第4話:餌と処罰 その2

 現在地は森の中に一本通る土の道。

 神凪はそんか道を歩きながら、ふと隣を歩く麗奈に問いかけた。


「ねえ、なんで鬼が人間に助けを頼むの? 鬼って、なんでも自分でできるくらい強いって思ってたんだけど……」


 問いを受けた麗奈は、しばし考える素振りを見せた後、静かに答える。


「……人間も、いつまでもやられっぱなしじゃなかった。いろんな道具や術を開発して、妖怪を倒せるようになってきた。そうしたら、いつの間にか“妖怪のほうが強い”って時代は終わってた」


 麗奈は前方へと視線を向ける。その先には、芽衣と想鬼が並んで歩きながら、どこか楽しげに話している姿があった。


「それに、妖怪にとって敵なのは人間だけじゃない。他の種族とも争いがある。人間は比較的適応力が高いから、妖怪以外にもある程度は対応できるけど……妖怪はそうはいかない。だから意外と負けることも多かった」


 そう言いながら、麗奈は神凪のほうへ視線を移す。


「それで、妖怪たちは人間との共存を前向きに考えるようになった。人間は妖怪たちが苦手な相手を片付ける。その代わり、妖怪たちは無闇に人間を襲わない。そういう協定が結ばれたの」


 神凪はふむふむと頷きながら、口を開く。


「つまり、今から向かう相手は……鬼にとって、とっても厄介な連中ってことか」


 麗奈は静かに頷いた。


 その時だった。遠くから金属がぶつかる音、炎が燃え上がる轟音、そして風が唸るような音が混じり合い、戦闘の気配が伝わってきた。


「あそこにいる奴らだな」


 想鬼が道の先を指さす。


 その視線の先には、黒いローブを纏った魔女らしき人物と、蝙蝠こうもりのような羽を生やした吸血鬼が、激しく空中戦をしている光景が広がっていた。


「うへ〜、なにあれ〜」


 神凪が思わず声を漏らすと、麗奈は胸元から六枚の札を取り出す。扇子のように広げて構えると、迷いなく戦っている二人へと駆け出した。


「はやっ!?」


 神凪が驚きの声を上げるも、麗奈は構わず一直線に飛び上がり吸血鬼へと向かう。


「ん? なっ、鏡屋のところの……!」


 吸血鬼は咄嗟に反応し、黒いオーラを纏わせた剣を生成するが、麗奈の動きについていけず——


 バシンッ!


 札で思い切り顔を叩かれ、そのまま反撃もできずに地面へ倒れ込んでしまった。


「へぶしっ!」


 予想外の一撃に吸血鬼は唸り声を上げる。一瞬で終わった戦況を見ていた魔女は顔を強張らせ、ゆっくりと後ずさる。


「まずい……あいつの二の舞はごめんだ」


 振り返り一歩、逃げようとした瞬間——そのローブの裾が、誰かの手にぎゅっと掴まれる。


「どこに行こうとしてるの? 魔女さん」


「ひっ——!」


 バシ~ンッ!


 それから十分も経たないうちに、神凪はぽつりと呟いた。


「私……たぶん、一生お目にかかれない光景を見てるのかも……」


 その視線の先には――魔女と吸血鬼が正座をさせられ、麗奈に叱られている。そんな信じがたい光景が広がっていた。


 魔女は紫の長髪にボリュームのある身体つきで、どこかお姉さん風の雰囲気を纏っていた一方、吸血鬼は緑髪に、まるで小学生のような小柄な体型とあどけない顔立ち。どちらも若々しい外見ではあったが、その状況は完全に“子供の喧嘩の後始末”そのものだ。


「なんで喧嘩してたの?」


 麗奈が淡々と問いかけると、魔女は視線を逸らしながら答える。


「……なんか私が薬草を採ってたら、コイツがいきなり『ここは私の領地だぞぉぉ!』って叫びながら突っ込んできて」


 その言葉に、吸血鬼が反応する。


「いやいやいや、普通さ!人の領土に勝手に入ってくるなんて、立派な領土侵犯だろ!? しかも、そこに生えてる薬草を無断でむしるとか、お前、流石に常識なさすぎだろうが!」


