第2話 狐の少年と、守り手の役目

役目


 「……ゆらぎ神社の、守り狐?」


 こよりは戸惑いながらも、一歩下がった。

 見た目は確かに人間の少年。でも、その頭にぴょこりと生えた耳と、腰のあたりで揺れているふさふさの尻尾は、どう見ても本物だった。


 「そ、そんなの、夢……だよね?」


 ユウと名乗った少年は、こよりの様子を見てため息をついた。


 「この反応も、毎度のことだな。だがこれは現実だ。おまえは、ここ“ゆらぎの杜”に召喚された。神社の鈴に選ばれてな」


 「召喚……?」


 まるでアニメやゲームの世界みたいだと思った。けれど、自分の手は汗ばんでいて、足元には確かに土の感触がある。


 「信じたくない気持ちはわかる。だが、時はそう悠長ではない。あやかしの気配がこの森に満ち始めている」


 ユウはそう言って、森の奥を見つめた。

 こよりもそちらを見やると、ほんのりと黒い霧のようなものが、遠くの木々の間を漂っていた。


 「これは、願いの残滓(ざんし)だ。誰かの未練や執着が【あやかし】の源になっている」


 「……願い、が?」


 「そうだ。人の強い想いは、時に形を変えてこの世界にあふれ出す。ここ【ゆらぎの杜】は、それらを受け入れる場所。そして我々は、それを鎮める役目を負っている」


 ユウの声は静かだったが、確かな強さがこめられていた。


 「おまえは、この神社に選ばれた【守り手】だ。今からその役目を担ってもらう」


 「……ま、待ってよ。急にそんなこと言われても……私、普通の高校生で……」


 戸惑うこよりの言葉に、ユウはほんの少しだけ眉を下げた。


 「……そうだな。だが、おまえには“見える”はずだ。あやかしの気配が。そうでなければ、あの鈴はおまえを呼ばない」


 こよりははっとした。

 さっきの黒い霧。それは、確かにただの煙ではなかった。目には見えない【なにか】が動いている、そんな気配を確かに感じたのだ。


 「……どうして、私なんだろう」


 そう呟いたこよりに、ユウは少しだけ目を細めた。


 「理由など、神すら知らぬ。だが、選ばれた者には道が開かれる。それが、この神社の理(ことわり)だ」


 こよりはゆっくりと深呼吸した。

 怖い。でも、逃げたくない。自分がなにかに選ばれたなら、それを知りたいと思った。


 「……わかった。できるかわからないけど、やってみる」


 その言葉に、ユウは小さく頷いた。


 「ならば、まずは社に来い。おまえの居場所を整えよう。ここでの生活は、少しだけ……変わっているぞ」


 ふわりと笑うその顔が、さっきよりも少しだけやわらかく見えた。

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