第5話 災難の婚礼
花嫁姿で
礼拝堂の最前列に子どもたちはお人形のようにお行儀よく座っていた。色とりどりのきれいな服を着せられて、窮屈そうに。レオとアンの双子はレモン色の洋服。女の子のアンはさらにレモン色のリボンを頭につけている。マックスは黒い礼服を、ハンナはピンクのドレスを着て、ピンクのドレスを着たウサギのぬいぐるみを連れ回していた。
「ポールは一体いつ来るのかしら」
クラリッサが待ちかねて誰にともなくそう問いかけた。
さすがに
こんな屈辱ってあるかしら。フィーリアのこわばった顔。それにレオの整った、憎悪にゆがんだ顔。見たくない、見たくない、絶対に!
老いた召使いのジョージが主人を呼びに行こうとした矢先、ポールが現れた。千鳥足でお酒のの匂いをただよわせ、服をだらしなく着崩している。薄青い、ギラギラとした目が祭壇を見ていた。
どうやって婚礼の儀式を終わらせたのかは、もう思い出せない。これからの結婚生活を思うとあまりに憂鬱だった。目の前で行われている儀式なんかそっちのけで、心の中でポールのことを、元凶のダリアを思いつくかぎりの悪口で呪っていたのだ。
気がつくと、みんなで大広間の石のテーブルを囲んで座っていた。ご馳走が次々と運ばれてくる。七面鳥、
ポールは無言でひたすらワインを飲んでいる。
不意にレオと目が合った。慌てて目をそらす。こんな悪魔じみたクソガキは、何をやらかすかわかったものじゃない。だから、無視するのが一番なのだ。
けれど、彼は立ち上がって近づいてききて、宮廷風のお辞儀をした。
「母上、この前の無礼をお赦しください。あなたに大変失礼な態度でした……」
かしこまってはいるが、誰かに言うよう説き伏せられたような言葉だ。
私はしばらく少年の顔を見つめていた。美しく、表面上は穏やかな顔。服従、いや説得に応じたことに
「いいのよ、あなただって突然継母ができて驚いたでしょうし……」
そう言って、ちょっとだけ微笑む。
ヴァイオリンの音がなっていた。軽やかなワルツが流れている。
「よければ踊ってくださいませんか。謝罪を受け入れてくださったあかしに」
レオはダンスが上手だった。そしてワルツは楽しい。ステップを踏み、音楽に身を任せる……
私はレオの先日の
やおらガシャンという大きな音がする。音楽が止まった。
ポールが酒臭い息を撒き散らしながら、やってきた。レオの首根っこをつかんだかと思うと、床に突き飛ばす。
「この淫売野郎、ますます母親に似てきたな。なんの冗談のつもりだ?この城から出ていけ!」
ポールが怒鳴った。
レオは打ちつけた頬を手で押さえ、憎悪のたぎった目で父親を見上げている。
クラリッサがすかさずレオをかばった。この子に悪気はない。こんな吹雪の夜に自分の血を分けた子どもを追い出そうとするなんてあんまりだ、と。
「いいだろう、お前のことは赦してやる。マックス、ハンナ、立て。ハンナ、泣いてないで立つんだ。お前らは俺の子どもじゃない。だから吹雪だろうが、嵐だろうが洪水だろうが、今夜この城を出ていけ。今すぐにだ」
たちまち大騒ぎになった。ハンナは大泣きし、フィーリアが涙ながらに子どもたちを追い出さないように訴える。マックスは青ばなをたらしながら、ポールの手に噛みついて大暴れした。
クラリッサはレオの背中に手を添えて、静かに大広間を去ってゆく。
「幼い子です。せめて明日の朝まで待ってやってください」
私もさすがにマズイと思って、うわずった声でそう言った。朝までにはほとぼりも冷めるだろうけれど……
だが、彼は耳を貸さなかった。あわれなマックスとハンナは
フィーリアが兄の足元にひざまずいて、泣いている。お願いよ、可哀想なあの子たちのことをほんの少しだけでも、思いやってちょうだい、と言いながら。
私は呆然として夫に抱き上げられて、初夜の部屋に向かっていた……
子どもたちの泣き声が頭から離れないのだ。なんとかしてあげないといけない。あの子達が凍死しないように……
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