第3話 やらかし Part.Ⅰ

「うわぁぁぁ!!」


はぁー、はぁー...。なんだよ、夢かよ....。俺ってこの歳になってもホラー見てしまうのかよ。あー、朝から病みそう。壁にかけられていたアナログ時計を見ると、2時と3時の間をちょうど重なっていた。もちろん外を見てみると明るいのはいうまでもなかった。


俺は、トイレと顔を洗いに行こうと床に足をつけるとクシャっと何かが擦れた音がした。下を見ると、白色のビニール袋が俺に足にくっついていた。片方の足を何もない床につけて片足でヒョイっとビニール袋をとる。少々イラつきがあったが、寝不足のせいなのか俺はそんなことがどーでもいいと思っていた。周りはペンやビニール袋が散らかっているが爪先立ちで容易に歩く。トイレと洗面台で用を澄ますと、クローゼットを開ける。そこには、無数のコートとズボンがかけられている。そこから、いつものフード付きの黒のコートとシャツ、サルエルパンツをとる。こんな時間はいつもなら張り切っていく人が多いと思うが、俺は違う。ただ、虚しいのだ。なぜ虚しいのか、着替えている間にサクッとお話しするとするか。


俺は、ラノベでよくいう異世界転生異世界転生というものを行なってしまった。原因は深夜でのこと。まだ高校生だった俺は、親の諸事情で一人暮らしになっていた。自分としてはのそのそと今までと変わりない生活をしていた。そんな俺だが、一つだけ『楽しみ』があった。


それは、深夜アニメだ。毎週金曜日の午後11時半に俺の大好きなアニメである『プロンプト=ザ・ワールド』というアニメが放送されていた。元々ネット漫画の最優秀賞をとっており、なかなかに知名度が高い漫画をアニメ化したもので俺は原作から読んでいる。また、アニメの方はこの世で俺がめっちゃ推している声優さんが主人公役を演じているということから、リアタイで見ることが唯一の楽しみだった。


そんなある日のこと。俺は、家計費維持のためバイトしていたのだがその現場で事件は起こった。


「金を払えーーー!!」

「キャァァァァ!!!強盗よー!!!」


午前10時半、バイト先で強盗が起きた。店内に響き渡る怒号と悲鳴。まさかこんな田舎のコンビニで強盗事件が起こるなんて、夢にも思っていなかった。レジにいたパートのおばちゃんは顔面蒼白で震えている。犯人は目出し帽を被り、片手にギラリと光る包丁を握りしめていた。


「早く金を出せ!もたもたするな!」


低い声が店内に響き渡る。俺は奥の棚で品出しをしていたのだが、足がすくんで動けない。心臓がバクバクと音を立て、全身から冷や汗が噴き出す。どうしよう、何かしないと。でも、下手に動いて犯人を刺激したら、おばちゃんに危害が及ぶかもしれない。


頭の中で様々な考えが渦巻く中、犯人は苛立ちを隠せない様子でレジカウンターを叩きつけた。


「早くしろって言ってんだ!」


その時、店の自動ドアが開き、常連のおじいさんが入ってきた。


「やあ、いつものタバコを…って、こりゃあ一体…?」


おじいさんは状況を理解するのに数秒かかったようだったが、次の瞬間、信じられない行動に出た。手に持っていた新聞紙を丸めると、渾身の力で犯人の頭に叩きつけた。


「こら!何をしとるか!」


予想外の出来事に、犯人は一瞬動きを止めた。その隙をついて、レジのおばちゃんが非常ベルのボタンを押し込んだ。けたたましいベルの音が鳴り響く中、犯人は一瞬怯んだものの、すぐに我に返って逃げようとした。その時、レジのおばちゃんが「きゃあああ!」と悲鳴を上げた。犯人が逃げる際に、おばちゃんの方へ包丁を振り上げたのだ。


考えるよりも先に体が動いていた。俺は咄嗟におばちゃんの前に飛び出し、両腕を広げて庇った。


「やめろ!」


俺が犯人を庇った瞬間、鈍い痛みが左腕に走った。熱いものが流れ出す感覚。犯人の持っていた包丁が、俺の腕を切り裂いたのだ。


「チッ!」


犯人は舌打ちをし、そのまま店の外へと走り去っていった。


床に崩れ落ちる俺。

「おまえさん…!」


おばちゃんは、震える声で俺の名前を呼ぶ。


俺は自分の左腕を見た。鮮血が滲み出て、床に赤い水たまりを作っていく。痛みは徐々に強くなってきたけれど、おばちゃんが無事だったことに安堵していた。


「大丈夫…ですか?」


掠れた声で問いかけると、おばちゃんは涙ながらに何度も頷いた。


騒ぎを聞きつけた近所の人が集まってきて、店内は騒然となった。誰かが警察に電話をかけ、救急車も呼ばれたらしい。朦朧とする意識の中、俺はただ、おばちゃんが泣きじゃくる声を聞いていた。まさか、バイト先で強盗に刺されるなんて。今日の家計費の足しにするはずだったバイト代は、治療費に消えることになるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた。


周囲の騒がしさが、遠くの音のように感じ始めた。左腕の痛みはズキズキと脈打ち、熱い血が流れ出る感覚が鈍くなってきた。代わりに、冷たいものが体の中を這いずり回るような、嫌な感覚が広がっていく。


「しっかりして!救急車はもうすぐ来るから!」


誰かの焦った声が聞こえる。おばちゃんが必死に俺の名前を呼んでいるようだったが、うまく聞き取れない。目の前がぼやけ始め、意識が遠のいていくのを感じた。


息が苦しい。肺が締め付けられるように、空気がうまく吸えない。ゼーゼーという自分の呼吸音が、耳元で大きく響いている。


「おい!しっかりしろ!」


肩を揺さぶられているような気がするが、体が重くて動かせない。まぶたがどんどん重くなり、開けているのが辛い。


最後に見たのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたおばちゃんの顔だった。


「ごめんね…ありがとう…」


かすれた声でそう呟いたのが、自分だったのか、それとも頭の中で聞こえた幻聴だったのか、もう分からなかった。


意識が深い闇へと沈んでいく。体の感覚がだんだん薄れていき、呼吸も浅くなっていく。もう、息を吸うことすら、無理難題に感じた。


遠くで救急車のサイレンの音が聞こえた気がしたが、それもだんだん小さくなっていく。


ああ、俺はここで、死ぬんだな。

そんな考えが、最後に頭をよぎった。

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