ろうとした瞬間、雲に隠れていた月の光が穣司を強く照らし、彼の心拍数が上り身体が震え始めた。
穣司
「はぁ…はぁ… ヤバいっ!
恵梨奈さん…離れて…!」
掠れた声で警告するも時すでに遅し。
穣司の瞳が金色に輝き、骨格が変わり上半身の服と靴は木っ端微塵に破れ爪が伸び、漆黒のおぞましい狼人間へと変貌した。
幸い恵梨奈の家のアパートの前には誰もおらず恵梨奈以外に目撃者はいなった。
彼の内気な人格は消え唸り声をあげながら野性的な本能が前面に出た。
おぞましい狼人間のその目は恵梨奈を見つめている。
恵梨奈は一歩下がり腰を抜かしてしまった。
恐怖で立てない彼女。
ただ過去の事がフラッシュバックしないよう、深呼吸した彼女は何故か冷静になり深くため息をついて穣司を見据えた。
恵梨奈
「やっぱり、男はケダモノね。あんた狼人間だったんだ。まさか本当に存在してるなんて…」
彼女の声は冷たく諦めと怒りが混じっていた。
バッグから避妊具を取り出し、挑発するように彼の前に突き出した。
ただ今までの恐怖が蘇ったのかその声は少し震えていた。
恵梨奈
「ねえ、ココじゃその姿目立つから家入りなさいよ!その姿で私を襲いたいの?
襲うならどうぞ。
どうせ引き裂いて私を滅茶苦茶にするんでしょ!やりたければ、やりなさいよ!
ただしアンタを必ず後悔させてやる!!」
彼女の目は鋭く冷静な声色は恐怖も混じりながも臨戦態勢そのもので絶対に屈しない覚悟を見せた。
金色に輝く瞳、鋭い爪から滴る月光、唸るような獣の息遣い、幼馴染の穣司のおぞましい姿は、彼女の心の奥に封じた闇を抉り出した。
薄暗い部屋、ねっとりとした男の視線、抵抗を押し潰す手の感触。胸の奥で冷たい恐怖が蘇った。
彼女は唇を噛んだ。どうせこのバケモノも、欲望のままに自分を壊すだけだ…もう、何もかもどうでもいい…心の底で虚無が広がり、彼女の目は空っぽに曇った。
だが、狼人間の穣司はその言葉を聞くと襲いかかるどころこう呟いた。
穣司
「立てないのか…ケガしてないか?」
恵梨奈
「えっ?」
彼女の声は震え、心臓が締め付けられた。
昔、新潟の公園で泣きながら俯く少年を守った自分。
あの時の穣司の目が、こんな風に自分を見つめていた気がする。
いや、そんなわけないとは思いつつ彼女は目を逸らした。だが、心の奥で何かがひび割れる音がした。
穣司
「家まで運ぶ…」
狼人間穣司は大きな腕で彼女をそっと抱き上げた。まるで壊れそうなガラスを抱くように、慎重に優しく。
ふかふかの体毛が彼女の頬に触れ、過去の冷たい暴力とは正反対の温かさが伝わってきた。恵梨奈の体は一瞬硬直し、呼吸が止まった。
穣司は彼女を優しく抱きかかえ荷物も持ち階段を登り2階にある恵梨奈の家に入った。
家に入り彼女をベッドに座らせて持っていた彼女の荷物もおいた。
恵梨奈はベッドに座らされ、目の前の狼人間を見据えた。
恵梨奈
「ふぅ…。
(どうせ…このバケモノも同じ。欲望のままに私を壊すだけ…。)」
穣司はその場に座り込み俯く。
金色の瞳は、おぞましい姿とは裏腹に、まるで泣きそうな少年のように揺れてその瞳には苦しみと悲しみが浮かんでいた。
狼人間の穣司はたどたどしく呟いた。
穣司
「ウゥ…俺は…違う…。」
低く唸る声で呟き、俯いていた彼は恵梨奈をじっと見つめた。
穣司
「信じてもらえないかもしれないけど…
俺は恵梨奈がずっと好きだった…。
ガキの頃に何度も怒られて、助けてくれた時がずっと忘れられなかった…。」
恵梨奈
「えっ?」
その言葉は、恵梨奈の心に突き刺さった。彼女の目が揺れ喉の奥で何かが詰まった。
穣司
「まさか同じ職場で再会した時は…正直嬉しかった…。二度と会えないと思っていたから…。
ふふっ…職場では…厳しいよな。でも叱られても何故か嬉しいんだ…あの時と同じだって…
ダメだ…もう我慢が出来ない…今すぐでも…恵梨奈を…
あっ…でも…この姿だ…ダメだ…いや…傷つけるなんて…しない。できない…。
大好きな恵梨奈に…俺はそんなこと、絶対にしたくない。恵梨奈を……愛したい…でも…ダメだ…ちくしょう…」
おぞましい狼人間の姿でありながら一生懸命絞り出したその言葉は穣司の本能と葛藤、苦悶が混じった心からの叫びだった。
彼の本能は確かに凶暴性が強く本能のまま恵梨奈自身を求めていたが、彼の優しさと昔の彼女との過去の記憶、彼女への愛情がその凶暴性を抑え込んでいた。
恵梨奈
「愛してる?
