第2話 大魔導師

 戦場の中央、二つの勢力が衝突している最前線では、両軍共大きく距離を離している。


 それはまるで、彼の魔導師が行ったとされる海を割る大魔法を彷彿とさせる。


 だがそこは、彼一人が立ったとされるには程遠い景色であった。


 入り乱れる色とりどりの魔法が縦横無尽に空を駆け、まさに死地と称すに相応しい場となっていた。


 遠距離攻撃は、最も有効な攻撃手段の一つだ。一方的に相手を屠り、戦闘を優位に進めることが可能である。


 戦争の明暗を分かつのは、遠距離戦を制した側だ。


 だが、それだけが戦いの全てではない。


 それとは別に、遊撃隊同士の衝突がある。


 戦場の一部は乱戦となっており、魔導師は各々の杖を片手に魔法を振るう。


 その内の一つが、大魔導師アークメイジのいる戦場。


 辿り着くべき場所である。


 両軍の攻撃が飛び交う中、青年はあえて死地を横断する。


「こいつは生きた心地はしないな……次にでも落馬しそうだ」


 当然、この所業を両軍がただ見ていることなどしはしない。


 流れ弾はおろか、こちらを直接狙ってくるものもある。


 しかし、猛馬に施されている術式が鞍に跨る彼も含めて盾となり、全てを散らしていった。


 青年の豪胆さも然ることながら、真に驚くべきものは他にあった。


 猛馬の駆ける速度が、桁違いに疾かったのだ。


 まるで一陣の風にでもなったかのように戦場を吹き抜けていく。


「恵まれすぎだぞ。まさかオマエ、〝〟も享けているなんてな。どこまでも寵愛されたヤツだ。なら俺からは共に馳せるための名を授けようか。オマエの名は、〝炎と風を収めし者フランメヴィント〟。どうだ、気に入ってくれるか?」


 フランメヴィントは高らかと咆吼し、これに応えた。






 魔法が入り乱れる暴風の中、未だその存在を堕とすことのない一騎。


 異様な存在に、両軍の魔導師は困惑する。


 かれこれ数十という魔法を浴びて、何事もなかったかのように走り続けている。


 いかな魔導師だろうと、そこまでの術式を一頭の馬に授けるなど考え難い。


 だが、それも認めざる負えないだろう。それ程の魔力を以てして行うからには、その騎乗者も相当の腕前だと予想される。


 それか、余程の馬鹿だろうか。


 後者の可能性の方が大きい事に、とある魔導師は顔を顰める。


 何しろこんな戦場の只中で、単身で乗り込んで来るような奴だ。


 まともな神経をしていないのは明白である。


 どちらの魔導師からも攻撃を受けていることから、そのどちらの味方でもないと予想もつく。


 従って、何の目的があってここに来たのだろうか。


 その行先に、魔導師は思わず恐怖した。







 目的の場所には、今も天を焦がそうと燃える火炎が広がっていた。


 火炎は敵を焼き、大地を包み、世界を燃やす。


 消えることのない永遠の炎。


 これが、大魔導師アークメイジファウストが扱う『』であった。


 禁術魔法ロストアセット――生前偉大な魔導師が生み出した叡智の結晶である。


 故人となった彼らの余りにも強大な力は、世界から危険とされていた。


 だが、それは誰しもが扱えるモノでもなかった。


 その力を扱うだけの素質、適性がなければ逆に禁術魔法ロストアセットにより滅ぼされてしまう。


 またこれは、膨大な魔力の結晶でもある。


 それを手にすれば、忽ち大魔導師アークメイジに匹敵する力を手に入れられると言われている。


 従って、強さを求めてそれを手にしようとする輩は少なくはなかった。


 そして、その犠牲者も。


 禁術魔法ロストアセットは、様々な形として後世に残されている。


 あるものは魔道書として、またあるものは宝石として神秘の力をその身に秘め、世界のどこかに眠っている。


 審問会と聖魔導会はこれを見つけ次第、確保し厳重に保管している。


 だが、それぞれの目的は異なっていた。


 審問会は、これ以上の異端者を増やさないためにこれを保管している。


 だが、聖魔導会は違った。


 彼らはこれらを保管し、来るべき適性者が現れるのを待っている。


 当然、申し出を受ければその適性を検査した後に禁術魔法ロストアセットに触れさせ、適合者となるか試すようなこともする。


 それにより誕生した大魔導師アークメイジを『』と崇拝し、彼らの成すことを『善』とする。


 そう。


 それが例え人殺しであったとしても、神の所業とするのだ。


 故に、禁術魔法ロストアセットを扱う大魔導師アークメイジは他の大魔導師アークメイジとは異なる存在と言える。


 十に満たない彼らは、正に神の使いだ。


 魔の頂点たる〝王魔〟に近いとさえ言われている。


「相変わらず趣味の悪い魔法だな。いつまでもしつこく燃え続けるなんて鬱陶しい。そうは思わないか? 燃えるなら、そうオマエみたいに鮮烈に輝かないとな」


 フランメヴィントも同様に、ファウストのことがいけ好かないようだった。


 軽く鼻を鳴らして青年に応える。


「さてと、お膳立てもこれでもかと受けたことだ。だったら後は俺の番だな。炎には触れるなよ……行けるな、フランメヴィント?」


 もちろんだ。


 そう言葉を表すかの如く疾さを上げる。


 最早、迫る魔法が低速スローモーションで動いているようだ。


 炎の合間を潜り抜け、燃え盛る地へと青年は馳せ参じる。

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