「はぁ!? この前あんたが『薬草なんて雑草と同じで邪魔』って言ってたんじゃないか!」


 二人の口論がどんどん加速していくなか、麗奈がその間にすっと割り込み、冷ややかな声で釘を刺す。


「……状況は理解した。けど、もうやめて。それともなに? 二人とも、また私に殴られたい?」


 その一言に、魔女と吸血鬼はぴたりと動きを止め、無言でお互いに背を向ける。


 そんな様子を見ていた芽衣が、静かに呟いた。


「……初めて吸血鬼を見ました」


 その言葉に、吸血鬼は得意げに胸を張る。


「ふふふ……カッコいいだろ、この私のオーラと威厳に満ちた存在感!」


「いえ……見た目と言動を見た限り、喧嘩好きな頭の悪い子供にしか見えませんでした」


 芽衣のあまりに正直な感想に、吸血鬼はぽかんと口を開けて固まった。


「ふふふ……あはははは! なんて正直な感想なんだ! 傑作すぎて笑える!」


 魔女は大爆笑し、神凪と想鬼は苦笑しながら、さすがに言い過ぎだったんじゃないかと顔を見合わせる。


 やがて魔女は腹を抱えながら立ち上がり、満面の笑みで神凪と芽衣を見つめる。


「ふふ……いやー、面白かった。それはそうと、あんたたちとは初対面だよね」


 そう言って、魔女はふたりに向かってにっこりと笑いながら自己紹介する。


「私の名前はアリア・グリッター。気軽に“アリア”って呼んでくれ」


「私は泉火 神凪。アリアね、よろしく!」


「芽衣と申します」


 ふたりがそれぞれ返すと、麗奈が横にいる吸血鬼に問いかけた。


「あなたは……自己紹介、しなくていいの?」


 その言葉に「はっ!」と我に返った吸血鬼は、勢いよく立ち上がり、胸に手を当てて堂々と名乗りを上げた。


「我が名はレノーラ・ヴィセント! この世界にて繁栄を誇る偉大なる吸血鬼の一人!」


 すると、アリアが軽く肩をすくめながら言った。


「こいつのことは、適当に“レノ”って呼べばいいぞ」


「勝手に決めるなぁぁぁ!」


 レノーラはアリアの背中をぺしりと叩く。その様子を見ていた想鬼が、ぽつりと呟いた。


「仲が良いのか悪いのか……」


「悪いわ!」

「悪い!」


 二人は声を揃えて即答し、周囲の皆は思わず笑い声を漏らした。


 一方その頃、頼は室内で鏡屋と共に、この世界についてもう少し詳しく話をしていた。


「妖怪しか出入りできない?」


 頼の問いに、鏡屋は一つ頷いた。


「僕がさっき言った妖怪。そいつから聞いた話だから、真偽は定かじゃないけれどね」


 鏡屋の話によれば、この世界は“妖怪にとっての避難所”的な場所でもあるらしい。


 “避難所”というだけあって、妖怪を祓う人間などは出入りできなくなっている。そして、基本的な出入りは、神凪たちが通ってきた鳥居を使って行われていた。


「鳥居はここ以外にもいろんな場所にあるけれど、僕らみたいな人間がいる神社はそう多くない。君たちは運が良かったよ」


 それらの話を頼は頭の中で整理しながら、一言呟いた。


「なら、なんで俺たちは鳥居から入ってこれたんだ?」


 鏡屋は手を横に広げて「さあ?」と首を傾げる。


「そこがわかれば一発なんだけどね。ということで」


 鏡屋は手をパンッと合わせた。


「妖怪にしかわからなそうな話をしていても埒が明かないから、今から手当たり次第にいろいろ試していこう」


「はぁ〜……」


 そうして二人は外に出た。


「確か、鳥居の前で一礼して……」


 頼は正面に石段が見えるように鳥居の前に立ち、一つ深呼吸をする。


「いけてくれないかな〜」


 鏡屋が後ろで見守りながら呟くと、自然と目線が鳥居の上へと向いた。そこには、一人の茶髪の男が立っていたからだ。


「頼くん! 待って!」


 鏡屋が叫ぶと、頼は眉をひそめながら振り返った。


「なんだよ」

「すぐこっち来て!」


 次の瞬間、鳥居の上にいた男の手には、いつの間にか拳銃が握られており、真下にいる頼へと銃口を向けていた。


 頼も男の気配を察知したのか、上を見上げる。その時、発砲音が響き渡った。


 一方、神凪たちの方では——


「帰りますか」

「だね〜」


 麗奈の言葉に軽く返した神凪は、どこからか感じる視線に気づいた。次の瞬間、白色の小さな龍がこちらへと突っ込んでくる。


「何あれ!?」


 神凪が突然の奇襲に動きが遅れると、麗奈が神凪の前に立ちはだかった。


 ドドドドドカーン!!


 龍は容赦なく神凪と麗奈へと突撃する。


「大丈夫かい!?」


 アリアが咄嗟に叫んだ。

 その言葉に、神凪は驚いた表情を浮かべながら答えた。


「うん、大丈夫。麗奈ちゃんが守ってくれたから!」


 彼女の視線の先では、麗奈が神凪の前に透明な結界を張り、龍の突撃を防いでいた。


 すると、少し離れた前方から男の声が響いた。


「あ〜あ、せっかく大きいの、腹から出したのにぃ」


 全員が声のする方へと視線を向ける。


「あぁ〜……腹の足しにもならない餌なんかに止められる餌だったなんて」


 そこには、ガリガリに痩せ細った、成人すらしていなさそうな男が立っていた。


「あなたは?」


 麗奈が尋ねると、男は一言。


「異能力者撲滅協会、幹部の餌者、紙森 喰郎かみもり くろう。さあ、餌の時間だぁ」


 一方、頼は撃たれた瞬間、咄嗟にその場から避ける。銃弾は彼の頬を掠めたが、なんとか直撃は免れた。頼は避けると同時に鏡屋の隣まで移動し、声を上げた。


「誰だお前。いきなり銃、ぶっ放してきやがって」


 だが男は返答せず、銃を見て一言。


「なんだこの銃。不良品なんじゃないのか。こんな武器を持たせやがって。あとで消してやる」


 イライラした顔をしている男に、鏡屋が再度声をかける。


「君は誰かな? ここら辺では見ない顔だけど」


 その問いに、男は見下すような目で二人を睨みつける。


「僕? 僕は異能力者撲滅協会、幹部の音者。奏川 朔音かなかわ さくと。お前らを殺す異能力者さ」

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