14 羽が無くても僕は走れる
ラーメンを食べ終わり、住所が書かれた紙を片手に手鳴さんの家へ向かう。
だから話してもらえない気がする。
でも別れ際、
でもそれより、できると言い切ってもらえたことに少しだけ力を貰えた。
「ここか……」
家から三十分程の近いはずの場所なのに、迷って二時間ほどかかってしまった。
時刻は四時半。日も落ち、空はオレンジ色に変わってきているがまだ暗くはない。
インターホンを押そうと家に近づけば玄関は開いていた。おそらく手鳴さんの家のものであろう車も横に置かれ、バックドアが開いている。これから、どこかに出かける予定でもあるのだろうか。車に積むには多すぎる段ボールの山が見えた。
「ごめんくださーい」
玄関より一歩手前から声をかけてみる。
すると、奥から少し早い足音と共に手鳴さんがやってきた。
「……
「えっと、お聞きしたいことがあって、今お時間ありますかね」
「……少しだけならいいよ。あがって」
「ありがとうございます」
「車閉めてくるから。二階の私の名前が吊るされてる部屋があるから、先に座ってて」
一礼をし、家へ上がった。
玄関には豪華な花や絵が飾られており裕福な家庭ということがすぐ分かる。オシャレな内装の家の階段を上がると、途中にはQ.E.D.のメジャー初となるステージでの写真が飾られていた。金持ちの家に飾られているとなると、この写真は場の雰囲気とは合わない。それでも高価な額縁に飾られているのは想像できないくらいの価値があるのだろう。
お姫様みたいな家具が置かれているのか。それとも、Q.E.D.の思い出やグッズに囲まれているのだろうか。後者だと予想しドアを開ければ、全く異なる空間が広がっていた。
「何も、ない……」
正確には何もないわけではない。白を基調としたシンプルなベッドや棚はある。でも、それ以外空っぽだ。
普通の人の部屋ならある小物や本が一切ない。例えるなら家具屋の例としてあるレイアウトの場所みたいな、人が住んでいるとは考えにくい。
「お待たせ」
「あ、あの、この部屋、人住んでますか?」
「え、私が住んでるよ」
「で、ですよね」
予想していた返答は来るものの納得はできない。
「あっ、部屋に何も無いからってことか」
「は、はい」
「引っ越すの私。だから、断捨離」
「な、なるほど……」
それにしても捨てすぎな気がするが、人によるのだろうと思って無理矢理受け入れた。
落ち着かない空間の真ん中に小さく私が座ると、目の前に手鳴さんも座る。
「話って?」
「えっと、今あの歌、アイラブユーのことと、お姉ちゃんをちゃんと知ろうと思っていて」
「……続けて」
一瞬表情が変わった気がしたが、いつもの無表情顔のまま私を見つめる。
「それで、単刀直入に聞くんですけど」
「うん」
「お姉ちゃんって彼氏いましたか?」
「……は?」
「お姉ちゃんって、彼氏いましたか……?」
「……なんでそう思ったの?」
「えっと、アイラブユーは彼氏に向けた歌だと思ったんですけど……」
彼女は目を数回瞬きをしてから、お腹を押さえ笑い出した。さっきまで、いや路上ライブの時も表情筋がないんじゃないかと思うくらい無表情だったので驚いてしまう。
まるで別人のように笑う彼女に怯えながら待つこと数分。少し落ち着いた彼女が私に話しかけてくる。
「あはは!! やば!! なんでそうなるの!!」
「え、あの……」
「
笑いながらストレートに悪口を言われる。しかし、どう反応していいかも分からず固まるしかなかった。
「あの歌、
「え」
「小さい頃は分かんなくても仕方ないと思うけど、その歳なら気付きなよ。あれは、
あの歌は、お姉ちゃんが私に向けた歌。笑いながら言う手鳴さんは嘘をついているように思えないが、それでも信じられなかった。
「信じてなさそうな顔だね」
「は、はい……」
「これに関しては、私より信用できる人がいるな」
彼女は立ち上がると、端に置かれた机から一枚のCDをを取り出す。
「
「はい。
「そりゃ言われるよ! 馬鹿だよ!」
さっきから馬鹿を連呼され心にぐさぐさと刃物で刺されている気分になる。
「でも、
「……本当に私へ送った歌なら私最低なこと、お姉ちゃんに言いました」
今までの悪行が、私の脳内を駆け巡る。
お姉ちゃんに言ったことも、三人にしたことも。
信じられない、信じたくない。
「私、最低な人間なんです。間違いだらけで、最低なことしかしてなくて、あの歌を完成させたのも復讐心が入っていて……私、最低なことしか」
「最低なことだけではないんじゃない?」
食い気味に彼女は言う。
「いや、私、本当に最低で」
