第十七章 蘇りの回廊

第十七章 蘇りの回廊


第八階層を越え、彼女たちは“冥府宮”と呼ばれるこの巨大な迷宮の、さらに深奥へと足を踏み入れた。


そこは、まるで死者の記憶が集積した巨大な神殿のような空間だった。


「……空気がまた変わったね。ここは……さっきより重い」


クレアがそう感じ取ったのも当然だった。第九階層“蘇りの回廊”は、過去にこの迷宮で命を落とした者たちの霊魂が漂う場所。

魔の気配とともに、“未練”のようなものが充満している。


「うわぁ……またお化け屋敷みたいなとこだぁ……」

シルカが怯えた声を漏らしながら、ルシフェリスの背にぴったりと張り付いている。


「前の階もそうだったけど……なんでこう、じわじわ精神に来るタイプのエリアが続くのよ」


クリスが苦い顔をしながらも、掌に火の玉を浮かべて周囲を照らす。


サタナエルはすでに前を歩きながら、霊気を察知するように剣の鍔に手を置いた。


「……来るわよ。しかも……普通のアンデッドじゃない。生前の記憶を持っている個体が混ざってる」


「記憶を持った……?」


ルシフェリスは視線を上げる。すると、通路の奥から、ゆらりと揺れる霊気が姿を見せた。


それは、かつての冒険者――いや、“死せる冒険者たち”だった。

剣士、魔術師、僧侶、盗賊……そのいずれもが、朽ち果てた肉体をまといながらも、未練に縛られ動いている。


「進む者に問う……おまえたちは何を求めて、なおその剣を振るうのか……」


まるで誰かの口を借りるように、アンデッドたちが言葉を放つ。


「それを問う資格が、死んだ側にあると思ってるのかしら」

クリスが苛立ちを隠さず詠唱を開始する。


「理由なんて後からついてくる! 今はただ……前に進むだけ!」

サタナエルの号令とともに、戦闘が始まった。


**


この階層での戦いは、これまでと違っていた。

かつての冒険者の魂をもつアンデッドは、各職の技術を正確に再現し、時には連携すら行う。


特に、一体のアンデッドナイト――その戦い方は、まるでかつての騎士団の戦術そのものだった。

ルシフェリスは、その構えに見覚えがあることに気づいた。


(……あれは、かつて私が……)


思考を断ち切るように、剣を交える。

かつての記憶と、今の自分とが交錯する中で、彼女は迷わず斬り伏せた。


「……安らかに」


その一言に、霊の残滓は静かに霧散した。


**


幾度もの戦闘を経て、一行は階層の最奥へと辿り着いた。


そこは「魂の泉」と呼ばれる場所だった。地面の亀裂から、青白い光が湧き上がっている。

泉の中央には、巨大な石像が立ち、封印を施すように両手を合わせていた。


「この像が、次の階層への鍵……?」


ルシフェリスが近づこうとしたとき、泉から伸びた霊気が彼女に絡みついた。


「っ……!」


だが、次の瞬間――

彼女の手にある聖剣ゼル=レグナが微かに共鳴し、霊気を祓った。


「……道は、開かれたようだね」

クレアが安堵の表情を浮かべる。


「でも、まだ何か……この階、何か置き土産がある気がする」


そう言ったのはサタナエルだった。


**


そして、石像の背後から出現したのは、かつて“英雄”と呼ばれた冒険者の亡霊――

彼はこの迷宮に挑み、命を落とした者の一人であり、今はそれすら忘れて剣を振るっていた。


「最期の番人……ってわけね」


クリスが構える。


「わたし……負けない。あんなふうにはならないって、約束するから」

シルカも目を伏せて呟いた。


激しい戦いの末、亡霊の剣は砕け、魂は解き放たれた。


「ありがとう……旅人たちよ……」


声だけが、静かに残り、霧散していった。


**


新たな階段が出現する。


その先は――最終階層、第十階層。

闇の中心、そして全ての終着点。


だが今はまだ、誰もその深淵の姿を知らない。


「……次で、終わりかもしれないわね」


「かもね。でも、最後の最後まで、私たちは私たちよ」

ルシフェリスが静かに言い、仲間たちはそれぞれに頷く。


いよいよ、旅の終わりが近づいていた。


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