第2話 夢(2)

 クラウスに案内されたのは二階の角部屋だった。


 大きな間取りに新品の白い調度品が並んでいる。


「うわー、私のための部屋って、ここまでしてくれたの?!」


 クラウスがニコリと微笑ほほえんだ。


「元は旦那様のご長男が使われていた部屋です。

 今は家を出て、爵位を得て独立してらっしゃいますので、もう使われることはありません。

 メルフィナ様のご趣味に合えばよろしいのですが」


 私は部屋を見渡しながら答える。


「すごいね……これってクラウスが用意したの?」


「いえ、旦那様が直々に発注なさったものですよ」


 居並ぶ調度品は公爵家の物と遜色そんしょくがない。


 さすがシュバイクおじさま、審美眼も一流だなぁ。


 私とカタリナが部屋を見ていると、入り口でクラウスが告げる。


「間もなく夕食のご用意ができます。

 お時間になればお呼びいたします」


 そう言ってクラウスは辞去していった。


 我が家の従者たちが馬車から部屋に荷物を運びこんでくる。


 秋の入学から三年間、ここで暮らすことになるのか。


 当面必要な物だけもちこんだけど、追々ほかのドレスとかも持ち込まないと。


 ……社交界、肩がって苦手なんだよなぁ。


 カタリナが私に告げる。


「メルフィナお嬢様、お召替えをいたしましょう」


「あ、はーい」


 私は奥のクローゼットに数人の侍女を伴って向かった。





****


 ベージュ色のワンピースに着替えた私は、クラウスに案内されて食堂に居た。


 食卓に居るのは私とシュバイクおじさまの二人だけ。


 奥様は随分前に亡くなったのだとか。


 二人いる息子も一人立ちしてしまったので、今は悠々自適な生活だとおじさまは笑っていた。


 ワインを片手で揺らしながら、おじさまが告げる。


「明日はクラウスに王都を案内させよう。

 明後日にはメルフィナの歓迎夜会も開かれる。

 ちょっと忙しいかもしれないね」


「えー?! 夜会ですか?!」


 私が唇をとがらせて答えると、おじさまは楽しそうに笑みをこぼした。


「お前は王家に連なる人間だ。

 そんなお前を歓迎しないわけにはいかないだろう?