「はぁ……これ話す気なかったけど、言うね」
前を向くと、どこか呆れたように笑う彼女がいた。
「まず、私がバンド組んだ理由はあなたに夢中の
「……は?」
「あの時の
オブラートに包んで言うならばめんどくさい女だ。私が聞いていたバンド結成理由はお姉ちゃんの歌声を多くの人に聴いてほしかったからと聞いていたが嘘だったらしい。
開いた口が塞がらない私を無視して彼女は続ける。
「だから、あなたのことも嫌いだった」
「え」
「うん。嫌いだった」
昔からの付き合いだった人からの嫌い宣言には、どう反応するのが正しいのか分からない。落ち込むのが普通だと思うが、衝撃の事実が続いている中で頭の処理が追いついていないのだ。
「ちなみに今も嫌いなんですか」
「……どうだろうね」
さっきとは違う笑顔を見せる彼女に恐怖を覚える。もっと穏やかな人だっと思っていたが、実際はめんどくさい束縛系だとは想像がつくはずも無かった。
「とにかく、これを聞いたら私のほうが最低じゃない? でも、
「……そ、そうですね」
「あなたが最低と思う理由で結成したバンドも、メンバーの子たちは幸せそうだった。今はどちらかというと繋結ちゃんの未完成の曲を実の妹が完成させた感動ストーリーとして見ている人が多いけど、あの歌に背中を押された人もいる」
「そう、だといいですね」
情けからくる励ましを私は信じられなかった。いや、信じることができなかった。
こんな私が書いた歌詞に背中を押される人間なんているはずがない。
前を見ることができず、俯いて涙をこらえる私の肩をポンと叩く。
「それは私だよ」
「……え?」
「私があの歌に背中を押されたの」
俯いた顔を上げれば、そこには柔和な笑顔を浮かべる手鳴さんがいた。
「な、なんでですか……? 私のこと嫌いなんですよね。あ、お姉ちゃんの未完成の曲だか」
「あれ、歌詞は全部
この人、やっぱり今も私のこと嫌いだろう。
「でもね。不器用な君が書いた歌詞に私は救われた」
「……私の歌詞で、ですか?」
「うん。だから、君は間違ってないと堂々と言えることもちゃんとしたんだよ」
「どうゆう意味ですか」
「私を動かした言葉。苦しんで、私なら出来なかったことを何年かけてでも叶えようとした行動力。そんな君を支えてくれる人たち。君はいっぱい持っているんだよ。だから、間違いだらけだったけど、ちゃんと今立ち上がってるの」
また私は勝手に決めつけていたらしい。
……やっぱり私は最低だ。
でも、そんな私でも前に進み続けられる理由はちゃんとある。
「……私も、君の味方だよ」
「あ、ありがとうございます……」
「……良いと思ったタイミングで渡してって、今だよね」
彼女は持っていたCDを寂しそうに撫でたあと、私に握らせた。
CDの表紙に蜘蛛の羽と書かれており、お姉ちゃんの手書きサインもある。サイン付きということで限定品ではあるものの実の妹である私が持っていないわけがない。
同じものが部屋に飾られているから、私が不思議に眺めていると、黙って見ていた彼女が口を開き始めた。
「それは家で開いて。私も内容は分からないんだけど、
「……それは今なんですか」
「うん。今。言い切れる……かな」
「見てないのに?」
「うん。
私とは違うお姉ちゃんを見てきた彼女なりに分かることがあるのだろう。もう用事は済んだ。今一番やるべきことは急いで家に帰り中身を確認することだ。
「……ありがとうございます。帰って家で確認します」
「分かった」
「
少しばかり沈黙が生まれる。なんて答えるのか考える姿に私は少し身構えた。
「全部処分しに行くの。Q.E.D.の売れ残った物とかを」
「え?」
「人気だから在庫なんてないと思った? 初期は意外と売れ残った物もあるんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
「……そうですか」
「うん。面白い回答じゃなくてごめんね」
「いえ、それは別に」
普通の回答のほうが反応がしやすくありがたい。
彼女の回答は、少し寂しい気がするが彼女は彼女なりに一歩を踏み出すんだろう。
いや、でもこの進み方はきっといつか悲しむ日が来る。私は間違いだらけの最低な人間だけど、これだけは言い切れる。
「あの、一ついいですか」
「なに?」
「私、無理に乗り越える必要は無いと思うんです」
「……え?」
驚き口が開いた彼女の表情は初めて見るので新鮮だ。それに触れようとするも無視して話を続ける。
「これを聞いた人は考えが甘いと思う人もいます。でも、私は弱いから、そんなことできません。でも、今なら少し思うんです」
