第22話 ドキドキする予定
南雲さんは、すぐにほっぺにキスしてくるのかと思った。だけど、ピタッと止まったままだ。不思議そうに彼女を見ると、目を逸らした。もしかして、緊張している?
なんだか私も恥ずかしくなり、そのまま目を閉じた。数秒が永遠にも感じられるほどだった。
少しして、左頬に唇がそっと触れた。短く、軽いキスだった。
目を開けると、すぐ近くに南雲さんの顔があった。
「わ」
驚く声が出る。
「三莉って本当にかわいいね」
「かわいくないですよ……」
「謙遜しちゃって」
「……」
「三莉は偉いよ」
南雲さんは目を細める。
「板川さん? と会うのは、不安だと思う。私が三莉の立場だったら、バックれたいくらいだもん! っていうか、バックれる! ……だけど、三莉は、それを選ばないからさ。すごいよ」
私の頭を優しく撫でる。じんわりと温かい気持ちになる。
私は誰かに褒めてもらいたかったんだ。たくさんの言葉を話さなくても、気持ちをわかってくれる人を求めていたんだ。なんで、南雲さんは私のしてほしいことがわかるんだろう。
「……不安な予定がある時の乗り越え方って知ってる?」
南雲さんは急にそんなことを言う。
「なんですか?」
「上書きするような、ドキドキする予定を作ること!」
ええっ!?
でも、一理あるかも……。だけど、ドキドキする予定って例えばだけど、どんなことだろう。
「次にわたしと会う時、三莉が好きなことを好きなだけして良いよ! わたしに拒否権はないからさ」
「!?」
「あっ。変な想像した? えっち!」
「そりゃ、しますよ!!」
「えっ!!」
動揺して変なことを口走ってしまった。だって頬にキスされた後だもん……。
だけど、すごい。そんな提案をされたら、板川さんと会うことは、なんともないように感じてしまう。ドキドキする予定を作る方法ってすごい。
南雲さんのアドバイスで、不安への向き合い方がガラリと変わった気がした。
「まぁ、好きなアーティストのライブに行くとか、絶叫系を楽しむために遊園地に行く予定を作るとかが身近かもね」
じっと私を見つめる。
「ねっ。三莉はどんなこと想像したの?」
彼女は食い下がるつもりはないようだった。
「えっと……。その……」
言い淀んでしまう。
「ん? ん?」
南雲さんは目を光らせて私に押し迫る。
「こ、こういうことです!!!!」
「ちょ! あははははっ」
気持ちがいっぱいいっぱいになってしまい、私は彼女の身体をこちょこちょした。軽く触っただけなのに、高い声を出して南雲さんは笑う。良い雰囲気?が台無しだった。
「三莉、ずるい! わたしの身体を許すのは来週なのに」
「だって、南雲さんが意地悪なことを言うから……」
なんとなく岸ちゃんの彼氏のことを思い出していた。インスタに載せた写真の健吾くんは緊張しているように見えた。
それは岸ちゃんの家で二人きりになっていたから。
二人が何をしていたのかまではわからない。
だけど、付き合っている人同士が密室にいたなら……その……そういうこともあるかもしれない。
今、私も南雲さんと二人きりだ。
もちろん、私たちは岸ちゃんカップルのように付き合っているわけではない。だけど、ほっぺにキスした仲でもある。友達というのも曖昧だ。週に一度、1時間だけ会う仲だけど、特別感は……あるつもりだった。
密室であることを意識したら、急に体温が上がった。
「三莉?」
「は、離れてください!」
「えっ?」
南雲さんは悲しそうな顔をする。動揺すると、とりあえず人と距離を保ちたくなる。私は部屋の隅に行って、静かに息を整えた。
彼女は相変わらず眉を下げたままで、こちらを
「……こっちに来てもいいですよ」
「わーい」
生意気にも南雲さんを側に呼んだ。無邪気な様子で寄ってきてくれてホッとした。
そのまま壁に背中を預けて、二人並んで座った。
「……でも、板川さんと会うのは明日でも、その報告を次の日曜まで南雲さんにできないのは辛いです」
「一週間って長いからね。まっ。すぐに過ぎるよ!」
「ですかね……」
彼女は楽観的だ。どうにもできないことに頭を悩ませている暇がないと言わんばかりに明るい。
「まっ。三莉からの報告、楽しみにしてるよ。それに、次に会ったら好きなことして良いって約束しちゃったしね……。わたしは心の準備をしておくよ」
そう言って、ケラケラ笑った。彼女を見ていると、自分が悩んでいることがちっぽけなように思える。
南雲さんのことがもっと知りたい。彼女の目には、どんな世界が映っているのだろう。週に一度だけ会える、1時間がとても短く感じる。
その日は23時になる前に、南雲さんは自分の部屋に帰った。
相変わらずスマホの画面に「23:00」と表示されたら、いつものクローゼット空間に戻る。この不思議な現象は何だろう。
何故、私と彼女の部屋がつながったのか、説明のつかない出来事が、とても神秘的で尊いことのようにも思えた。
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