STAR HORIZON

After「神子と刀剣の安らぎ」

平和になったカミシロ。

長きに渡って島の半分が呪いの大地だったためか、インフラ整備が出来ていない状態だった。


また討伐期に出ていた騎士の放置された白骨化した死体などがまだ残っている状態だった。

可能な限り弔う必要もあるため、迂闊に掘り返して骨が出ようものならその度に鑑定して、その家庭の納骨堂に入れる・・・とまぁ、出るわ出るわ後始末の山。


壮大な物語は大団円でハッピーエンド、で終わるのはそれこそ物語のみ。

壮大であればあるほど後始末が山ほどできるのはどの時代のどの国でも同じ事で、その責任者であるデイビッドは目が回る忙しさであることは言うまでもない。


本人もそういった政治的方面は不慣れであり、文句ひとつ言うことなく行えているのは彼自身の責任感からくるものであり、美点なのだが疲れる様子を見せないのは、周囲としてはある意味困りものであった。


「ロア様とピクニックに行きなさいな」

「なに?」


そんな有様だったため、遂に配下の一人が物申した。

カミシロの美人眼鏡な地雷女、メイビス=アンドレウ専門医である。

教皇に物申するにも勇気がいるのはどの時代でも変わらずで、なにより本人が疲れを見せないし、仕事を中断することもなかなかないので声をかけづらいのが実情の中、そんな気の利いたことが言えるのはそれこそメイビスのみであった。


