13 転びながら
今まで、ずっと最低な勘違いを私はしていた。
あの歌は、お姉ちゃんを殺した最悪な失恋ソングだと思っていた。
でもあれはそんな曲じゃない。まだちゃんとあの歌が分かったわけじゃないけど、間違いないのは真っ直ぐな気持ちで愛を綴ったラブソングだ。
それなのにずっと自分勝手な解釈をして、あの時のお姉ちゃんも、
哉子ちゃんの言う通りだ。
子供の頃の記憶をずっと引きずって、私に見せなかった部分のお姉ちゃんを知ろうともしなかった。私は何も分かってなくて、間違っていたんだ。ずっと自分が正しいと思っていたことを貫いて、拒み続けて、少しでも間違いを疑わなかった。みんなは優しく気付かせようとしてくれたのに。
こんな私がどうするべきか、何が正しいか分からない。
でも、このまま立ち止まってはいけない。
まずは、あの歌を、お姉ちゃんをちゃんと知らないといけない。
一歩を踏み出そうと思い、何年も行っていなかったお姉ちゃんのお墓の前に私は座っている。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。私、勝手に決めつけて、お姉ちゃんを傷つけた。本当にごめんなさい」
いるはずもないお姉ちゃんに謝る。もう、お姉ちゃんはいないんだから私の謝罪が聞けるはずもない。そんなの分かっている。
でも、謝らなくちゃ。
最低で何もできない私には謝ることしかできないんだ。
「……お姉ちゃん、私ちゃんと知りたい。あの歌も、お姉ちゃんのことも」
今日の朝買った花をお墓の前に備える。
昔は花を綺麗だと思っていたが、今はそこまでとは思えない。きっと、お姉ちゃんと一緒に見ていたから美しいと感じたんだと思う。
微かに吹く風に花が靡く。優しい色合いをして黄色のこの花はアルストロメリアと言うらしい。店員さんに選んでもらったから花言葉は分からない。
元々添えられた花と交換するため取り出すと、そこまで古くないものだと気づく。両親がここに来たのは記憶が確かなら三か月前。三か月前にしては葉が少し活き活きとしている気がする。
これ、私の両親が供えた花じゃない。
花の種類は知らないが、両親は昭和生まれだから花ももう少し地味なはず。この花は色が少し鮮やかで若い人が選びそうだ。それに最近は天気が悪く、すぐ花が傷つきなにも納得がいく。
お姉ちゃんの墓参りに来る人物。お姉ちゃんの交友関係は分からない。
でも、私の家に来たお姉ちゃんの親しい人物は
「……ん、待って」
ここで私のある一つの推測が浮かぶ。
あのお姉ちゃんの最後の歌はラブソングかもしれない。でも、もしそうだとしたら誰のためにという疑問が出てくる。
もしかして、あの歌はーー。
「彼氏へのラブソング……?」
お姉ちゃんに彼氏なんて聞いたことがないし、覚えもない。それに、私のお姉ちゃんに似合う男なんて世界にいない。当時の私がいると知ったら怒り狂って別れてと頼むだろう。
……いや、今も少し怒りそうだ。
私のお姉ちゃんと手を繋いだりする男の存在なんて許せない。
「お姉ちゃんに彼氏なんているわけない。お姉ちゃんに彼氏なんているわけない。お姉ちゃんに彼氏なんているわけない!!」
自分に言い聞かせるが、考えれば考えるほどいないほうがおかしい。
お姉ちゃんは顔良し、スタイル良し、その他全て良しの完璧天才人間。そんなお姉ちゃんに惚れる奴なんて山ほどいる。
私はあの歌のことをちゃんと知らない。つまり、お姉ちゃんのこと、ちゃんと分かっていなかった。彼氏もいたのかもしれない。
「お姉ちゃん……」
ちゃんと知らないといけない。あの歌も、お姉ちゃんのことも。
そのためにはこの歌とお姉ちゃんを知っている人物。この花を供えたであろう針ヶ谷に会わなきゃいけない。
それに、
「お姉ちゃん。私、ちゃんとお姉ちゃんのことを知るよ」
新しい花を供え、傷んだ花を持ってその場から走りだす。少しでも早く、一秒でも早く知る必要がある。
「あっ」
枯葉に滑り、転んでしまう。
