地味系少女は、うっかり聖犬(?)と辺境スローライフ始めます ~追放聖女? いいえ、ただの裁縫好きです~
風葉
第一章
第1話 役立たず聖女は追放されました
放課後の図書室。窓から差し込む西日が、古い本の埃をキラキラと照らしている。私、相川
今日も読みかけのファンタジー小説の世界に浸っていた、その時だった。
「――え?」
突然、足元に眩い魔法陣のようなものが現れた。淡い金色に輝く複雑な文様が、床一面に広がっていく。驚いて顔を上げると、同じように金色の光に包まれた、クラスでもひときわ目立つギャル系の同級生、高嶺 エリカ《たかね えりか》さんと目が合った。彼女も何が起こったのか分からず、目を白黒させている。
「きゃあっ!」
エリカさんの短い悲鳴と共に、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。浮遊感と、何か強い力に引っ張られるような感覚。そして、意識が遠のいた。
次に気が付いた時、私はひんやりとした石の床の上に倒れていた。
「……痛っ」
ゆっくりと身を起こすと、そこは見たこともない場所だった。高い天井、荘厳な柱、ステンドグラスから差し込む神秘的な光。まるで、映画で見たような神殿か、お城の一室だ。
周りには、白いローブを纏った神官のような人たちや、銀色の鎧に身を包んだ騎士たちが、私たちを取り囲むようにして立っている。皆、厳粛な面持ちでこちらを見ている。
「……どこ、ここ?」
隣で同じように呆然としていたエリカさんが、不安げに呟いた。彼女の派手なネイルや茶色い髪が、この厳かな雰囲気の中で妙に浮いている。私も、制服姿の自分が場違いであることはすぐに分かった。
戸惑う私たちに、一番偉いのだろうか、金の刺繍が施された豪華なローブを着た白髭の老人が、厳かに告げた。
「ようこそおいでくださいました、異世界の乙女たちよ。我らはあなた方を『聖女候補』として、この世界『アステル』へとお招きしたのです」
聖女候補? 異世界?
まるで、さっきまで読んでいたファンタジー小説そのものだ。混乱する頭で、老人の説明を必死に追う。
この世界は、邪神の脅威に晒されており、その災厄から人々を救うことができるのは、強い聖なる力を持つ「聖女」だけなのだという。そして、私たち二人は、その聖女となる可能性を秘めて、この世界に召喚されたのだ、と。
「これから、お二人の聖力を測定する儀式を行います。真の聖女たる力を持つ方をお迎えできることを、女神様にお祈り申し上げます」
有無を言わさず、私たちは神殿の奥にある祭壇へと促された。そこには、大きな水晶玉が置かれている。これに手を触れて、聖力を測るらしい。
最初に呼ばれたのは、エリカさんだった。彼女は少し緊張した面持ちで、しかし自信ありげに水晶玉に手を触れた。
その瞬間――!
パアアアァァッ!
水晶玉が目も眩むほどの七色の光を放ち、神殿中が明るく照らし出された。神官たちが「おおっ!」とどよめき、歓声を上げる。
「素晴らしい! これほどの聖力量、まさに女神の御使い!」
「間違いなく、この方が我らを救う聖女様だ!」
エリカさんは、満場の賞賛を浴びて、誇らしげに胸を張った。その姿は、キラキラと輝いて見えた。
……すごい。やっぱり、エリカさんは特別なんだ。
それに比べて、私は……。
不安な気持ちで、私は自分の番を待った。
「次、そちらの娘」
促されるまま、恐る恐る水晶玉に手を触れる。
…………シーン。
あれ?
何も起こらない。水晶玉は静まり返ったままだ。
いや、よく見ると、ほんの僅か、米粒ほどの小さな光が、か細く灯っては消えかかっている。
「……なんだ、これは?」
「聖力が…ほとんど無いではないか」
「こんな数値、前代未聞だぞ…」
「間違って召喚されたのでは?」
さっきまでの歓声が嘘のように、周囲がざわめき始める。憐れむような視線、侮蔑するような囁き声。隣に立つエリカさんが、鼻で笑うのが聞こえた。
「なーんだ。やっぱりアンタはただのオマケだったんじゃん。地味で取り柄もないくせに、私と同じ聖女候補とか、ありえないと思ってたんだよねー」
その言葉が、ぐさりと胸に突き刺さった。
顔を上げられずに俯いていると、先ほどの神官長が冷たく言い放った。
「――相川 里奈とやら。お主には聖女たる資格なし。我々の期待を裏切った罪は重いが、異世界から来た免じて、今回は追放処分とする」
「え……?」
追放? まさか。何かの間違いじゃ……。
しかし、私の声にならない抗議は、誰の耳にも届かなかった。
「役立たずをいつまでも王宮に置いておくわけにはいかぬ。これを持って、即刻立ち去るがよい」
そう言って渡されたのは、数枚の銅貨と、粗末な麻の服が入った小さな布袋だけ。着ていた制服は、この世界では目立ちすぎるからと、無理やり脱がされた。
抵抗する間もなく、私は衛兵に両腕を掴まれ、引きずられるようにして神殿から連れ出された。そして、固く閉ざされた大きな城門の前に、一人、放り出された。
バタン、と重い音を立てて門が閉まる。
「……うそ」
見知らぬ街。行き交う人々は、私と同じ黒髪黒目ではない、様々な髪や目の色をしていて、服装も中世ヨーロッパ風だ。誰も、突然現れた異邦人の少女に構う様子はない。
さっきまでの出来事が、まるで悪い夢のようだ。でも、手のひらに残る銅貨の感触と、慣れない麻の服の肌触りが、これが現実なのだと告げている。
聖女候補として召喚され、役立たずと罵られ、追放された。
元の世界に帰る方法も分からない。
持っているのは、わずかなお金と、絶望だけ。
「これから……どうしたらいいの……?」
涙が止めどなく溢れてくる。頼れる人も、帰る場所もない。
街から逃げるようにして、私はふらふらと森の方へ歩き出した。日が傾き始め、薄暗い森の中は心細さでいっぱいだった。
もう、どうにでもなれ――そんな投げやりな気持ちになった、その時。
――グルルル……ゥ。
森の奥から、何かの苦しそうな呻き声が聞こえてきた。
それは、獣の声のようだった。
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