(どうして、こんな目で私を見るの?)」
恵梨奈は心の中で呟き、初めて自分の動揺に気づいた。
頷く穣司。
狼人間の姿の彼が、おぞましい姿の漆黒の狼人間なのに、何故こんな悲しそうな表情で自分を見つめているのか?
恵梨奈はそれでも眉をひそめ、彼をじっと見つめる。
恵梨奈
「それで?私には関係ない話ね。
あんたが何だろうと、男はみんな同じケダモノよ。
バカみたい…。あんた、昔からそうだった。
気が弱くて、すぐ泣いて…反撃もしない…
でも、放っておけなかった…。」
彼女の声は小さく、初めて柔らかさが見える。
恵梨奈
「でも、穣司…あんたが何を言っても、私の心はそう簡単には動かない。
あんたが狼人間だろうが人間だろうが関係ない。うぅっ…男はやっぱり…信じられない…
(でも本当は…信じたい…どうしよう…)」
彼女の言葉は鋭いが、その目は穣司の震える手を捉えている。
恵梨奈を見つめた穣司は立ち上がり一歩下がり頭を下げた。
穣司
「ごめん…そうだよな…怖いよな、こんなバケモノが目の前にいたら…ごめん…本当にごめん…」
俯き自責と後悔が入り交じる穣司。
穣司
「…俺帰るよ…この姿を知られたし…
あと職場も辞める。お前の前にも二度と姿をあらわさない。
恵梨奈…大人になってから…会えて…良かった…。」
穣司は狼人間の姿で帰ろうとしたその背中に恵梨奈の声が響いた。
恵梨奈
「っ!待って!」
振り向いた穣司。
恵梨奈は狼人間穣司を見据え、戸惑いと警戒心を隠さず、一歩近づぎ狼人間の彼の大きな腕を掴んだ。
恵梨奈
「それでも…私の事を本当に愛してるなら、狼人間の姿で私を丁寧に扱えるか、愛せるか、それを出来るかを証明して…。」
穣司
「…っ!」
だが恵梨奈はため息をつき、目をそらし少し悲しげな冷笑を浮かべて続けた。
恵梨奈
「あっ… いや… 何言ってんだ私。やっぱりそんな姿じゃ無理でしょ。
私をその大きな牙で噛みついて、服を鋭い爪で引き裂いて、私の事を滅茶苦茶にしたいんでしょ…。」
彼女の言葉はまだ鋭く、過去の傷と男への不信感が挑発となって溢れていたが少し戸惑いと迷いもあった。
悲しげに落ち込む穣司に対して、追い打ちをかけるような酷い言葉を投げているのを自覚しているからだ。
穣司がどんなに恵梨奈への愛や想いを口にしても、彼女の心は簡単には開かない。
ただ確実なのは、今目の前にいる狼人間の穣司は自分を襲った高校の同級生(ケダモノ)とは全く違うものだと感じている恵梨奈。
狼人間の穣司は一瞬も迷わず、金色の瞳をまっすぐ向け自身の体に恵梨奈を抱き寄せた。
穣司
「出来る。」
恵梨奈
「っ!」
優しく抱きしめられて驚く恵梨奈。
穣司が放ったその即答は低く力強く、彼の野性的な声には彼女への愛と決意が混じっていた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます