例え苦しくとも正しい道を
道場の裏側は、思った以上に酷い有様だった。
剣の道に本来必要ない政治の世界……下らない足の引っ張り合いの世界。
知りたくもなかったその実情を、朔矢は知った。
悪事が罰されず、泥のように積み重なった状態。
どうしてこんな事になっているのか。
何故ここまで馬鹿が蔓延り、そして誰も破門になっていないのか。
少なくとも、朔矢は自分が当主ならば、自分含め馬鹿やった全員を破門にする。
その理由は至極単純――現当主、神代正玄に政治的能力が皆無であるからだ。
いや、皆無であるのならまだマシだった。
能力の有無以前の問題なのだから。
皆真面目で一生懸命剣の道を究め、無辜の民を救わんとしている。
だから、足の引っ張り合いなんてものは極一部であり、基本的に存在していない。
そう信じ切っている。
ようするに、夢想家なのだ。
そして悲しい事に、朔矢の尊敬すべき最愛の兄もまた同類の人間。
他人が見て実の親子と思うくらいに当主様と似てしまっている。
だからこそ……自分がやるしかない。
今の負債を少しでもマシなものとし、兄が当主となった時政治活動なんかせず真っ当な道場になるように……。
それは他の誰もやらず、出来ず、兄を慕い兄を支える朔矢だけが出来る事だった。
だけど……。
圧倒的に、時間が足りなかった。
馬鹿を消すだけならそう難しい事ではない。
問題は馬鹿が多すぎるのと、馬鹿をやるのが当たり前という考え方。
策略無法地帯とでも言うべきだろうか。
当主が叱らないから皆がやりたい放題になっていた。
馬鹿を蹴散らし、削り、追い出すだけでは意味がない。
一端権力を握り、構造そのものを改めない限りどうしようもない。
だから――朔矢は、自分が絶対にやりたくない事に手を出す。
朔矢は一部の例外を除き、人に興味がない。
他人に対しては若干の嫌悪さえ覚えるくらいだ。
それでも、もう数の力に頼るしかなかった。
つまり……『派閥』。
兄を支える為の『朔矢派閥』を、朔矢は作る決意を決めた。
胸糞悪い気分と吐き気を堪え、自分が日に日に周りからの影響で変わっていく錯覚を覚える。
自分というただ一人が、太陽を浴びて育った芽が愚民という栄養に汚染されるような、そんな煉獄のような感覚。
それでも、朔矢は立ち止まらなかった。
太陽の方に顔を向けるひまわりとなる為に、彼は己が胸にあるただ一つだけを大切にする。
『志紀を支える』
ただそれだけを、大切に、大切に――。
それから、当主は引退せずに半年が経過した。
無論、それは朔矢の策略だった。
道場を綺麗にする為、そして志紀の反抗勢力を減らす為の遅延作戦である。
やる事自体は本当に簡単なものだった。
『まだ早いんじゃない? にいさんもやることたくさんあるわけでしょ?』
そう兄に言った後。
『当主様。志紀は悩んでおります。それに周りの意見を聞くところ、そのような志紀では不安とも……』
そう伝えるだけで、生真面目な彼らは勝手に様子見に入る。
これは他の当主狙いの勢力にとって有利な行動でもあるが……それを朔矢が許す訳がない。
というか、道場がまともになれば最初から答えは一つになる。
誰よりも生真面目な志紀以外に適任はいないのだから。
そうして胃壁を壊し、胃液を吐き散らかしながら必死に媚を売り、馬鹿を削って派閥を作ること半年間。
元々軽かった体重が更に二貫近く(五キロ)も落ち、病気を心配されるようになった頃には、それなりに及第点が与えられる状況になっていた。
朔矢は今馬車の中に居た。
馬車の中には朔矢の他にあと三人が乗っており、馬車群の先頭を走っている。
後続にはあと三台の馬車に二十人がすし詰めとなり追いかけていた。
馬車といってもその速度は通常のものの何倍もはやい。
かと言ってこの馬車が素晴らしいものなのかと言えば、それに同意する声はないだろう。
オンボロで劣悪な車体に、老いているか病持ちの馬。
ではどうしてこれがそれほどの速度を出しているのかと言えば、理由は二つ。
一つは、これらの馬が『元軍用馬』であること。
清嶺館の大本。
陰奇術士に対抗すべく作られた国防組織『陽気寮』。
そこで使われていた馬で使い物にならなくなったものが、清嶺館の様な下部組織に回される。
そしてもう一つ。
これが『最後の奉公』であるから。
衰えた馬、病に弱った馬。
それらを全力で走らせ、片道で『使い潰す』からこそ、異様な速度が出る。
残酷だとは、朔矢も思う。
だが、そうすべき理由があった。
そうしなければ、清嶺館が存在する意義がなくなってしまう。
要するに、みな同じなのだ。
馬も、人も。
我らはその使命に命を賭けなければならない。
だからといってこんな残虐な事が許されるかと言われたらそうではないが、逆に言えばそうするより他に手段がなかった。
数日間、休む事なく馬は走り続け、そして彼らはその場で崩れ落ちた。
ある者は足が折れても走り、ある者は呼吸が出来なくとも足を動かし続け。
それぞれ異なる弱り方をしていた馬だが、皆一斉に命の灯を消し去ろうとしていた。
陽気寮が見通しを間違えることはない。
全力で、命を使い丁度で到着するよう完璧に計算されていた。
「――朔矢様」
部下の一人に言われ、頷く。
半数の馬はその場で息を引き取っているが、残りは動けずもがき苦しんでいた。
最後の奉公を終え、尚僅かでも命がある馬に対しては苦しまぬよう介錯をする。
そしてそれを行うのはその集団の中で最も技量の高い者と決められていた。
朔矢は静かに剣を抜き、瞳を閉じる。
――許せとは言わない。だけど、ありがとう。
心から願い、全ての馬の命を刈り取る。
清嶺直心一刀流にて、それは唯一の例外。
邪悪を壊し、滅する為ではない技。
祈念礼法――『残花』。
その一刀は受けた者に一切の痛みを与えず、死したという事にさえ気付かせず、永遠の安らぎを与える。
朔矢の一刀を受けた馬は皆、その刃にて一滴の出血も見られなかった。
「お見事」
「お見事!」
「お見事でございます!」
周りの部下の言葉にげんなりしながら、刀を鞘に仕舞う。
これだから派閥を持つのは嫌だった。
褒められても貶されてもただうっとおしい。
それでもまあ……しょうがないことだった。
それに、任務が終わり帰ったら良いことも待っている。
それがあるなら、この苦辱にも耐えることが出来ていた。
本日、こうして朔矢が遠征任務に出ているのには理由があった。
正しく言えば、朔矢含め数名の師範代が、となるが。
何故かと言えば……朔矢が散々延期にしてきた『ご当主決め』の為である。
当主となる候補者は道場に残らなければならないため、外征に選ばれない。
当主となるつもりの者は外征に立候補しない。
その上で外征任務に居るという事はつまり――当主争いに敗れたという事になる。
まあ、朔矢の場合は自らの立候補だが。
最大派閥である自分が外征任務に立候補するという意味。
それは派閥争いそのものが無駄であるということを意味した。
そして同時に、自分が外征任務に赴くという事は必然的に自分以下の技量を持つ者は相応しくないという事にもなる。
ちなみにだが、朔矢の戦績は『ご当主ともう一人』を除き全員に勝ち越している。
つまり――結果は見えていた。
朔矢の望み通りに。
最愛の兄が当主となり、それを自分が支える。
最大派閥である自分がこれから徐々に政に対しての考え方を変えさせ、真っ当な道場に、真っ当な剣にする。
道場を兄に相応しき場とする。
そう、それで良い。
その道筋は見えている。
それでも……朔矢の胸には一滴の薄ら暗い気持ちが残っていた。
神代沙夜。
当主の一人娘で、そして次期当主の――。
「……だから、俺は相応しくないんだよね」
苦笑いを浮かべ、息を整える。
大丈夫……自分は大丈夫……。
そう言い聞かせ――精神統一を行った。
朔矢は自分の腕に自信を持っている。
それでも、任務の時ばかりは油断しない。
死と隣り合わせであり、舐めてかかると死ぬということを理解しているからだ。
例え自分程であろうとも、他の隊員と同じであると。
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