第9話

 私はいつものようにフレイさんの隣に座った。

 今日はニナさんがいない。


「……なに当然のように隣に座っているのよ」

「まずい、ですね」


 私の視線に2人が気付いた。

 その視線の先には剣聖スラッシュさんの姿があった。

 スラッシュさんは窓から外を見ている。

 ギルドの目の前はフライシャドーさんの家だ。


「なん、だと! フライシャドーとニナが一緒に家に入っていく!!」


 スラッシュさんが嫉妬に震える。

 お酒の入ったジョッキをバッキャと握りつぶす。

 ビールが手に溢れて泡を立てている。

 冒険者がスッと距離を取っていった。


「あいつら、ヤル気だ! 許せねえ!」


 私は流れに逆らうようにスラッシュさんに近づいた。

 みんなが驚く。


「さ、流石変態紳士、こういう時は助かるぜ」

「あの状況で、前に出るのか!」

「あいつ、ハートが強いよな」


「スラッシュさん、まだ決まったわけではありません。それにニナさんが可愛そうです。大声はやめましょう。あなたは名声を得た3強の1人である剣聖なのですから。自分に誇れる行動を心がけましょう」


「変態紳士! てめえが言うなあああああああああああああああ!」

「落ち着きましょう」

「どう思われてもいい! 俺は絶対にフライシャドーを止める! あの行動は明らかなる俺への裏切りだ! 背信行為だ!」


 スラッシュさんがよく分からない事を言って叫ぶ。

 今日のスラッシュさんは危ない。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。


「で、ですからフライシャドーさんの事もですが、ニナさんはまだ多感な18才の乙女です。大声は」

「黙れ! 黙れええええ! 俺は絶対にフライシャドーとニナのセ○○スを止める! 


「こ、声が大きいです。まずはお水を飲みましょう。少し向こうでお話をしましょう」

「変態紳士! お前に話をしても無駄なんだよ!」


 私は突き飛ばされた。

 スラッシュさんが窓からギルドを飛び出す。

 そして屋根にジャンプしで飛ぶように走った。


 冒険者が集まってくる。


「シンシ、どうする?」

「剣聖のやつ、相当酔ってたぞ」

「でも、どうしてフライシャドーの家に行かず違う方向に走っていったのかしら?」


「あの方向は、街の中心部、スラッシュさんは……何をするつもりなのでしょうか?」

「シンシでも何をするか分からないか?」

「分かりません、スラッシュさんは直感で行動するので、とても読みにくいんです」


「お、おい、スラッシュが走って帰ってくるぞ!」


 スラッシュさんがフライシャドーさんの家の前に着地する。

 土煙が舞い轟音が響いた。


「おーい! フライシャドー! いつものように乱〇パーティーしようぜ! 娼館からいつものようにたくさんの女を呼んでるからよお!!」


「な、あいつ2人の仲を潰す気か!」

「酷いわ。あそこまでするの!?」

「酔ったスラッシュは何でもやる!」


「ニナも乱〇パーティーに参加するのか! 仲がいいんだなあ!! 一緒に楽しもうぜえ!!」

「酷い、ニナまで攻撃しているわ!」

「シンシ君、何とかならないの?」


「私の、ミスです。もう、失敗です。ニナさんが出て来ます。気配で、分かるんです」


 私はだらだらと汗を掻いた。

 スラッシュさんの行動が分かった。

 スラッシュさんは召喚に行って女性を呼んでいたのだ。


 ニナさんがフライシャドーさんの家から出てくる。

 フレイさんとブレインネルさんが外に出てニナさんを抱きしめる。


「は、恥ずかしいです。もう無理ですう」

「ああ、泣かないで。ちょっとスラッシュ! ひどすぎるわ!」

「あれえ? 俺何かやっちまったかあ!? はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 フライシャドーさんが家から出てきた。


「剣聖、用がある、空き地まで来い」

「おう、勝負すっか! あ゛あ゛あ゛! だが、もう俺は勝っている! はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


「その腐った心、叩き直す」

「早くいこうぜ、まあ俺が勝ってるんだけどなあ!」


 2人が同時に走り出した。

 そして遠くから何度も剣戟の音と轟音が鳴り響く。

 そして二人の叫び声が聞こえる。


「フライシャドー! 残念だったなあ! おらああああ!!」

「剣聖いいいいいいいいいいいいいい!」


「声を出せるんじゃねえか! いつもその声で話したらどうだ! フライシャドーおおおおお!」

「潰す!」


 2人の戦闘で轟音と剣戟の音、そして何度も床が揺れる。

 娼館から呼ばれた女性10人がギルドの窓に歩いて来た。

 みんな困惑してギルドの窓から話しかけてくる。


「私達この家の呼ばれてお金を貰っているんだけど、どうすればいいの?」

「スラッシュさんがフライシャドーさんに嫌がらせをする為だけに呼んだので帰って大丈夫です。お金はそのまま貰いましょう。みなさんお疲れさまでした」


「そうなの?」

「ええ、大丈夫です。スラッシュさんは帰っても怒ったりしませんし娼館に行きませんから。もし何か言われた場合私の名前を出して構いません。帰ってゆっくり休みましょう」

「そういう事なら、帰りましょう」


 皆さんが納得して帰っていく。


 ニナさんは顔を真っ赤にさせていた。


「あわわわわ、恥ずかしすぎます」

「ニナ、気にしないで」

「そうよ、全部スラッシュが悪い」


「申し訳ありません。スラッシュさんの考えが読めませんでした。ニナさん、ハーブティーです」

「あ、ありがとうございますぅ」


 2人の冒険者が私に言った。


「シンシ、本当に何とかならなかったのか?」

「そうね、シンシ君ならどうにかできたかもしれないわ」


 2人は決して私を責めたいわけではなく、スラッシュさんのやり方に憤りを感じているだけだ。

 そのはけ口を探してつい言ってしまっただけだろう。


「申し訳ありません」

「待ってよ、今のはシンシが悪いわけじゃないわ!」


 フレイさんのその言葉に心がときめく。


「……ああ、そうだな、ついイラついてしまって」

「そうね、私もスラッシュに頭にきてつい言ってしまっただけ。ごめんね、シンシ君」

「いえ、むしろご褒美を頂く結果に感謝です。フレイさんの優しい心はまるでフレイさんの口から出る唾液のように私の心を潤してくれます」


「お、おう」

「きもちわる、で、でも悪かったわ」

「……」


 フレイさんは私に何かを言いたそうに睨んでいる。

 その顔も可愛い。


「今日の結果は変えられません。しかし明日、巻き返す案があります。協力してください」


 私はフレイさんの手を握った。

 フレイさんはニナさんの事を優先している。

 フレイさんが私の手を振りほどかず、私を見た。

 そして無言で頷いた。

 そんなフレイさんが愛おしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る