13 ここ掘れニャンニャンになるぞ!(1)

「にゃあ(マぁ―――メぇ――――! ちょっと聞いて、よお―――っっ!!)」


 6月も後半に入り、時折吹く風が蒸し暑く感じられる、午後3時すぎ。

 病院中庭で散歩中の入院患者さんに、頭を撫でられていた時だった。


 僕の姿を見つけたルナが、悲痛な声で駆け寄って来る。


「みゃあ(やあ、ルナ。どうかしたの?)」


 入院患者の男性に軽く会釈してから離れ、芝生の上でルナと向き合う。

 ルナはどこか、尋常ではない様子だ。


「にゃあ(うちにね、泥棒が入ったの!)」

「みゃあ(泥棒?)」

「にゃあ(私の大事な大事な妹が、さらわれたのよぉ―――っっ!!)」

「みゃあ(妹? ルナ、妹がいたんだ。さらわれたって、誘拐されたの?)」

「にゃあ(そう。玄関前の鉢植えの隣にね、置いてあったの。なのに、今朝見たら、いなくなっていたのよ!)」


 ……玄関前に…、置いていた?


「みゃあ(妹…って、猫ではなくて?)」

「にゃあ(猫よ。私を小さくしたみたいな、白い陶器でできた猫。ガーデンオブジェって、いうらしいけど)」

「みゃあ(ガーデンオブジェ…)」


 ということは、生身の猫ではないんだな。


「にゃあ(今朝、うちの咲綺さきが…、あ、咲綺さきは相田家の娘で、女子高生ってやつよ。咲綺さきが学校へ行く時に、いなくなっているのに気付いたの。昨日の夜、塾から帰って来た時にはちゃんとあったって言っていたから、さらわれたのはきっと、昨日の夜から今朝にかけてよ)」

「みゃあ(そっか。それじゃあ、誰かに盗まれたんだろうね)」


 たしかに、泥棒のようである。


「にゃあ(許せないわ! あの猫は、うちの家族がドイツ旅行で、私へのお土産にって、買って来てくれたものだったのよ。私とおそろいの、ピンク色の首輪までつけていたんだから)」

「みゃあ(そっか。それは、残念だったね)」


 ドイツで買ったのなら、同じモノを日本で買い直すのは、難しいだろうな…。


「にゃあ(ねえマメ、何とかして、あの子を取り戻せないかしら)」

「みゃあ(取り戻す…って。ルナ、盗んだ犯人に、心当たりでもあるの?)」

「にゃあ(ないわ)」

「みゃあ(それじゃあ…、ちょっと難しいかな)」


 玄関前に置かれていたのであれば、防犯カメラがあれば、犯人が映っていただろうけど……。


「みゃあ(ご家族は、何て言っていたの?)」

「にゃあ(諦めるしかないわね、って)」


 それならおそらく、防犯カメラなどは、設置されていなかったのだろう。


 ……ドイツ土産の、ガーデンオブジェ…、か。


 犯人が盗んだモノを、他で売ることも考えられるけど、土産物の陶器の猫に、それほどの高値がつくとは思えないしなあ。


 まあ、もしドイツ製の有名ブランドだったなら、多少の希少価値は、あるかも知れないけども…。


「みゃあ(ねえ、ルナ。その陶器の猫に、マークみたいなものは、付いていなかったかな)」

「にゃあ(マーク? ……そう言えば底のところに、バッテンみたいなマークが、付いていたわね。こういうヤツ)」


 ルナが土のあるところまで行き、爪を一本立てて描く。


 どのくらい正確かはわからないが、剣を三本、重ね合わせたようなマークである。


(TAMA、ドイツに、こんな感じのロゴが使用されている陶器メーカーって、あるかな)


 一応、頭の中で、AI【TAMA】に訊いてみる。


(―――……、ドイツ ノドイツの コウキュウジキメーカー高級磁器メーカー ミュウセン ガミュウセンがコレニ ニタ ロゴヲこれに似たロゴを ツカッテイルワヨ使っているわよ


 ミュウセン…か。中学生の僕でも耳にしたことがある、有名なドイツの老舗磁器メーカーだ。


 TAMAはついでに、ミュウセンが出している猫型のオブジェに関する情報も、補足してくれた。ミュウセンの『白磁猫はくじねこ』は、ファンに人気のアイテムで、価格は数千円から数万円、中には数十万円する品まであるらしい。アンティークともなると、非常に高価な値が付くこともあるそうだ。


 もし相田家にあった猫が本当にミュウセンの白磁猫だったのなら、たしかに盗まれても不思議はなさそうである。


 けど、ミュウセンだったんなら、屋外に置いておくなんて不用心だな……。



「にゃあ(私は、諦め切れないの。ねえマメ、助けてよお)」

「みゃあ(ううん…)」


 助けてと、言われても…。

 犯人につながる手掛かりが何もない状況では、捜しようもない。


「みゃあ(ねえ、ルナ。僕を君の家まで、案内してくれないかな。その盗まれたという現場を、見てみたいんだけど)」


 一つ希望があるとすれば、僕の相棒、AI【TAMA】だろう。ひょっとするとTAMAなら、現場の状況から、何か手掛かりを見つけられるかも知れない。


「にゃあ(うちへ? もちろん、いいわよ。それじゃあ、私について来て)」


 ルナはすぐさま体の向きを変えると、歩き始めた。


 以前、自宅はすぐ近くにあると言っていた。飼い猫の移動距離が半径50~100m程度だと考えれば、ネストから半径500m以内には入るだろう。



 ルナの背後に続き、縦に連なって歩く。


 病院を出て右手の方角へ進み、十字路の信号で左折すると、ルナは左手にある住宅ブロック塀の上に飛び乗った。

 僕もあとに続いて、1m50cmほどの高さがある塀に飛び乗る。


 塀の上を歩いていると、視界に入る住宅の窓や敷地内の庭に、プライバシー保護用のスモークが掛かった。心持ち体が、歩道側へ引っ張られるような感覚も覚える。これはきっと、住宅敷地内へは入るなという、警告みたいなものなのだろう。



 十字路から7~80mほど直進したところに、ルナの住む家はあった。白い洋風の外観をした、2階建てのモダンな住宅。ブロック塀では囲われておらず、代わりにおしゃれな木目調のフェンスが設置されている。


 こういう感じのお宅なら、ひょっとすると、少し高価なオブジェを屋外に置くこともあり得るかも知れない。


 到着するとルナは、隣家のブロック塀から、自宅敷地内へ飛び下りた。

 あとに続いて下りようとすると、僕の足はTAMAによって制止された。


 そうだった。個人の住宅敷地内に、無断で侵入することはできない。


「にゃあ(マメ、どうしたの? あなたも、下りていらっしゃい)」


 ルナの許可があれば、敷地内へ入れるかも知れない。……と思ったけど、やっぱりダメみたいだ。足は動かない。


 そりゃあ、そうだよね。


 たぶん住人の許可があったとしても、結果は同じだろう。今の僕は、猫型のアバターなのだから。

 どこにでも入って行けたら、大問題になる。


 仕方なく僕は、歩道側へ下り、玄関先まで行く。

 ルナが不満そうに、「こっちから行く方が早いのに」とボヤいた。

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