第4話 自由研究発表

夏が明けて、二学期の始業式。


焼けた肌と、だるい足取りと、微妙な空気が混じり合う教室。


いつも通りの席、いつも通りの雑談、いつも通りの佐々木ミユも、僕のすぐ右斜め前に座っている。


でも、僕だけは、いつもと少しだけ違う自分だった。



「では次、佐藤。自由研究の発表、お願いします」


担任の声に、僕はゆっくり立ち上がった。


手には、何度も大学に通って書き上げたレポート――『可愛い女の子はうんこをしない ― 生理学的考察 ―』。


 

一瞬、教室がざわついた。


「え、マジ?」「タイトル……」「うんこって言った……!」


笑い声と驚きと、ちょっとしたざわめきが走る。


でも、僕は慌てなかった。


教授が言っていた。


「問うことを恥じてはならない。真理は、いつだって笑いから始まる」


僕は深呼吸して、語り始めた。


 


「僕の研究テーマは、『可愛い女の子はうんこをしない』です」


「この疑問を持ったのは、ある日、友人との何気ない会話の中でした」


「“可愛い”という感覚と、“排泄”という生理現象が、僕の中でどうしても結びつかなかったんです」


「それはただの幻想なのか。それとも、何か意味のある感覚なのか――。僕は、国立大学の生理学研究室を訪ねて、教授と何度も話し合いました」


 

そのとき、ミユが少しだけこちらを見た。表情は読めなかった。でも、笑ってはいなかった。


 

「研究を通して分かったのは、“排泄をしない身体”は、物理的にあり得ないわけではないということです」


「極限まで効率化された代謝、無菌的な腸環境、便意の感知を遮断する神経構造。すべてが理論上は可能です」


「そして、何より驚いたのは、“可愛さ”という感覚が、こうした身体的“破綻のなさ”と深く関係しているという点でした」


「僕たちは、“汚れない存在”を可愛いと感じる。無垢さ、清潔さ、完結した世界――」


 

僕は黒板に書いた。


「排泄とは、世界と自分を分ける“裂け目”である」


 

「けれど、可愛い女の子たちは、その裂け目を持っていない。あるいは、それを“見せない”ことで、僕たちの感覚に訴えかけている」


「だから、僕はこう結論づけました」


 

「可愛い女の子は、うんこをしない。」


「それは幻想なんかじゃない。身体構造における、ひとつの進化のかたちなんです」


 

教室は静かだった。


最初のざわつきは消え、誰もが黙って僕の話を聞いていた。


発表が終わり、軽い拍手が起きた。先生も少し呆れながら、でも「よく調べたね」と頷いていた。


 

席に戻ると、佐々木ミユがふと、小さくつぶやいた。


「……なんか、すごい研究だったね」


僕は照れくさくて、ただ「ありがとう」とだけ答えた。


 

彼女は少し笑って、こう言った。


 

「あたし、ほんとにしないからね」


 

その笑顔に、僕は一瞬、なにも言えなくなった。


 

──この世界には、真理がある。


それは、笑われるような言葉にこそ、ひそんでいるのかもしれない。



夏の終わり。僕の中にひとつの確信が残った。


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