服は土で汚れたし、腕も両膝も擦り切れ血が滲む。でも、そんなの気にしている暇ない。
私は今まで最低なことばっかしてきたから。この傷くらい、ちょっと罰があたったと考えよう。
痛む足に平気だと言い聞かせて私はまた走りだした。
痛む足を動かし、電車に揺られ約一時間。周りの人からは心配や不審者に向けるような眼差しを受けて来たが、全部無視しやっと辿り着くことができた。
記憶を頼りにやってきたが、表札にはちゃんと
インターホンを三回ほど連続で押すと、ドアの奥から女性の声と足音が近づいてくる。
「……そんな何回もやらなくてもって、
「会いに来た。話があって、その前に」
「いや、それより! その傷も服の汚れもどうした!」
「途中で転んだだけだよ」
「洗えよ! バイ菌でも入ったらどうすんのよ!」
「それよりも早く会いたかったから」
「……はぁ、もう。ひとまず洗わなきゃ、いや、でも中は……ちょっと待ってて!」
髪を片手で掻きむしりながら彼女は部屋に戻る。ぶっきらぼうだが私を心配してくれているみたいだ。
私は
……今まで考えたことなかったな。
「足だして」
言う通りに足を出すと、
「……もっと優しくできないの?」
「ワガママ言わないの」
「お姉ちゃんはもっと優しかった」
「私は
「……まだ?」
「あんた、ごちゃごちゃうるさいわね。もう終わったわよ」
強めに絆創膏を貼られて処置は完了する。
絆創膏はお姉ちゃんも使っていた傷がすぐ治る少しお高めの物だ。わざわざ、こんな物を私に使わなくてもいいのに。
「じゃあ、話があるから中入らせて」
「中はダメ」
「どうして? 別に良いじゃん」
「……部屋汚いから。奢ってあげるから店で話すわよ」
「いや、良いって。ここで話そ」
「……あんたはお願いをしている側なの分かってる?」
彼女の言う通り、私はお願いをしているので従うのは当然だ。少々不満はあるが店で話すことにしよう。
三分に一回は近場じゃダメなのかと問いかければ首を横に振られるだけだった。
着いた場所は看板の主張も激しくなく、錆びれた椅子が三つ程置いてあった。休日のお昼時なのに待っている人は一人もいなくて心配になる。
ここは、間違いなく私に深い馴染みのあるラーメン屋だ。
私と
「なんで、ここ……」
「話は店内で」
滑りの悪い引き戸を一発で
「相変わらず人いないわね」
「……か、
「味噌ラーメン二つね」
「乱暴だな。食券を」
「こっちは疲れてんの。早くして」
「は、はい……」
口数も少なく、見た目は逞しい体つきで圧を感じる店主が
会話も常連というには慣れ慣れし過ぎる気がする。
いや、違う。この会話の空気感は昔ドラマで似たようなものを見たことがある。彼女の尻に敷かれる彼氏との掛け合いだ。
それは針ヶ谷にも通じる。
「
「……は?」
「あの店主と付き合ってるんでしょ?」
「いや違うけど」
「だって! 私ドラマで見たことあるよ。彼女の尻に敷かれる彼氏みたいな。今のまんまだったよ」
何を言っているんだという顔で私を見てくる。
そこまで付き合っていることを隠したいのだろうか。
「ただの親戚」
「へ?」
「ただの親戚。親戚って分かる? 親の兄弟姉妹の子供」
「な、なんだ……」
ただの勘違いだったらしく少し恥ずかしくなる。
店主はホッしたような表情を浮かべていたので、不機嫌にさせてはいけないという上下関係が何十年も続いていることが分かった。
とりあえず腰を下ろそうと、カウンター席に座る。この席は
懐かしさに想いを寄せ、なぞるように触ると何かが書かれたシールが貼ってあることに気付く。
「……
シールにはそう書かれていた。
前に
「はぁ……あんた、どんだけ好きなのよ」
「え? どうゆうこと?」
「こいつ、あんたの歌が大好きなの」
「え、な、なんでですか?」
純粋な疑問を店主にぶつけると、恥ずかしいのか目線をそらされる。顔を薄っすらと赤めながら口が開かれた。
「……
「あの歌は、私じゃ」
「こういう時は素直にありがとうって言うの」
「あ、ありがとうございます……」