「
「乗り越えられなくても、前には進めるって私は思います」
「……ほんとに?」
「はい。私も、弱いから乗り越えられない。それでも、進みます」
これは、これだけは間違ってないと私は思う。
「はい。乗り越えられなくても前に進めると思います」
ハッキリと私は言い張った。今、間違いなく断言できることだから。
「その言葉、信じてもいい……?」
彼女の声は震えていた。やっぱり強がっていたんだ。
「もう、変わらなくちゃって思って、無理矢理にでもと思って全部捨てようとした」
「……凄いですね。行動力」
「でも、私は弱いからそんなこと無理だ。乗り越えないまま、進めるのかな……」
「進めると、私は絶対に思います」
大粒の涙を溢しながらも彼女は必死に泣き止むよう深呼吸をする。
みんな、弱いんだ。それでも、傷つきながら進んでいくんだ。
「……長話をしすぎたね」
「すみません」
「ううん。ありがとう」
まだ目元に涙を浮かべながらも、彼女は優しく微笑んだ。
「……じゃあ、私はこれで」
「うん。頑張ってね」
貰ったCDを落とさないよう、傷つかないように大事に持ちながら私は立ち上がる。
今日、私は、私と彼女は大きな一歩を踏み出したんだ。
「
「どうしたの?」
「私、頑張ります!」
心から宣言した後、私はその場から去った。もう、この場にやり残したことはない。
最後私は振り向かなかった。きっと彼女はまた涙を流すから。もう泣いてる姿は見られたくないだろう。
いや、もう彼女は笑顔で私を見送ってくれたのかもしれない。
ちゃんと、見とけば良かったかもしれない。
家に帰り、私はお姉ちゃんの部屋に入る。
天日干しされてフカフカのクッションに座り、ローテーブルにCDプレイヤーを準備した。未だに中身の想像はつかないが、CDケースに入っているのだからCDプレイヤーで聞くに決まっている。
覚悟を決め中身を確認すると予想とは斜め上の物が入っていた。
「パソコンで見てね……?」
ディスクには黒ペンで「パソコンで見てね」とだけ書かれている。まだ中身が何かは教えてくれないみたいだ。
パソコンは一応私の部屋にもあるが、CDを再生する機能がついていない。今すぐ見るべきではあるがパソコンをぽんと買えるお金は持っていない。
困った私は立ち上がり何か解決案が無いか探して見ようと思った瞬間、棚の隅に目が止まる。
「パソコンあんじゃん!」
毎日来ているはずの部屋なはずなのに、パソコンがあるなんて気づかなかった。存在感が薄いのか、私の視野が狭かったのか。
つまさき立ちでパソコンとケーブルを取り、コンセントに刺す。何年も前のものだから壊れていても仕方ないが、信じるしかなかった。
「電源点いた!」
どうやら運命は私の味方をしているようだ。
横にあるボタンを押し、CDを差し込む。機械音痴の私はどこを押せば再生するか分からないので、それっぽいボタンをひたすら押していると映像が急に流れ始めた。
「これ、お姉ちゃんの部屋……?」
今まさに私がいる場所が画面に映し出されている。部屋の光景は今と全く変わっていない。
「
「お姉ちゃん……」
ひょこっとお姉ちゃんが登場して動画は始まる。私はてっきりCDと断定していたが、確かにDVDのディスクとはうり二つなのでケースとしてこれを選んだのも納得がいく。
ぐだぐだな始まりは私の脳内のお姉ちゃんとはイメージが違う。少し前の私なら何か違和感を抱くのかもしれないが、今では微笑ましくも感じる。
「
そんなの当たり前に知っている。私の自慢で、大好きなお姉ちゃんは一人しかいないんだから。
「このディスクは自分で見つけたのかな? それとも、手鳴にもらったのかな? 私は手鳴からだと思う。あっ! 見つけてなかったら探してみて! この部屋にあるから!」
お姉ちゃんの予想は当たっている。今までにそれらしい物と出会ったことはない。
私の視野はずっと狭かったんだと再認識する。
「まずは、ごめん」
「え?」
謝らなきゃいけないのは私だ。私が勝手な勘違いでお姉ちゃんを傷つけたんだ。
「あの曲は確かにQ.E.D.らしくない。私らしくない。そんな曲が最後だって、私の歌が大好きだった
「お姉ちゃん……」
「でも、それは分かってた。分かってたけど完成させた。私はそれに後悔はない。私の気持ちは全部詰めた」
自分の決断を正しいと言い切るお姉ちゃんはかっこよかった。私のお姉ちゃんは世界一かっこいいんだ。
「あのラブソングについて、話そうか」
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