重い彼女ってダメですか!?(2)

「さて……じゃあ、姉さん。本当に大丈夫なんだろうな」


「うん、大丈夫。私も学習するんだよ。人って行きつ戻りつしながらでも、ちょっとづつ前に進むんだから」


「そのセリフ、小学校の頃から何回聞いたか……ま、俺としては修一さんを信じるしかないが」


「姉を信じてよ。ほんと酷いよね……」


「姉さんがフラれて大号泣するの、マジでメンタルに来るんだよ。あの泣き声と来たら……とにかく、俺の言ったことキッチリ守れよ。もう着物は封印! 後、髪の毛を入れたプレゼントも封印!」


「ほんと、ありがとね。持つべき者は弟だよ。昴もお友達とのドライブ、楽しんできてね」


「本当は姉さんの方が気になるけどな……」


「ダメだよ、弟とはお付き合いできないんだからさ。生まれ変わって、赤の他人同士で出会ったら考えよ」


「そんなんじゃねえよ! ってか、そんなとこまで重いんだな……」


 そう言って昴は出て行きました。

 ふむ、可愛い弟で良きことです。


 さて……さ、さて!

 春日部真白、いよいよたった三時間後には一世一代の晴れ舞台へ!

 今度こそは重い女は卒業し、修一さんに喜んで頂けるような「普通女子」となるのです。

 大丈夫、そのためのイメトレもバッチリ。


 では、その第一段階。

 お着物はもう卒業。

 普通女子はファッションから彼氏の好みに合わせる物、との昴からの助言に従うとしましょう。


 修一さんの好みはノート一冊にまとめられるくらいにリサーチ済み。

 それによると、修一さんは某ロボット物のアニメが大層お好きとの事。

 中でも、主人公の少年の仲間の無表情でクールなしゃべり方の美少女がご贔屓と。

 

 なので、お付き合いが決まってからその帰りに……買ったのです。

 真っ黒な地にその少女の絵柄がフルカラーで全面プリントされたTシャツを。


 これが私の勝負服。

 もうお着物は卒業です。

 修一さんも一目で心奪われることでしょう……くふふ。

 しかも、街ゆく普通女子っぽいでは有りませんか。


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


『スノーホワイト先生『おはよう、悪魔』連載完結お疲れ様でした! もう……朝から涙が止まらなくて、弟をたたき起こしてこの感動を分かち合いました。私も好きな人が居るのですが、ココア先生から学んだ手法を決して忘れずに告白して見せます。結婚式ではぜひスピーチを』


 待ち合わせ場所に着いた私は、ヨミカキにて先日最終話を書き終わった我が著作「おはよう、悪魔」へのコメント返しを行っていました。

 うう……皆様、こんなに沢山のコメント……

 こんなにご愛顧頂きこの真白、世界一の果報者です。

 特にこの「乙の葉」様は、第一話からココアちゃんを「先生」などと呼ぶ熱の入れ具合……感謝します。


 と、目を潤ませながらコメント返しを書き終わったのですが……はて? なんでしょう。

 気のせいかどうも様々な方から視線を集めているような……


 ふむ、もしかして……この少女のTシャツがそんなに私に合っているのでしょうか。

 くふふ……やりましたね、真白。

 いきなり修一さんへのポイントを大幅に稼いでしまったではありませんか。


 そんな私の耳には若い男性の「アイツ、ヤバくね」と言う声が聞こえてきます。

 ふむ、あの言葉の意味は確か「かなり良い感じ」でしたね。

 いえいえ、そんなそんな……照れるではありませんか。


 今日は記念すべき初デート。

 はてさて、どのような天にも昇る時間が……って、はうあ! すっかり忘れてました!

 初デートではありませんか……だったら……


「そうです、初デートと言うことは、手を握る。いえいえ……初のキス……ああ! 男性とキスする時のマナーを調べておかねばなりませんでした……ああ、私のばか!」


 私は急いでスマホを取り出すと、キスについて調べましたが……へ?


「えっと……フレンチ? ディープ? 何ですかこれは? ……へええ!? し、舌!? 舌って……味覚を感知するだけではないのですか!? お、落ち着くのです。まだ時間まで20分もあります。残り時間でキスの作法を完璧に……」


 と、思いながら視線を何気なく上げると、5メートルほど先に修一さんのお姿が!

 なんたる……もはやこれまで!


「あ……今日は有り難うございます。すいません、急にお誘いしちゃって。それに、何か一生懸命お調べの所を……邪魔しちゃって」


「と、と、とんでもないです! ちょっとキスの作法を……」


「へ? キス?」


「ひゃああ!? いいえ、何でも無いのです! ちょっと最近大好きなスマホゲームがあって、その事です」


「そうですか……でも春日部さん、いつでもお元気なので素晴らしいですね。所で今日は……結構新しいですね……その……服」


 はうあ! 

 修一さん……生まれ変わった私を……褒めてくださってる!

 ああ……幸せ……


「最近好みが変わりまして、はい。遠藤さんがこの子がお好きとのことで、私も大ファンになりました。今後はこのような服を着ていこうと思います」


「あ、そうなんですね……そっか……」


 あ、あれ?

 修一さん……何か、様子が……


「えっと……どうされたのですか? 何だか浮かないお顔を……」


 すると、修一さんは何やらじっと考えておられましたが、やがて私をじっと見て言いました。


「あの……実は僕、恥ずかしながら女性の方とお付き合いするのは初めてです。なので、ピント外れな事を言ってたらご免なさい。でも……僕は、春日部さんには自然に心地よく過ごして頂きたいと思ってるんです」


「はい、もちろんです。遠藤さんと居るときは、世界が滅亡する瞬間だったとしても世界一幸福な女として死ねます」


「僕もです。あの……だから、何というか……もし、僕に気遣って無理してるなら、それはなさらなくて良いですよ。その服も……今まで春日部さんがそういう服を着てらっしゃるのを見たこと無いので、僕に合わせようとされてるのかな、って」


「あ……」


「そのTシャツは春日部さんが心から着たい物ですか? そうなら、ぜひそのまま着て下さい。新鮮な魅力があって良い感じです。僕も大好きですし。でも、ちょっとでもご無理されてるなら、どうか……ご自分の一番お好きな格好を。あなたはご自分の事を『重い』と言われた。でも、僕はそんな重いあなたも丸ごと好きかもです」


 私は信じられない思いで修一さんの言葉を聞いてました。

 重い私も……好き。

 今までそんなこと、言われたことなどありません。

 いつも……愛する方の瞳の奥には動揺する光がありました。

 そしてその後には、悲しいお別れが……


 でも……この方は……ああ、この方の瞳の奥の光は……とっても綺麗。


「私で……いいのですか? こんな私のままで……」


「はい。僕は春日部真白さんが丸ごと好きです。だからぜひ……一番大好きなご自分を僕にも見せて下さい」


 そう言って優しく微笑む修一さんを見ている内に、ああ……また涙が。


「あの……じゃあお言葉に甘えていいですか? えっと……一度お家でお着替えできればと。和服は時間がかかるので、別の服を……」


「もちろんです。セッションは夜までやってます。ゆっくり行きましょう。じゃあお家に戻りましょうか」


「……はい!」

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