 夜会には第一王子のステファン殿下もお見えになるよ」


「……どんな方ですか? ステファン殿下って」


 おじさまがニヤリと微笑ほほえんで答える。


「お前と同い年、まだ十五歳だね。

 淑女たちの人気が高い方でもある。

 聡明で勇敢、そして誠実。この国を担える器を持つ方だ」


 うわぁ、すごい高評価。おじさまがそこまで言うなんて。


 でも王子かー。婚姻相手には申し分ないんだろうけど。


 将来の国王と婚姻なんてしたくないしなー。苦労が透けて見えるようだ。


 私が悩んでいると、シュバイクおじさまが楽しげに笑いだした。


「残念だが、ステファン殿下にはサラ・フォン・ノウマン侯爵令嬢という婚約者がいる。

 メルフィナの相手にはならないよ」


「あ、なーんだ。悩んで損した」


 私はステーキの切れ端を口に入れ、もぐもぐと肉汁の味を楽しんだ。





****


私は入浴を済ませるとベッドに滑り込む。


「あ~ふかふか~。やっぱりベッドはこうでないとね~」


 宿場町の宿もなるだけグレードが高いところを選んでくれたけど、寝心地はあんまり良くはない。


 カタリナが部屋の明かりを消しながら告げる。


「では、ごゆっくりおやすみください」


「はーい」


 燭台を手に持ったカタリナが部屋から出ていく。


 締め切られた部屋、月明かりが差し込む中で私はぼんやりと天井を見上げていた。


 今は三月で、入学する九月まで半年もある。


 社交シーズンが始まるのも秋からだ。


 それまでに入学準備を整えて入試を終わらせ、なるだけ貴族子女の顔見知りを作っておかないと。


 ――社交か。やっぱり気が乗らないなぁ。


 微笑ほほえみの仮面を張り付けて、公爵令嬢らしく振る舞わないといけない。


 自分らしさなんて押し込められて、窮屈で息苦しい。


 でもそれが公爵家に生まれた女子の宿命でもある。


 いつかはきちんとした相手に嫁いで、その家を支えられるようにならないと――。


 私の意識は、いつのまにか暗闇の中に溶けていった。





****


「カリナ! そこで守っていろ!」


 ハインツが防御結界から飛び出して魔族の軍勢に剣を振るう。


 彼の刃から光の奔流ほんりゅうが刃となって襲い掛かり、大勢いたはずの魔族が見るに数を減らしていく。


 魔族たちの攻撃も苛烈かれつきわめ、結界の外は炎と雷の嵐だ。


 ハインツが傷つけば、すぐさまコルネリアが結界の中から≪治癒≫の奇跡で癒していった。


 背後で剣士のトニーがため息をついた。


「これじゃ、俺たちの出番はないな」


 私は振り返ってトニーに微笑ほほえむ。


「何言ってんの! あなたたちにも役目はあるってば!」


 戦士のアクセルが薪を拾いながらぼやく。


「晩飯の支度、だろ? わかってるって」


 老魔導士のギルベルトは、結界の中でテントを立て始めた。


「ほっほっほ。私らはできることをやりましょう」


 外に居るのは最低でも町一つを簡単に消し飛ばせる魔族たち。


 結界の外に出られるのは、ハインツとコルネリアぐらいだ。


「――貴様、何者だ」


 それはハインツでもコルネリアでもない、私に向けられた声だった。


 声に振り返ると、長い黒髪と金色の瞳の青年が私を静かに見つめていた。


 彼はハインツの攻撃をこともなく防ぎながら、ただ私だけを見ていた。


「……カリナ。カリナ・ローゼンバーンよ」


 青年の口のがニヤリと上がった。


「そうか、俺は魔王の息子――そうだな、『ゾーン』とでも呼ぶがいい。

 カリナよ、その防御結界をいつまで維持できるかな?」


 私もニヤリと微笑ほほえみながら答える。


「別に、何日でも維持してあげるわ――でも、こんなのはどうかしら?!」


 私の最大火力、≪獄炎≫の炎を手から放った。


 辺り一面がさらなる炎で埋め尽くされていく――ハインツは俊敏にその炎から飛び退いていた。


 巻き込まれた魔族たちが炎を浴びる中、ゾーンは平然と魔力の壁でそれを凌ぎ切っていた。


「ほぅ、人間にしてはよくやる」


 私は背中に冷や汗を感じていた。


 今のは侯爵級でも痛手を負わせられる奥の手。


 それが全く効いていない。


「さすが、『魔王の息子』を名乗るだけはあるわね。

 ――ハインツ! 一度戻ってきて!

 深追いしては駄目!」


 炎を避けていたハインツが、慌てて防御結界の中に戻ってくる。


「――カリナ! あれをやるときは一声かけてくれ!」


「あれぐらい、ハインツなら避けられるでしょ?

 それより、持久戦で行くわよ。

 結界内からなんとか隙を探りましょう」


 ハインツの瞳がゾーンをにらみつけ、私にうなずいた。


 ゾーンが楽し気な笑みを浮かべて告げる。


「この俺を相手に、持久戦? お前が力尽きるのが先だろう」


「あら、やってみないとわからないじゃない?

 楽しい舞踏会、なるだけ長く楽しみましょう?」


 私はゾーンの金色の瞳を見つめ返した後、仲間たちが張ったテントの中に入って行った。





****


「メルフィナお嬢様、朝でございます。ご起床ください」


 パチリ、と私の目が覚めた。


 朝の光が部屋に充満している。


 侍女たちは慌ただしく朝の準備を始めていた。


 ……なんだかまた『あの夢』を見ていた気がする。


 鮮烈に覚えているのは金色の瞳――あの瞳は何度か夢に見ていた。


 後に勇者一行に加わった、魔王の息子。


 でも連続して夢を見るとか、珍しいこともあるものだなぁ。


 私はカタリナにうながされて顔を洗い、部屋着のドレスに着替えていった。

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