第23話 まさか
◇
リビングで正座をして待っている。制服のスカートに手を置いて見るも、居心地が悪い。向かいにはお母さんが座っている。
「そんなに緊張しなくても良いよ」
「う、うん」
予定通りの今日の18時。板川さんとアパートで顔合わせをすることになっている。夜ご飯も一緒に食べることになっていて、板川さんが買ってきてくれるとのことだった。
お母さんの彼氏に会うシチュエーションでは、何の服を着て良いかわからなかった。無難な制服が良いかなと思い、学校から帰ってきて、そのままでいた。
テレビを見ながらソワソワして待っていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。お母さんが玄関に向かうのにならって、私もついていく。
「はーい」
「こんばんは。来たよー」
お母さんがドアを開ける前に、板川さんは、ひょいと顔を出した。プリクラで見た印象とは違い、実年齢より大人びて見えた。
服装はTシャツにジーンズ。靴はスニーカーで長年履いているのか黒ずんでいた。
「これ、みんなで食べよう!」
板川さんが手にしていたのはピザの箱だった。蓋を開けていないのに、香ばしい匂いが漂ってくる。
「ありがとう〜」
お母さんは板川さんにお礼を言って、ピザの箱を受け取った。
「きみが、三莉ちゃんだね」
「はい……」
板川さんはまっすぐに私を見ていた。相変わらず瞳に光はない。何故かわからないけど寒気がした。気まずくなって目を逸らす。
「あら。三莉、人見知り?」
お母さんが目ざとく指摘をする。私は愛想笑いをした。
「無理もないよ。お母さんに彼氏がいるなんて嫌だよね」
反射的に板川さんの顔を見た。あははと笑って、悪びれている素振りはなかった。そう思っていても、わざわざ言葉にはしてほしくなかった。
それからはお互いに軽い自己紹介をして、みんなでピザを食べた。買ってから時間が経っていたようで、チーズは固まっていた。
それなら、家についてから宅配を頼んでもよかったのになんて思ったけど、言葉には決して出さなかった。
テーブルに座る時、お母さんは板川さんの隣にいた。私の隣にいてほしかった。だけど、言葉を飲み込んだ。
ピザを食べた後、お茶をしながら世間話をする。
時計を見ると19時30分だった。先ほど見た時は19時25分だった。あれから5分しか時間が経っていない。
板川さんは、私の学校の話を聞いたり、お母さんとの思い出について語ったりした。しかし、時間が進むにつれて、仕事の自慢話が多くなり、お母さんとの惚気話も増えてきた。
お母さんの彼氏だから悪いことは言いたくはない。しかし、私は板川さんが苦手なタイプだった。デリカシーがない。自分のことしか考えていない。そんな印象を受けた。
「ちょっと、お手洗いに行ってきます」
そう言って、トイレに駆け込んだ。フーッと大きなため息をつく。疲れた。
そもそも知らない人を家に入れるのは疲れる。ピザも脂っこくて、なんだか胃の中がムカムカしていた。でも大丈夫。私には南雲さんがいるから。
今度会ったら、きっと話を聞いてくれるはず。残りの時間もなんとか笑顔でやり過ごそうと覚悟を決めて、トイレを出た。
リビングにはお母さんしかいなかった。座ってテレビを見ていた。
「あれ? 板川さんは?」
「そっちで会わなかった? トイレに行ったのよ」
「えっ」
そんな訳はないはずだ。トイレから出ても板川さんの姿はなかった。
私は何となく嫌な予感がした。引き返して廊下に出ると、私の部屋から明かりが漏れていることに気づいた。
まさかと思い、自分の部屋まで急ぎ足になった。頭が真っ白だった。
ドアを開けると、部屋の真ん中に板川さんが立っていた。
目が合っても、悪びれることなく、ぼーっと私を見ていた。
何か言いたいのに声が出ない。
板川さんはゆっくりと、ある場所を指さした。
「これ、『アイドガール!』のキャラクターでしょ」
槇原ネイルちゃんのフィギュアだ。
「俺、物知りでしょ。三莉ちゃんって結構オタクなんだね」
我慢できなかった。胸の奥で、何かがぷつりと切れた。
「出てって!」
気づいたら大きな声を出して、板川さんを部屋から追い出していた。
トイレに行くと言って、私の部屋に勝手に入るなんて……。
涙が止まらなかった。
「勝手に入らないで!」
そう言って、バタンとドアを閉めて、自室の鍵を閉めた。
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