6話 朽ちた 王冠と残る痛み
王妃の部屋を後にして、セレナは静かに城の奥へと歩を進めた。かつて王の威厳が満ちていたその場所も、今はただの廃墟。彼女の足音だけが、冷え切った石畳に響く。
王の間――そこには、崩れた玉座と、朽ちかけた王冠が静かに残されていた。玉座の傍らには、父王の遺骸が、かつての威厳の面影もなく横たわっている。骨と化したその姿は、誰にも看取られることなく、ただ静かに時を止めていた。
セレナはゆっくりと膝をつき、父王の骸に手を伸ばす。その指先は、かつて彼女が断罪の魔法で王の命を奪った記憶を、痛みとともに呼び起こした。
「あなたは……私を見なかった。」
静かな声が、崩れかけた王座の間に響く。
「私の声も、涙も、叫びも、すべてを無視した……。」
言葉を紡ぎながら、セレナの脳裏にひとつの記憶がよみがえる。
――それはまだ幼い日のこと。
リリスと一緒に草原で摘んだ花を編んで、花冠を作った。姉妹で仲良く過ごした最後の思い出の日。二人で手を取り合い、あなたの元へ駆けていった。リリスの差し出した花冠を、あなたは笑顔で受け取った。優しく頭にのせてやり、「ありがとう」と声をかけた。
でも、私の番は来なかった。花冠を差し出す私には、一度も顔を向けることすらなかった。言葉もなかった。
あなたとリリスが笑い合いながら去っていった後、私は花冠を両手に抱え、ただその場に立ち尽くしていた。
風が吹き抜ける中、握りしめた花冠は、少しずつ形を失っていった。
――その瞬間、私は、あなたを見上げることをやめたの。そして、家族でいることもあきらめた。
「だから、あなたから視力を奪った。あなたから声を奪った。そして私に触れることも歩み寄る事も無かった、手を足を動かなくしたのよ。あなたを赦すつもりはない。こうして朽ち果てた姿を前にしても、私は後悔していない。これが、私の選んだ道だったから」
セレナはそっと父王の遺骸に手をかざし、静かに魔力を流し込む。骨と灰に覆われた王の身体が、ゆっくりと光に包まれていく。それは、断罪の証をこの世から消し去るための、彼女なりの“けじめ”だった。
「あなたの罪も、私の怒りも、ここで終わりにする。私はもう、あなたの影に縛られない」
やがて、父王の遺骸は静かに灰となり、風に乗って消えていく。セレナは立ち上がり、玉座に背を向けた。
「これが、私の断罪の終わり。赦しではない。ただ、終わらせるだけ」
扉の外から、柔らかな光が差し込む。セレナは一度だけ振り返り、もう誰も座ることのない玉座を見つめた。
「さようなら、父上。私は、私の道を進む」
その背中には、もはや迷いも怒りもなかった。ただ、静かな決意だけが残っていた。
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