その6 日課

「さあ、行こうか?」

 老人は柴犬にそう声をかけた。犬は嬉しそうにしっぽを振って寄ってきた。

 こうして、老人と犬は日課に出かけた。


 住宅街では、警察官が聞き込みをしていた。

 近頃この辺りで、下着泥棒が多発しているとのことだった。

 それについて目撃証言を探していたが、結果はかんばしくなかった。古くからの住宅街ということで、監視カメラを設置している家も少ない。

 怪しい若い男が居たという証言もあったが、実際に犯行現場を見たという人は皆無。決定打になるものは何もなかった。

 その時、柴犬を散歩している老人を見かけたので声をかけた。

「すみません。ちょっと伺いたいのですが……」

「はい、なんでしょうか?」

 老人はハッキリとした声でそう答えた。

「最近、この辺りで多発している下着泥棒についてご存じですか?」

 それから、警察官は老人に詳細を説明した。

「それについて、何か気付いたことはありませんか?」

 警察官は最後にそう聞いた。

「さあ……私は散歩の時にこの辺りを通るだけですから、特には……」

 どうにも歯切れの悪い返答だった。

 だが、警察官はそうだろうなと納得した。たまたま通りかかった人が都合よく情報を持っている方がまれだ。それでも、聞かずにはいられなかった。

「はあ、そうですか」

「はい、少なくとも私は何も……」

 老人はそう言って、少し困った顔をした。老人の連れている犬が、早く行きたいのかぐいぐいと引っ張っている。

「ありがとうございました。ご協力に感謝します」

 警察官はこれ以上得られるものは無いと思い、話を切り上げた。


「やれやれ、先入観というのは恐ろしいものだな」

 犬を連れて歩いているだけで、誰もが犬の散歩だと疑わない。

 帰り着いた老人の家には、盗んだ下着の山があった。

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