第2話
人はパンのみにあらず。
人は文化的な生活ができる唯一の地球生命体です。
その中でこそ人は楽しみ、輝くことができるのです。
どうせ、美味しいもの食べても次の日出てくる……いや下品だね。ごめん忘れて。
文化的な生活というものは、たった一人で実現できるものではありません。
充実した午後を求めて、ゆきちゃんのところへいきました。
ゆきちゃんが何なのかは、何だろう今一つはっきりしないな。
ずっと小さなときから、水と空気とゆきちゃんがあれば生きていける気がするくらい、ずっと一緒だから、当たり前すぎて判んなくなっちゃうことってあると思うんだ。
ゆきちゃんは雪の降る日に拾われたから、ゆき。ちっちゃいけど男の子。
ちなみにわたしは真っ昼間に拾われたから、まひる。
適当につけた名前具合が当時の状況を物語ってるね。
まったくひどい親も居たもんだ真っ昼間に屋外放置って熱中症にでもなったらどうすんの?
子捨ては時代がそうだったから仕方ないんだけどね。
その頃お星さま組はすごいプラチナチケットで子供くらい捨ててでもって風潮があったらしいし。
でも、せめて天気くらいは選んで欲しいよね、ゆきちゃんなんて肺炎で死にかけたんだから。
勢いよくドアを開けると、ゆきちゃんは一心不乱につみきの城を組んでいました。
まるで何かの儀式のようです。
……意味がわからないと思う。
わたしにだってさっぱりさ。
小さい頃死にかけたせいか、普段から奇行の目立つゆきちゃんのつみきの城は、数センチのつみきを積み上げて幅1メートル、高さは2メートルに届く大作になってしまっている。
ちょっと偏執狂的というか異常というかゆきちゃんだね。
たぶんわざと隙間だらけで、城の向こうにゆきちゃんと、窓の向こうの空が透けて見える。
つみきを積んで積んで、抜いて、また積んで。
まるで、そうあるべき機械のように、精確によどみなく、ゆきちゃんは手間のかかるひとりジェンガを続けていく。
話し掛けたらいろいろなものが崩れてしまいそうで、わたしはコーヒーをいれてゆきちゃんとつみきの城を眺めていた。
ほんとうの幸せというのは、こういう退屈な時にあるのかもしれないね。
あと十五時間もしたら、月は自分を保てなくなって砕ける。
そして破片となった月の欠片は何十億年ぶりに地球と再会を果たすのだ
わたしたちだけを観客に。
ずっとそばにいて惹かれ合って、誰にも気付かれないくらい少しずつ遠ざかって、気が遠くなるくらい長い時間たってやっと気付いたらずいぶん離れちゃって、自分じゃどうしようもなくて……
記録でしか見たことないけど、蛇達にそそのかされる前の月はあんなにきれいで気高い。
自ら光り輝くことも叶わず、それでも夜を照らし、片時も地球から目を離さず見つめあきらめにも似た境地で、ただそばにあることに満足した微笑を浮かべるような姿が美しい。
でもわたしは今の歪で醜い月のほうが、ヨルムンに抉り取られた背中を見られることもいとわずただ一心に地球にせまってくる月のほうが好きだ。
せめて最後の観客として彼女には祝福を送ってあげたいとまで思う。
つみきの城はちゃくちゃくと建築が進められている。
もうわたしにもわかった。ガウディ未完の大作、サグラダ・ファミリア。ずいぶん前から建築しているのか補修しているのかわからないあれだ。
現実の教会を追い越して、終に完成することのなかった姿を目指してゆきちゃんは機械のように精確によどみなく、私の存在を無視しつつ……
そう、まるでわたしがここに居ないかのように淡々と……
ここで突然ある可能性が。
もしかして、こいつ、全くわたしに気付いてないんじゃなかろうか?
ありえる。ゆきちゃんだったら充分にありえる。
たった今まで確かにあった、退屈だけど満ち足りた時間のようなものが、だまし絵のように姿を変える。
いつの間にか電気の供給は止まっていて、あかね色に染まった室内で、未完の教会がわたしに黒い影をつきたてていた。
もし、気付いてないと仮定して、人生残り時間の三分の一くらいを、ぽややんと安いコーヒーでも飲みながら過ごしてしまった。のは、もうあきらめるとして、切り替えろ、落ち着いて、考えろ。
あしたは、もう、ないんだ。
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