無論カリストはどんな仕事でも働くイエスマンと化しているので論外である。


「それは休暇、ということだろう。まだやらねばならないことは山ほどあるのだが」

「貴方ね、曲がりなりにも人間なのだから、貴方にも休暇は必要なのよ、多分」

「メイビス専門医、さては私を人間かどうか疑っているのか」

「疑いたくなるようなことを今までしてきたことを自覚しなさい」


デイビッド、人外疑惑。

元から出ていた疑惑なので大変今更なのだが。


「それに、忙しすぎてロア様に構っている時間が減っているんじゃない?」

「む・・・」


そういえば、と。

失念仕掛けていたことを指摘され、デイビッドが言葉を詰まらせた。


「確かにロア様のこと見てくれる人が増えたけど、結局貴方に一番懐いているんだから、その時間も作ってあげなさい」

「しかし」

「ほら、代わりはなんとか見繕ってある程度進めてあげるから、貴方は準備してあげなさい。

自分の女を置いて何処かに生き続ける男に碌なことは起きないわよ」


そう言われては反論できない。

というか、その言葉の背景が重すぎて突っ込めない。

彼女の行ってきた悪事に対する因果応報とは別に、そもそも彼女が婚約者を失った事象そのものは気の毒なことなのだから。









「で、ピクニックって何」

「出発前に聞くのですか、主よ」


翌日、本来は討伐期の際に閉じられていた門で配下たちに見送られる中、ロアからデイビッドの質問が飛び出した。

昨日仕事が終わった時にピクニックに行く話をしたときには聞かなかったので、意味を知っているとばかり思っていたため、いきなり出鼻をくじかれたような気分である。


「昨日は眠かった。あと今気になった、教えろ」

「承知しました。では歩きながら話しましょう」


ロアは頷いてデイビッドの横、或いは後ろを歩く。

デイビッドはロアの歩幅に合わせて、注意を向けながら歩く。

申し訳程度に獣道から、通れそうな道にされたところを歩いてゆく。

長らく人工物が干渉する余地がなかったゆえに、自然豊かなのは美点ではある。

これほど自然豊かな状態でピクニックに出られるのは、今後は早々ないかもしれないのだ。


「ピクニックは散歩などの途中で、野外で食事をすることです。

自然豊かな場所に出かけて、あらかじめ用意した食事をいただくのが一般的とされています」

「だから弁当が用意されていたのか」

「その通りです」


昨日ピクニックに行くと告げたところ、今日の早朝からやたら宮殿のコックたちが気合を入れて弁当を作っていたが、それほど嬉しいのか衝撃的だったのか。

不思議な光景ではあったが、そのお陰でほとんど準備する必要もなく出かけることが出来ているので、デイビッドとしては有難い限りだった。


デイビッドの背中にはリュックがあり、その中に弁当と敷物と飲み物がある。

腰にはもちろん刀剣があり、何かあっても守れるようにする準備と心構えはできている。




「だっこ 」

「御意」



とはいえやはり、ロアの体力は長くは持たない。

一応歩ける時間は長くなりつつはあるが、長い時間動かずにいた代償は重く、歩き疲れるのもやはり早い。

なので、体力作りの為の散歩やピクニックなのである。


「・・・」

「如何されましたか、主」

「服、いつもと違う。感触、変」

「お気に召しませんか」


その問いに対して、ロアは首を横に振る。

ピクニックの為に、汚れても目立たない服にしているのだが、それがいつも着ている服とは違う感触だったことから違和感があったのだろう。

デイビッドに抱えられながら、服を握ったりしているが嫌がる様子はない。







さて、昼食となった訳だが。


「ここで宜しいのですか」

「構わない。食べさせて」


デイビッドは頷いて言う通りにするしかない。

木々に囲まれた、という要素はどこでもそうなるため、多少広い場所ならどこでも構わない。なので、場所が問題なのではない。



デイビッドの膝に乗って座るという、ある意味椅子のような扱いだ。

そして無論、ロアは自力で食べられない。

いつかは自分で食べられるのだが、暫くはデイビッドにこんな風に食べさせるように命令するのだろう。


「・・・? 」

「む」


弁当を細かく食べさせつつ、ゆったりとした時間を過ごしている中、自然豊かな外ならではの現象が起きる。

小鳥がロアの肩に止まる。

この現象が何かを考える前に、次なる現象が発生する。


「・・・!」


木々の間から様々な動物たちが姿を見せる。

肉食動物と草食動物。どちらもこちらに寄ってくる。

本来なら野生として遭遇すれば危険な動物さえいる中、当然デイビッドは警戒態勢を取ろうとするのだが──


「デイビッド、大丈夫」

「・・・ロア様?」

「この子たちは私がいる間は、何もしない」


何も動揺しないロアがそう断言し、いったんその発言を信じて大人しくしてみる。

動物たちが寄ってきて、ロアとデイビッドを囲うとその場で座ったり寝転んだり、どの動物もリラックスした体勢を取り始めた。

どういう理屈かデイビッドは理解できない。

こんな現象が、かつてあったか過去の記録を思い出す。


「───そうか」


一つ、思い出す。

ウィリアムズ家にのみ伝わったカミシロの歴史の中で、セイヴァーと初代の神子がまだこの国の統治を任せる前に定期的に自然豊かな森で動物たちと触れ合っていたという記録があったことを。

今や呪いのない赫い星。

その加護の源がロアであることを本能的に理解している動物たちは、数千年先の子孫であってもかつてのように種別の本能を超えてやってくる。


弁当を食べさせつつ、ロアは交代で近寄ってくる動物に触れたり触れられたり。

嬉しそうな表情は見られないが、落ち着いているということだけは理解できる。

元々カミシロは自然豊かで、そういった自然が島に恵みを齎している。

自然の恵みと直結した神子と赫い星は、この動物たちにとっては親のようなもので・・・自然と彼女らは切っても切り離せない縁が繋がっていたことをようやく証明できたのだ。

かつての歴史と、同じように。


「・・・デイビッド」

「はい」

「・・・この景色、消さないで」


ロアからの、命令ではなく"願い"だった。

そしてそれは星に祈るのではなく、近くにいる"誰か"に対して。

黒歴史の始まりをなぞらぬよう、偶然か学習したからか、ロアはデイビッドにお願いしたのだ。


命令であっても聞き入れるつもりだったデイビッドだったが、しかしその変化に感謝と感動を噛みしめつつ


「必ず」


たとえ発展しようとも、この景色だけを何度でも視ることが出来るように自然を多く残すことを決意するのだった。









「・・・デイ、ビッド」

「なんでしょう、ロア様」

「ねむい」


食事を終え、弁当の片づけを終えたあとロアはデイビッドの方に向いてしがみつくようにしていた。

相当の眠気があるのだろう。

完全にデイビッドに寄りかかり、今にも瞼が落ちそうだ。


「構いません。ロア様が眠ったのち、寒くならないうちに帰りましょう」

「ん・・・」


一度、ロアの髪を撫でて告げる。

自分でも驚くほどの穏やかさ。ああこの景色とやり取りに、いつの間にか自分自身も落ち着いていたのだなと自覚した。


「・・・また、此処に来たい」

「・・・はい。また休暇が取れた時は、共に此処に訪れましょう」


更なる願いもまた、約束として受け入れる。

人間らしいやり取りが続き、それだけで此処に足を運んだ甲斐があったのだと思えた。

木々に囲まれ、少し広い空間に、眼前には湖。

この景色を永遠とはいかずとも、少しでも残せるようにこの国と主を守ろうと決意を改めてする間に、ロアはついに眠ってしまった。


彼女が眠ると、驚くほど自然に動物たちは各々の縄張りに去ってゆく。

この動物たちもまた、自然の本能にしたがって過ごす時間に戻るのだろう。

次もまた出会えるよう祈りながら、暫くそこにとどまったのち、デイビッドはロアを連れて宮殿へと帰るのだった。






「生きていてくれて、よかった」




帰りの最中、自らの腕に抱えられ眠る小さな主の熱を感じつつ・・・穏やかな表情をするデイビッドを、目撃することはなく。

しかし彼らの安らぎは確かにあったのだと、それは彼らの記憶に刻まれることだろう。

たとえ、心が戻り成長したとしても・・・きっと。

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