「こちらこそ、素敵な歌を届けてくれてありがとうございます」
彼の反応に少し涙腺を刺激される。間違った行動ばかりでも、使命であるお姉ちゃんの想いはちゃんと届けられたみたいだ。
「えーと、自分はよく分からないし、言えた立場じゃないですが、あの歌はあの四人だからできたと思います。だから、えーと、皆さんのこれからを応援しています」
「ど、どうも……」
あの時の口論なんて、こんなにも熱狂的なファンが聞いていたら心苦しかっただろう。深くは触れず応援の言葉だけかけて貰う気遣いには感謝したい。
「あの時は、大声出してすみませんでした」
「いいえ、大丈夫です。ぶつかることなんて誰でもありますから」
横にいる
「
「えっと、
「え、あ、え」
「私、間違ってたし、知らなかった。あの歌も、お姉ちゃんのことも」
頭を深く下げると、
「いいよ。私も仕方ないって思ってるから」
「うん」
「やっと、気付いたんだね」
「まだ確信はないんだけど」
「ここまで来たら、きっと合ってるよ」
やっぱり、私の推測は正しかったみたいだ。
少し、いや、とても寂しいがハッキリさせないと前には進めない。
覚悟を決めて
「お姉ちゃんって彼氏いたの?」
「……は?」
「お姉ちゃんって彼氏いたの?」
「……なんて?」
「お姉ちゃんって」
「三回も馬鹿なこと言わなくていいわ」
言わせたのはそっちなのに、額に筋を立てるほど怒っているのはなぜだろう。やっぱり
「分かるよ。私もお姉ちゃんに彼氏がいたなんて信じられないし、どこの男だよって」
「違う。そこじゃない」
「じゃあ、なんで怒ってるの?」
「はぁ……あんたのお姉ちゃんは物凄く賢かったのに、妹はなんでこんなにも馬鹿なの」
「は? 確かに私は頭悪いけど、今それは関係な」
「そういうことじゃなくて……」
何に怒っているのか本当に分からないから、こっちからしたら
「私、アイラブユーはお姉ちゃんが彼氏に残した歌だと思って」
「はぁーー!! なんでそうなるの!!」
「え!? いや、あの歌は」
「あんたはさっさとラーメンを出せ!」
「は、はい!」
机に拳を叩きつけ、彼女は俯いた。さっきから恐怖を感じる行動に思わず身構えてしまう。
「……彼氏はいたことない。断言する」
「は、はい」
「でも、あんたは私が言っても多分完全に信じない」
「うん」
「そこは嘘でも信じるって言いなさいよ」
「す、すいません」
すると頭を押さえながら端に置いてある紙ナプキンに何かを書き出す。片方の人差し指は何回も机を叩き、わざとらしく何回も溜息を吐いていた。
書き終わったのか、睨まれながらもそれを受け取った。
「それ、
「
「
「分かった。今日行く」
「……そういう行動力は繋結と似てんのね」
書かれた住所は私の家から三十分程の場所だ。このラーメンを食べ終わって、長く見積もっても三時には
「
「それに?」
「いや、これは言わないほうがいいか」
「えー」
「まっ、分かるから」
かっこつけるように肘をつき、彼女は口の端を上げた。
とりあえず
ちょうどよく味噌ラーメンもできあがる。今まで食べてきたラーメンの中で一番この店が美味しい。それは、哉子ちゃんがいなかったら知ることは絶対なかっただろう。
両手で受け取るとそこにはチャーシューが二個浮かんでいた。
「サービスです」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
「チャーシュー好きなの?」
「うん。好き。美味しい」
「子供みたい」
「子供だよ」
「そうね。まだまだ子供」
「……いいの?」
「ご褒美」
「なんの?」
「転びながら来てくれたことへの」
「よく分かんないけど、ありがとう」
私、やっぱり全然知らなかったんだ。決めつけていたんだな。
「ウインク上手いね」
「初めて私のこと褒めた?」
「さあ。分かんない」
「……そっ」
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