第20話 繋がる想い

 誰もいなくなった大地を見下ろしたまま、大魔導師アークメイジは思考を切り替えた。


「……後は、逃がした小児が二人。逃がす? この我が逃げられたというのか? ありえない、ありえない!!」


 カインはシーアの手を引きながら走る最中、背後から凄まじい光が二人を照らし出した。


 恐らくは、クライン夫妻が唱えた何らかの魔法なのだろうということだけは理解している。


 直後に、圧迫するような気配が消えた。


 それはつまり、両親が子供を守ってくれたのを意味していた。


 クライン夫婦は、子供たちを守ることが出来たのだ。


 その事実に、カインとシーアは走りながらむせび泣いた。


 だが、突如として先ほどいた場所から、炎が空へと昇っていく。


 それは上空で収束し、まるで太陽のように、暗闇の空に浮かんでいた。


「何だ、あれは……」


「嘘みたいな魔力を感じる。あいつがやってるんだ……」


 太陽ソレはある程度の大きさを持つと急速に縮み出し、そして破裂した。


 その様は、水風船にも似ていた。


 入れすぎた水で風船が破裂して、中の水が飛散する。


 だが、今回はただの水ではない。


 大魔導師アークメイジが操る消えぬ炎である。


 空から降り注がれる雨のような火の粉。


 当然、それに少しでも触れれば終わりである。


「いけないっ!! 建物の中に逃げて!」


 カインは即座にシーアの言葉に従うと、近くにあった民家へと逃げ込んだ。


「触れちゃダメだよ。消せない炎みたいなの!」


「分かった。でもこのままじゃ、どこにも逃げられないぞ」


「この炎の雨が終わったら、ウチが魔法で飛べるようにする。空中なら燃えてる所なんてないからね」


「まったく。流石だよ、シーア」


 だが、シーアは顔を伏せてカインに謝罪した。


「ごめん……ウチが素直に避難所に行ってれば、カインまでこんな目に合わさずに済んだのに……」


「……誰だって心配ならそうするさ。大切な家族だしな」


「カイン……」


 シーアは、カインの腕に縋りつきながら涙を流した。


 カインは、シーアの肩に手を置くと、優しく彼女を抱き寄せる。


「見つけたぞ」


「――――!?」


 大魔導師アークメイジが突如空から降下して、二人が隠れた民家の上空で静止した。


「この炎は、我の思うがままと言ったであろう。即ち、コレが観る景色は全て我も観ているのだよ」


 地に降り注ぐ火炎が総じて、シーアめがけて飛んできた。


「まずは小娘、貴様からだ!!」


 突然の出来事に、シーアは動くことが出来なかった。


 カインは、咄嗟にシーアを自分の元へと引き寄せたが、不幸にも彼女の左手を火炎が掠めていった。


「あ――――ッ!!」


「シーア――ッ!!」


「しぶとい奴らだ。だが、これで――ぬッ!?」


 大魔導師アークメイジは、早急に自身の側面に炎の防御壁を展開した。


 直後、一つの流れ星が、大魔導師アークメイジに向かって激突した。


 そのまま勢いに任せて、防御壁ごと大魔導師アークメイジと共に民家へと突っ込んでいく。


 流れ星の正体は――


「ト……イ……さん……?」


 体の半分を炎に蝕まれても尚、トイはメイスを片手に大魔導師アークメイジへと振り下ろした。


 もう片方の手にあるワンドを振るい、カインとシーアに飛翔の魔法を掛ける。


「そんな体でよく留まる」


 焼きただれ、骨まで見えている体は、それでも力強く動いていた。


〝アンタ……あの子たちを……無事に…………〟


 遠くで息絶えるローザの声が、トイには聞こえた気がした。


 既に死に体でありながらも、トイは最後まで自分の為すべきことをした。


 いや、そんな複雑なものではないのだろう。


 ただ、やりたいことをする。


 トイにとっては、ただそれだけのことだったのだ。


 既に話す器官がなくなった口で、大魔導師アークメイジへと啖呵を切る。


 、と。


 ワンドをもうひと振りすると、カインとシーアを空中に逃がした。


 それを最後に、トイの腕は焼け落ちた。


「トイさん、トイさん!!」


 カインは、ただ叫ぶことしか出来なかった。


 勝手にその場から離れていく。


 抵抗などしてはならない。


 それは、トイの覚悟に泥を塗ってしまうからだ。


 だからこそ、その姿が見えなくなるまで、カインは力一杯その名を叫び続けた。


 そして、救って貰ったからには助からなければならない。


「シーア、大丈夫か! おい!!」


 徐々に手から這い上がってくる炎に、シーアは苦悶の声を上げる。


 カインは、シーアを連れて町にある噴水に向かって飛んでいく。


 噴水の傍らに降り立つと、不幸中の幸いか平時と変わらずまだ水が吹き出ていた。


 カインは、急いでシーアの左腕を噴水の水が溜まる中へと浸した。


 だが、シーアの言った通り炎は一向に消えることはなく、彼女の左手を刻一刻と蝕んでいく。


「ああ……そんな……消えろ、消えろよ!!」


 焦燥が、カインを襲う。


(このままじゃシーアが、シーアが死んでしまう!! そんなこと、あってたまるか!!)


 焦慮も限界を迎えて頭が一杯になる中、シーアがカインを呼んだ。


「カイン、ウチね……カインに出会えて――」


「ダメだ、やめてくれ! そんなこと、シーアまでいなくなるなんて……そんなことッ!!」


 カインの頬に、シーアの右手が触れる。


 いつの間にか流していたカインの涙を拭いながら、シーア目は優しく笑っていた。


「カインは生きて。ウチらの想い、カインに託してもいい?」


「そんな……こと、聞くな……よ。俺がシーアの願いを断るわけ……ないだろ」


 口ではこう言いながらも、カインの心の中ではシーアの死を拒絶していた。


 この願いを聞いてしまえば、本当にシーアは死んでしまう。


 彼女は、生を諦めてしまう。


(何か、何かないのか!? シーアを救う方法は……何か!!)


 絶望に瀕したカインの耳に、カツンと金属が鳴る音がした。

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