第3話 夢(3)
クラウスに案内され、私とカタリナは馬車で王都を巡っていた。
窓の外には大きな商店が立ち並ぶ。
公爵領と比べても、別格の発展具合だ。
ここは人と情報と物と技術の交差点。
ブライテンブルン王国各地から、あらゆるものが集まる場所――なのだとクラウスに聞いた。
「ここで揃わない物ってあるの?」
クラウスがニコリと
「ないと思いますよ? 港町から舶来の品もここに集まります。
そして貴族たちがそれを買い支え、新しい文化を作っていく場所です」
そう告げるクラウスはどこか誇らしげだ。
整った顔で自信満々に言われると、中々魅力的に見えてくる。
「……クラウスは婚姻しないの?」
クラウスがクスリと
「
家を継ぐことも辞退して、こうして従僕をしております」
そういう貴族は割と多いらしい。
家を出て、新しい家を興さない貴族子女は、クラウスやカタリナのように従者として生きる。
でもそうなると、婚姻相手としては選べない。
「なーんだ、残念。クラウスなら手近で済むと思ったのに」
カタリナがクスリと笑みをこぼした。
「メルフィナお嬢様、婚姻相手はきちんとお選びください。
最低でも家格、そして二等級以上の魔力が求められます。
ジルケ公爵家の名に恥じぬ相手をお探しください」
「えー! そんな相手居るのー?!」
クラウス微笑みながら告げる。
「少なくとも私は魔力が三等級です。
ですので家を継いでいてもメルフィナ様のお相手は
カタリナも後に続く。
「魔導学院でなら、相応の相手も見つかるはずですよ?」
「そりゃそうなんだけどさー。
そういう相手が性格もいいとは限らないじゃない?」
「そこは妥協を覚えて頂くしかありませんね」
相性の悪い相手しか見つからなかったら、どうするのさー!
どちらにせよ、魔導学院には通うことになるしなぁ。
婚姻適齢期が終わる十九歳まで時間はある。
年齢は多少目をつぶって、なんとか探し出すしかないかなぁ?
馬車は王都の大通りを抜けた後、
「ねぇクラウス、あれは何?」
「あれが王立エーデルシュタイン魔導学院ですよ」
ほー、あれがそうか。
貴族の屋敷よりずっと大きな敷地に、いくつもの白亜の建物が並んでる。
歴史を感じるけど、きちんと清掃も行き届いてる感じだなぁ。
ここに秋から通うのかぁ。
「……入試に落ちたらどうしようか」
カタリナが思わず吹き出していた。
「メルフィナお嬢様、高位貴族が試験に落ちることはありませんよ。
クラス分けの参考成績を出すだけです」
「あ、そうなんだ? じゃあ気楽だね」
高位貴族は自宅で十分な基礎教養を養っているのが普通だ。
そうでない貴族子女が、魔導学院に通うこともない。
なので『受ければ突破が約束される』という図式になるらしい。
私はいくらか気楽になって、窓の外を眺めていた。
馬車はゆっくりと侯爵家別邸へと引き換えしていった。
****
お昼頃に別邸に戻ると、従者や使用人たちが忙しそうにしていた。
そっか、明日は夜会なんだっけ。
前日になる今日は、当然準備をしなきゃいけない。
私はシュバイクおじさまが居る書斎を
「おじさま、ただいま戻りました」
読んでいた古い本から顔を上げたおじさまが、穏やかな笑みで私に応える。
「おお、早かったね。
もう少しゆっくり見てきてもよかったんだよ?」
私は苦笑を浮かべて答える。
「まだ入学まで時間はあるし、王都を楽しむのはいつでもできるよー。
それより、何を読んでたの?」
おじさまが楽しそうに目を細めて答える。
「
――
古代魔法とも言われるそれは、今では失われてしまった魔導だ。
シュバイクおじさまは、その研究を専門で行っている人でもある。
「いつ頃の時代の本なんですか?」
「ざっと五百年くらい前の、口伝をまとめた本だね。
興味があるなら、あとで読んでも構わないよ?」
「ほんとですか?! じゃあ遠慮なく!」
私は笑顔でおじさまと別れ、書斎を辞去した。
****
夕食後、おじさまの許可をもらって書斎に入る。
んーと、『机の上に置いておく』って言ってたっけ。
――あった、これだこれだ。
表紙には『知識の神の伝承』と書いてある。
知識の神か。どこかで聞いたことがあるな。
今現在、大陸で信仰されているのは
人は死ぬと
かつて大陸を襲った、最後の『魔族の大侵攻』。それを防いだのが
それ以来大陸から魔族は姿を消し、今の平和な人間の世界が保たれている――というのが白竜教会というところが
その大侵攻がいつの時代なのか、記録には残されていないらしい。
――私が見る夢、魔王と戦った『カリナ』という少女の記憶。
あれが『生まれ変わる前の私』なのだとしたら、どれくらい昔の事なんだろう。
本を読んでも、『知識の神は魔導士たちが崇める神である』とか、
古い大陸共用語だけど、このくらいは私でも読める。
ページをめくっていくと、興味深い話も記載されていた。
なんでも『魔王はたびたび人間を襲撃した』らしい。
魔王を倒しても、しばらくすると新しい魔王が現れるんだとか。
その
知識の神もその一人で、勇者に力を貸す魔導士を選定することもあったという。
……『カリナ』もそうだったのかなぁ。
夢の記憶だから、なんだか少し
私は読み終わった本を閉じると、本棚を見回して何気なく一冊取り出してみる。
これは……
『神に選ばれし勇者は、同じ村出身の女魔導士と共に魔王討伐へと出発した』
ふーん、
神に選ばれていない子が、神に選ばれし勇者に同行する。
きっととっても勇気が必要だっただろう。
私にはとてもできる気がしないや。
私は本を閉じ、棚に戻すと書斎を
****
三日月の下で、ハインツが私に告げる。
「カリナ、お前もついてきてくれないか。
俺にはお前の助けが必要なんだ」
私は苦笑を浮かべて答える。
「ハインツ、私はただの魔導士だよ?
神に選ばれてもいない私が、魔王討伐なんてできないよ」
彼の手が強く私の手を握ってくる。
「そんなことない!
カリナはすごい魔導士だ! 俺が保証する!
それにお前が居てくれないと、俺ひとりじゃ魔王は倒せないよ」
ハインツの翡翠色の瞳が私の目を貫いてくる。
言わなくてもわかる。私たちは幼い頃からの付き合いだもん。
本当は、ただ
寂しがり屋だもんね、ハインツは。
私は彼の揺れる金髪越しに翡翠色の瞳を見つめ返し、ゆっくりと
「……わかったよ、付いていけるところまで付いていく」
ハインツがパァッと明るい笑みで力強く
「大丈夫、カリナのことは俺が必ず守るから!」
「また調子のいいことばっかり……しょうのない人」
私たちは月明かりの下、クスクスと笑みを交わしあってからそれぞれの家に戻った。
****
「メルフィナお嬢様、朝でございます。ご起床ください」
パチリ、と私の目が覚めた。
頭を押さえながら、ゆっくりと上体を起こす。
……今の夢、何?
まさか、本当に『前世の私』の記憶なの?
それとも、
どちらだろう……判断が付かない。
カタリナがきょとんとした顔で
「メルフィナお嬢様? どうされましたか?」
「――ううん! なんでもないよ!」
「そうですか。本日は歓迎夜会当日です。忙しいですよ?」
「うっ?! はーい……」
私はベッドからもそもそと起き上がると、顔を洗ってから着替え始めた。
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