その28 ないのが根拠
「本当のことを……言ってくれませんか?」
私は豪華な応接間で、その人物に言った。
始まりは、一本の電話だった。
冬の晩、マンションの一階の一室で医大生である男性の遺体が発見されたというのだ。
通報してきたのは、医師であるその父親だった。
彼は近くに寄る用事があったので、ついでに息子の様子を見ていこうと思ったのだという。
現場に急行すると、第一発見者の彼が待っていた。何度インターホンを押しても応答がなく、鍵が開いていたので中に入って発見したそうだ。
遺体は喉を深く切られており、凶器はその場に落ちていたナイフだったが――ナイフからは指紋が拭き取られていたため、他殺と断定。
ドアも窓も施錠されていなかったが、通路の防犯カメラには死亡推定時刻の二時間後に父親が入るところしか記録されておらず、一階だったこともありベランダから侵入したとみられた。しかし、現場にはそれ以上の痕跡はなかった。
金品が全く荒らされずに残っていることから、
捜査は
「我々は、他殺だと考えてその手掛かりを探しましたが……見つかりませんでした」
「それは警察の捜査不足でないのかね?」
その人物、第一発見者である被害者の父親は不機嫌そうに聞いた。
「いいえ、そもそも手掛かりなんてある訳なかったんです」
「おやおや、責任転嫁か。日本の警察も落ちたものだ」
私は気にせずに続けた。
「なぜなら、これは殺人事件ではないからです」
その言葉に彼の目が見開かれた。
「被害者は、代々医師の家系で自分が不出来であると度々嘆いていたそうです。今の医大も二浪してなんとか合格して、講義に付いて行くのも困難だったとか」
そこで言葉を切って、様子を見る。
「彼は、このままだと単位を落として留年になると焦った……地元では名家として名が知られていたことも拍車をかけた……そして、あなたが来るかもしれないその日に自ら命を絶った」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……息子が自殺だと言いたいのか!?」
「そうです。防犯カメラの映像によるとあなたが部屋に入られてから、十数分後に警察に通報していますね? その間、何をしていたんですか?」
「そ、それは気が動転して……よく……」
「お医者さんなら、血や遺体を見るのは珍しくないのでは?」
「だからと言って、実の子は別だろう!?」
「確かにそう言えるかもしれませんが、あなたはその間に他殺に見せかけようとしていたのでは? 事件前後に誰も出入りした痕跡がないのは、元々そんなものなかったからでは?」
「それは……」
彼はそれを渋々認めた。
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