第43話 世界の心臓と、仲間たちの誓い

「行きましょう、みんな。私たちの、最後の戦いへ!」


 私の宣言に、仲間たちは力強く頷いた。私たちは、ノアが消えた祭壇の奥、世界の真実へと続く隠された通路へと、迷いなく足を踏み入れる。ひんやりとした空気が、私たちの昂った熱を静かに冷ましていくようだった。


 通路の壁は、ただの石ではなかった。触れると、まるで水面のように揺らめき、この世界の創造からの光景が、走馬灯のように次々と映し出されていく。初代国王アルトリウスが「星」と大盟約を交わす場面、王都が奇跡的な繁栄を遂げる光景、そして、その影で人知れず苦しみ、存在を蝕まれていった歴代の王たちの姿…。


『これが、王が払ってきた犠牲だ』

 どこからか、ノアの感情のない声が響く。

『君たちに、この何百年もの安寧を支えてきた理を、覆す覚悟があるのか?』


 その声に、ミラベルはびくりと肩を震わせ、ヴォルフガング中佐は悔しげに唇を噛んだ。

 私は、足を止めた。そして、仲間たち一人一人の顔を見つめて、言った。


「…ごめんなさい。結局、私個人の問題に、あなたたちを巻き込んでしまったわ」

 私の声は、自分でも驚くほど震えていた。リーダーとして、強くあらねばならない。でも、かけがえのない仲間たちを、世界の理そのものとの戦いという、あまりにも無謀な道連れにしてしまった罪悪感が、胸を締め付ける。


「…何を今さら、水臭ぇこと言ってやがる」

 最初に口を開いたのは、カレルだった。彼は、いつものように軽口を叩くが、その瞳は真剣だった。

「お前が一人で突っ走るから、俺たちが付いてきてやってるだけだろ。感謝しろよな、令嬢スパイ様」


「そうです! 花季様は一人じゃありません!」ミラベルが、涙を浮かべながらも、力強く私の手を握る。「花季様が行くところなら、それが世界の果てでも、地獄の釜の底でも、私、付いていきます!」


「リアナ嬢の選ぶ道が、我々の進む道だ。私は、君の信じる正義を、最後まで見届けると決めた」

 ヴォルフガング中佐の言葉は、短く、しかし何よりも重い覚悟が込められていた。


 仲間たちの温かい言葉に、視界が滲む。ああ、私は、本当に最高の仲間たちに恵まれた。

 私は溢れそうな涙をぐっと堪え、改めて前を向いた。「ありがとう、みんな」――その一言に、全ての感謝を込めて。


 通路を抜けた先は、息を呑むほどに荘厳な空間だった。

 まるで夜空をそのまま切り取ってきたかのような、巨大なドーム。壁や天井には、無数の星々が本物のように瞬き、その光が空間全体を青白く照らしている。そして、その中央には、巨大な水晶の樹のようなものが、静かに脈動しながら聳え立っていた。あれが、この世界の「中央システム」…。


「ようこそ、イレギュラーたち。ここが、世界の心臓部だ」

 システムの前に、ノアが立っていた。彼は、まるでずっと昔からそこにいたかのように、静かに私たちを見つめている。


「ここから先へ進み、世界の理に触れたいのなら、最後のテストを受けてもらう」

「テストですって?」

「ああ。この世界の“悲しみ”そのものである、番人のテストをね」


 ノアが、すっと手をかざす。すると、中央システムの水晶の樹から、黒い影が、まるで粘度の高い液体のように溢れ出した! それは、みるみるうちに一つの形を取り、巨大な、禍々しい「影の怪物」となって、私たちに向かって無音の咆哮を上げた!

 それは、歴代の王たちが背負ってきた、歪みと苦しみの集合体。絶望そのものが、形になったかのようだった。


「総員、戦闘態勢!」

 ヴォルフガング中佐の号令と共に、最後の戦いの火蓋が切られた!


「鉄壁の守りなど、この歪みの前では無意味だ!」

 ヴォルフガングの盾が、怪物の振るう影の爪によって、いとも容易く弾き飛ばされる!


「ちっ、実体がねぇのかよ!」

 カレルの短剣もまた、影の体を空しく切り裂くだけだ。


「花季様! あの怪物の胸に、高密度の魔力反応があります! おそらく、そこがコアです!」

 ミラベルの分析が響き渡る!


「コアですって…!」

 私は、怪物が再びヴォルフガングに襲いかかろうとするのを見て、咄嗟に彼の前に飛び出した!

「リアナ嬢、危ない!」

 影の爪が、私を捉えようと迫る!


 その瞬間、私の体を、カレルが突き飛ばした。

「カレル!」

 私の代わりに、影の爪はカレルの体を深く抉った!

「ぐっ…ぁ…!」


「へっ…」カレルは血を吐きながらも、不敵に笑った。「こんなこともあろうかと、思ってたぜ…」

 彼の傷口で、ミラベルが事前に渡していた『友情のキラキラ☆自動応急処置パッチ』が、健気にもピカピカと光りながら、傷を塞ごうと奮闘している!

「ミラベルのやつ…たまには、役に立つじゃねぇか…!」


 リアナたちの、非合理的で、無駄が多く、しかし互いを必死に守ろうとする戦い。その全てを、ノアは無表情のまま、ただ静かに見つめていた。だが、その灰色の瞳の奥で、ほんの僅かに、これまでなかった光が揺らめいたことに、まだ誰も気づいてはいなかった。


 私は、カレルとヴォルフガングに守られ、ついにシステムの制御核の目前へとたどり着いた。

「今よ、ミラベル!」

「はいっ!」


 ミラベルが、隠れ家から持ち込んだ別の装置のスイッチを入れる! それは、王都各地に設置した、魔力循環を調整するための小さな装置と連動していた!

「見てなさい、ノア!」

 私は、目の前の巨大な水晶――制御核に、そっと手を伸ばした。

「これが、私たちの選ぶ、誰も犠牲にならない未来の、始まりよ!」


 私が制御核に触れた瞬間、まばゆいばかりの白い光が、世界そのものを包み込んでいった――。

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