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 捜索隊は模倣草原を横断し、地割れのような裂け目――第二層への降下口にたどり着いた。


「降りるぞ。各自、周囲に気を配れ」


 ヴァシリの合図で、隊員たちは順に慎重に降下を始めた。ギルバートもその中に混ざり、グレイのすぐ後を追う。岩肌には光る苔が斑に張りつき、所々に張り出した鉱物の結晶が硬質な音を立てる。菌石洞窟という名前の通り、内部は草原とは打って変わって湿り気を帯び、ぬるりとした空気が肌にまとわりつく。時折、水滴が岩天井から落ち、静寂の中に淡い音を残していた。

 全員が降下を終えたのを確認し、ヴァシリが口を開く。


「この先に待機所がある。たどり着いたらそこを拠点として、いくつかの班に分かれて探索を行う予定だ」

「待機所?」

「ダンジョンへやってくる冒険者のため作られた施設だ。食料補給や地上との連絡、簡単な傷の手当も行える」

「…なるほど。ご教示、感謝する」


 ギルバートがぽつりと漏らした疑問へ、グレイが静かに答える。

 ギルバートは、王立近衛騎士団の一員だ。騎士団の仕事は主に王族の護衛や魔物の討伐で、過程で幾ばくかの戦闘経験はあるが、ダンジョンへ赴いたのはこれが初めてだった。これまでの経験は、おそらく何も役に立たない。自分の知識不足を恥に思いつつ、素直に頭を下げる。同時にすこし、不満が募った。権威の高い騎士団に所属している、というプライドが、どうにも──突然現れた、おそらく自分より若い、子供のような見た目を持つ人間に対し、素直になることへの邪魔をする。


 抱えた複雑な感情とは正反対に、ダンジョン内部は静かだった。

 進んでいくと、足元は石畳のような地形に変化する。天井には鉱石のほか、自然石とは思えぬ滑らかな曲面が現れるようになり、時折、魔力により苔や菌類が発光している箇所もあって、まるで呼吸しているかのように明滅している。

 途中、何度か枝道が現れたが、先導するグレイは立ち止まらない。選んだ道は、迷いのない一筋だった。


「これが、案内できるってことか」

「言っただろう。グレイの知識は庁内随一だ」


 ギルバートが思わず漏らした言葉に、ヴァシリが付け加える。無言のまま正確な歩を進める様子は、不思議と地図を持つ者よりも信頼できた。


 しばらく進んで、一行はようやく待機所に到達した。ひらけた空間に佇む、鉄の枠に木材が組まれた簡素な建物。国が管理するダンジョンでは、数日の調査が可能なよう、こうした拠点が点在している。ヴァシリが先導し、扉を開けると……当然のように、人の気配はなかった。しかし内部は荒れておらず、床にうっすら埃があるだけで、調査隊が数日前までここにいた痕跡がはっきりと残っている。調査隊行方不明の知らせを受けてすぐにダンジョンを閉鎖したのは、間違いではなかったようだ。

 ふと、ギルバートは周囲へ視線を巡らせる。小屋の中に残された地図やメモからなんとか痕跡を辿ろうとする職員たちの中に、あの小さな奴がいないことに気がついたからだ。


 目的の姿は、すぐに見つけることができた。グレイは、はるか前方の通路で片膝をついていた。気配も消さずに近寄ると、灰色の瞳がギルバートを一瞥する。


「ここに足跡が複数名分。時間は経っているが、踏み固められている」

「調査隊はこの奥か?」

「おそらく」

「あっ、おい待て」


 静止も聞かず、グレイは通路のさらに奥へ進む。ダンジョン初心者のギルバートにも、こういった場所で単独行動をする、ということの危険さくらいはわかっていた。小屋を調べている仲間たちと離れすぎるのは良くない。だが、ここでこいつを放っておくのも、きっと同じくらいに良くない。

 この案内役、追いついたら文句の一つでも言ってやる。地表を這いつくばる苔や、見たこともないような植物には目もくれず、意気込みながら足を進めると、追いついた小さな背中はまた、明かりも灯さず、地面を一生懸命に見ていた。


「お前なあ、あんまり勝手に動き回ると」

「三つが左、もう一つが右だ」


 なんのことだかわからなかった。首を傾げながら、手に持ったランダンを高く掲げてようやく、ギルバートは眼の前にある分かれ道に気がついた。片方は、魔力で光る苔でぼんやりとその輪郭が見えるが、もう一つは、飲み込まれそうな暗闇がどこまでも続いているように見える。グレイの手袋が、地面へかすかに残された足跡をなぞった。足跡は二つに別れ、うち一つが暗闇の向こうに消えている。


「…ここで別行動を?」

「通常ではありえない。調査隊は常に四人一組で行動をしていたはずだ。…しかし」

「グレイ! ギルバート!」


 ヴァシリの声だ。そこでようやく二人は顔を合わせ、来た道を引き返す。



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