第9話 アカネの涙と、守りの鈴
それは、雨の降る夜だった。
神社の軒先で雨音を聞いていたこよりは、ふと、胸騒ぎのようなものを感じて立ち上がった。
「……アカネちゃん」
理由もなく、その名前が浮かんだ。
あの時見た紅い瞳。ひとを喰らうというのに、どこか【助けを求めるような】表情が忘れられなかった。
「ユウ、ちょっとだけ、見に行きたい場所があるの」
声をかけると、社の奥から現れたユウは、一瞬だけ目を細めて、それから黙ってうなずいた。
「……行こう。おそらく、同じ気配を感じていた」
ふたりが再びあの廃社を訪れたとき、そこにアカネの姿はなかった。
しかし、空気は重く湿っていて、まるで誰かが泣いたあとのように、しっとりとしていた。
「……ここ、変だ」
こよりが呟いた瞬間、草陰から小さな音がした。
——しゃらん。
かすかに、鈴の音がした。
その音を辿って、ふたりは裏手の林へと足を進める。
木々の間に、ぽつりと座り込んだ少女がいた。
「……アカネちゃん」
濡れた着物。肩を抱えてうずくまる姿。
その背に、雨が降り続けていた。
「どうして……来たの?」
アカネは顔を上げた。その目には、涙の跡があった。
「願いを食べる私のところに、なんでまた来るの……?」
こよりはそっと、傘を差し出した。
アカネの肩に雨が当たらないように、そっと、何も言わずに立った。
「あなたのことが……気になったから。……それだけじゃ、ダメかな」
アカネの唇が、かすかに揺れた。
「私、……本当はね、もう、食べたくないの。願いなんて、もう……」
声が震える。
それは【あやかし】の声ではなく、ただ一人の少女の、悲しい独白だった。
「でも、止められないの。願いって……あったかいの。寂しさを、埋めてくれるの」
「アカネちゃん……」
こよりは、そっとアカネの手を取った。
冷たくて、ふるえていた。
「……その手を、にぎっていいかな。いま、あなたが誰の願いも食べていないなら——私は、あなたを【信じてる】」
その言葉に、アカネの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
「……こよりちゃん。私、ずっと、誰かにそう言ってほしかった」
雨はまだ降り続いていたが、木々の隙間から一筋の月明かりが差し込んでいた。
神社へ戻る途中、ユウがぽつりとつぶやいた。
「……【鈴】が鳴ったのを感じた。おまえの中にある、守り手としての力が、またひとつ目覚めたようだ」
こよりは胸元の守り札に手を添えた。
そこには、ほんのりとしたぬくもりが宿っていた。
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