草餅
鹿ノ杜
第1話
男が庭の草を刈っていると、隅に死神が立っていた。
死神は美しい女の姿をしていた。男は手を止め、日陰に佇む白い顔を、じいっと見つめた。新調したロウソクのように白い顔だった。見つめているうち、瞬きと瞬きの間に、死神は姿を消した。
その後、死神は三度、現れた。三度目に男は言った。
「生涯、添い遂げてくれるなら、魂をやろう」
男の言葉は知ってか知らずか、契約といってもいいほどの強固な縛りだった。
死神にとって人の生涯などそれほど長くもなかった。ましてや男の命の灯を見れば、それはなおさらだった。たまたま目をとめただけの男の申し出を、死神は受け入れた。
男は金物屋を営んでいた。住まいを兼ねた店の軒先で男と死神は過ごした。名前がないという死神に、男は三日かけて考えた末、名前を与えた。
近所の者が訪ねてきた。何だい水臭い。祝わせておくれよ。あっという間に話は広がり、界隈の盟主の屋敷を借りて、婚式が行われた。
死神には白無垢が用意された。男の方は少し古びた羽織を引っ張り出してきた。羽織には九曜星の紋が入っていた。
「これは父の物でね。うちは代々、短命なのだ」
男の浮かべた表情は、悲しげでもあり、しかし嬉しそうでもあったので、死神には不思議だった。
特に秀でたもののない男だったが、草餅をつくるのだけはうまかった。野草の季節になると男は張り切ってこしらえ、婚式の礼にと、配って回った。
野草は死神にとって、踏みつければ悪臭を放つもの、ただそれだけのものだった。しかし男が、ドクダミ、シソ、ヨモギ、数種類の野草を採ってきて、搗いて合わせてみると、不思議といい香りがした。できあがった草餅は新緑の生気をまとい、艶やかだった。死神は口に含んだ。案外、悪い味でもなかった。
残った野草と草餅を見比べながら、死神は二つ目に手を伸ばした。
「雑多な草に見えるだろうけど、みな、それぞれに名前があるんだよ」
雨が降り出していた。屋根から漏れた水滴が金物に当たり、と、た、と、た、てて、と音を立てた。雨音を聞きながら、男は野草の一つひとつを手に取り、名前を口にした。
それから季節がいくらも巡らぬうち、男は病に伏せ、起き上がることはなかった。死神は考え込むように床に寄り添っていた。男に目をとめた、その理由をずっと考えていたのだが、今際の際、ようやくわかった。
男は死神の目をまっすぐに見つめた。命あるものはみな、目を背け、見て見ぬふりをする。だけど男は、のぞき込むように死神を見つめていた。
縛りを解かれた死神は男の元を離れた。またかつてと変わらず、ただ世界を見つめていた。どれほど時が経ったのか、気まぐれに、男と過ごした家のそばまで足を運んだ。家も店も、何も見つからなかった。ただの草むらになっていた。
死神には見分けがつかなかったから、野草は、また野草でしかなくなった。死神は男のつくった草餅が食べたかった。
草餅 鹿ノ杜 @shikanomori
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