第4話 邪悪な美少年
婚礼衣装はきれいな若葉色のドレスだ。ストンとした形のガウンに金鎖のベルトを合わせるのだけれど、キャサリンが着るとどうしても貧相に見える。
「似合っているわ」
鏡の前でぼんやり立っていると、クラリッサが近づいてきて肩に手を置いた。
作り笑顔でこちらを見る。
「
ドレスはクラリッサとフィーリアで用意したのだという。まさか、花嫁がこんなに痩せているとは思わなかったのだろう。デコルテ部分など、食べ終わった後、食卓にほったらかしにされているチキンみたいだ。
「あなたも綺麗だわ。ドレスを脱ぐのに手を貸すわよ。婚礼は明日の晩ですからね」
王妃は刺すような視線を私に向ける。
鏡の中を盗み見ようとする。
「レオ!」
クラリッサが鋭い声で叫んだ。
木製のピアノの下から赤毛の少年が飛び出してきた。部屋の隅に立って、いじけたような目でこちらを睨んでいる。
美少年だった。ゆるくカールした赤毛に小悪魔じみた緑色の瞳。クレオパトラだって嫉妬しそうな、端正な鼻。
歳の頃は背丈から推測して十三歳くらいだろうか。なんだかひどく大人びた
「なんて行儀の悪い子でしょう。三年前に会った時からちっとも変わっていないのね。さぁ、出ておいきなさい。まったく、立派な淑女が下着姿でいるところを、どういうつもりですか」
クラリッサが赤い頬をさらに赤くして叱責する。
「母さんの
レオがニヤニヤしながら言う。
私は悪意に満ちた少年の言葉にショックで、いっしゅん
クラリッサが甲高い声で使用人を呼んだ。伯母に
「あの子の言ったことは気にしないでちょうだい。度の過ぎた冗談ね……」
そんなこと言われても、気にしないでいられるわけない。だって、あんまりにパンチがききすぎていたもの。
一体どんな生まれの少年が自分の母親を娼婦だと言って
しかし、クラリッサはそれ以上レオのことに触れようとしなかった。ため息をつくばかりで……
「明日、あなたと弟の婚礼が終わったら宮廷に帰るのよ。夫のもとに……」
クラリッサが振りむいて言った。顔にはどんよりとした疲労の色が浮かんでいる。
「宮廷はきっと大変な場所なのでしょうね。私などの想像には及びませんが……」
当たり障りのないことを言った。
「何もかも大がかりで
友達になろう、だなんて。嫌な予感がする。こういうことを言う人と実際に友達になれたことはなかった。
そういうわけで私はいきなり王妃の友人になったのだ。
図書室に入ると、フィーリアが革表紙のぶっとい本を書見台において黙々と写本していた。真っ白なドレスと首元の真珠、
「フィーリア、聞きたいことがあるの。率直に言ってちょうだい。だってポール・アッシャーと結婚するんだもの。本当のことを知っておかないと……」
フィーリアが戸惑ったように視線をさまよわせ、ショールをきつく巻きつける。
「そうね。あなたには知る権利があるわ。ダリアのことでしょう?でも、聞かれるのが怖かったのよ。本当のことを知ったら婚約を破棄してしまうんじゃないか……。一目見てあなたなら兄と上手くやれるんじゃないかって思ったのよ。兄を救ってくれるって……」
「真実を知ったところで、私には帰る家はないわ。ずっとネズミだらけの屋根裏部屋で暮らしていたんですもの。だから正直に話して大丈夫よ」
フィーリアは簡潔に語ってくれた。
ポールにはダリアという前妻がいた。美しいが悪い女で、九人の男と浮気やら駆け落ちやらを繰り返し、遂には王の愛人となってこの城を出ていってしまったのだ。
ポールはダリアの仕打ちに傷つくばかりで、ますます自堕落な生活にのめり込んでいった。賭け事で借金を作っては、酒をあびるほど飲む。前妻の残していった子どもが四人いたが、ろくに面倒を見ようともしない。
アンとレオの双子はポールの子どもだが、弟マックスと妹ハンナは違う男が父親なのだという。
「可哀想な兄さん」
フィーリアは目に涙を光らせて言った。
話に聞くとたしかに可哀想な人だ。でもどうしたらいいことやら。あわれな子どもたちに自滅的な男、そして私、貧乏貴族の娘のキャサリン・トゥーチ。
近いうちに王妃に「真の友情」を試されることになるだろう。そう考えるとものすごく憂鬱だった。
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