重くたってお見舞いしたい!(2)

 はあ……


 よりによって遠藤さんのクッションの香りを嗅いでる所を見られてしまうなんて、彼女失格です。


 あ、やっと返事が。

 

 昴に「彼氏のクッションの香りこっそりクンカクンカするのってどう思う? 見られちゃったけど、ぎりぎりセーフだよね」とラインして聞いてみたのです。

 確認確認。

 するとこんな一文が。


(アウト。それ単なる痴女だ。帰ったら説教な。全力で遠藤さんに謝れ! 速攻で!)と……

 はうあ! 

 そんな。痴女って……私……が……


 私は地獄の底に叩き落されたような気持ちで、お粥と即席で作ったおかずを持ってフラフラと遠藤さんのお部屋に行きました。


「……お粥を。後、すいません、冷蔵庫に豚挽き肉が合ったので勝手に拝借してしまい……おかゆに合う肉そぼろと、焼き梅干も用意してみました。あ、拝借した分は後で買ってきますので」


「いえいえ! そんな事しなくてもいいですよ。むしろ、こっちが申しわけないくらいで……あ、美味しそうだな。じゃあ頂きます……って、美味しい! 春日部さん、料理上手な方なんですね。上手そうな方だとは思ってたけど」


「……有難うございます。食はすべての基本なので、好きな方の土台となる物はしっかりと、と思い……あ、ミルクも離乳食もバッチリですのでご安心を。念のため双子だった場合のミルクのあげ方も習得済みです。こっちは遠藤さんから告白いただいた夜からこつこつ自主学習しました。母乳が難しいときは……」


「あ、あの……その話はちょっと……恥ずかしいので。でも、春日部さんって本当に誠実な方なんですね」


「へ? 私が……誠実……」


「はい」


「そんな……さっきだって、遠藤さんのクッションの香りをこっそり嗅いだりして……私、いつもこうで……好きな方の事になるとなぜ……だからいつも怖がられ……」


 お顔をまともに見れず、俯いて話してると涙が出てくるのが分かりました。


「皆さんのように普通の女子になろうと努力しているのです。でも……いつも……」


 泣きそうになりながら話していると、遠藤さんの優しげな声が聞こえました。


「あ、それでずっと元気なかったんですね。あの……顔、上げてください」


 私はゆっくりと顔を上げました。

 すると、遠藤さんは私の顔を真っ直ぐ見て言いました。


「まず涙拭いて下さい……はい、ハンカチ。じゃあお返しに僕も恥ずかしいこと言いますね。さっきの春日部さんのクッションのを見てたとき、結構嬉しかったですよ」


「へ!? うれ……しい?」


「はい。だって、好きな人にそこまで思ってもらうのって、幸せですよね。春日部さんがそう言う所を見せてくれるのは、きっと……僕だからなのかな? だったら、それって幸せです。いいじゃないですか、重くて。重いんじゃなくて、相手に真っ直ぐ向き合ってるんですよ。ありったけで」


「あ……」


 私は我慢できずにそのまま泣きました。

 遠藤さんはそんな私の涙をハンカチで拭いてくださってます。


「僕だって結構重いですよ。だって、真白さんの涙拭いたハンカチ……洗わずに取っとこうかな、って思ってるんだから……って、顔から火が出そうですね、これ」


「そんな……それで良ければ毎朝涙拭いたハンカチ、お届けします。……あと……有難うございます。あの……始めて……『真白』と呼んでくださって」


「あ、そうだ! ……いや、すいません。もうちょっと時期を見て、と思ったんですが」


「ううん、嬉しいです。天にも昇る心地……好きな方に名前で呼んでいただくのって……夢でした。あの……えっと……できればでいいのですが、遠藤さんも……」


 目を泳がせながら挙動不審にキョロキョロしてると、遠藤さんが優しい微笑でうんうんと頷いて言いました。


「良かったら、僕の事も名前で」


「はうあ! えっと、じゃあ……しゅ……しゅうい、しゅう……修一しゃん」


「はい、真白さん」


 はああっ!?

 叔母様、天国のお婆様!

 見てらっしゃいますか!

 この真白……ついに彼氏と名前で呼び合ってます!

 嬉しい……


「へへ……末永く、よろしくお願いしましゅ……」


「こちらこそ、よろしくお願いします。末永く」


「はい。修一さんが天国に旅立たれるその瞬間まで……いいえ、天国でもあなたの傍にてお守りします。生涯あなただけです」


「い、いや……その段階はまだ早……でも、下の名前で呼ぶと、お付き合いする実感が凄いですね……そうなると、真白……さんの職場の男性とか、気になっちゃうな……って、ほらね。僕も結構重いでしょ?」


「いいえ、嬉しくて気を失いそうです。ご心配なく。もし、他の男性にこの身を奪われそうになった際は、喉を切り命絶つ覚悟です。修一さんだけの真白ですので」


「へえ!? いやいや! それって戦国……あ、いや……有難うございます」


 その時。

 玄関でインターホンが軽やかな音を出しました。

 ふむ、また配達員様でしょうか。


「修一さん、少々お待ちを。この時間を一秒でも長く過ごしたいのは山々ですが、来客のようです」


「あ、僕が出ますよ」


「いえいえ、修一さんの彼女たるもの、病床の彼氏に代わり遠藤家として対応するのは当然の勤めです」


 そう言っていそいそと玄関に向かいました。

 えっと……「はい、遠藤です」って対応したほうがいいのかな?

 ですよね! だって、遠藤家に居るのですから。彼女なのですから。

 でも、これって……まるで「妻!」

 ああ、何たる重要な勤め。


 えへへ……嬉しいな。

 新妻に見てもらえるかな……へへ。

 

 さて、呼吸を整え……って、はうあ! インターホンが何度も!

 いけません、のんびりしすぎてました。

 

 って、ひゃああ!

 さっき急いで向かったので、白装束が乱れて胸元が!?

 いけませんよ、これは。

 万一男性の方で見られていたならば、その場で舌を噛み切って……


 と、背中を向けて装束を調えているうちに何故か玄関の鍵が勝手に開き、勢い良くドアが開く音と共に、背後で声が聞こえました。


「シュウ! 姉がお見舞いに来てやったのに、ドア開けないっていい根性ね! 罰として、背中に氷を……って……あなた……だれ?」


 はへ?

 あ……ね?


 私はゆっくり振り向くと、そこに立っていた女性に向かって混乱しきった頭で言いました。


「あの……遠藤真白です……末永くよろしく……」

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