斬魔のカイン ~魔法世界に剣が立つ~

はやみやげん

第1話 宿敵

 この日、俺は抱え続けてきた過去を救う。


 始まりがあった。


 苦難が与えられ、そして然るべき目的が与えられた。


 だから終りが来る。


 度重なる困難を打ち砕き、そして追い続けてきた目標を達成する。


 俺の物語は、ここで終わるんだ。



 幼い頃、枕元で読んで貰った童話。その姿を想い描き、憧れた。自分にも、その強さが欲しいと、目を輝かせたものだ。


 その物語は、幸せな結末で締め括られたと思う。


 なのだとしたら、自分はその主人公でありたいと思う。


 今までは脇役で良かった。はたまた、単なる村人や一度として描写すらさせて貰えなくてもいい。


 だが、今日だけは自分を書いて欲しい。


 一ページでもいい、一行だけでもいい。


 ただその語りの中で、己の目的を達成出来さえするのであれば、俺は傀儡かいらいとなって力を振るおう。



「なんて話、気休めにもならないな」


 この地を踏む以前、湧き上がる心を抑えられるか心配だった。


 だが、実際は真逆。水面には小波すら立ちはしない。


 目にした光景は、記憶と変わらない。


 それだけで、一層決意が固くなる。


 果たせなかった因縁をこの場で断つ。


 髪の隙間から覗き見る瞳が、強く物語っていた。


「――また戦争か」


 そう呟いたのは、漆黒の外套を身に纏う一人の青年だった。


 髪は外套同様黒髪で長く、無造作ななりをしている。


 顔立ちは、幼さが垣間見えるが大人らしい精悍さを備えていた。


 手には、彼の獲物が握られていた。


 恐らく『』だと思われるが、布で巻かれているため全貌を把握することはかなわない。


 青年の眼下では、現在広大な大地を埋め尽くす規模で、戦闘が行われていた。


 普段なら平坦な土地が広がるそこには、今は大勢の人が蠢いている。


 飛び交う『』が敵軍へと撃ち放たれ、巻き込まれた人間は悲鳴を上げながら絶命していく。


「この戦況だと、どうやら異端審問協会の方が押されているな。まあ、それもそうか。何と言っても聖魔導会側には――――大魔導師アークメイジが一人いるんだからな」


 この世界には、二つの大きな組織が存在する。


 異端審問協会。


 聖魔導会。


 この二つの組織は、互いの思想の違いにより対立していた。


 異端審問協会――通称審問会は、異端者を『悪』と規定し、その存在を認めてはいない。


 よって、異端者を見つけては即刻処分し、悪を滅ぼす大義としている。


 異端者とはつまり、魔法を悪用する犯罪者や世界から危険とされる人物のことを指す。


 それに比べ聖魔導会は、異端者は罰すべき者であり、その罪を悔い改めさせるべきだと考えている。


 異端者を悪と決めつけ殺害しようとする審問会とは、相容れぬ存在となっていた。


 更に異端者の中には、崇拝すべき対象として聖魔導会側から奉られる者もいる。


 この要因のため、両者の溝は広がる一方であった。


 その行き着く先が――――である。


 戦況は、聖魔導会が有利に運んでいた。


 それは当然と言える結果だった。


 ある戦闘区画では、審問会側の前線が瓦解し大きく中に抉り込まれる形となっていた。


 それも、一人の魔導師に因ってだ。


 大魔導師アークメイジ――魔導師とは、子供が大人になるように魔法の扱いが一人前になった者に送られた総称だ。


 そして、更に魔導を熟練することにより得られる称号が『大魔導師アークメイジ』である。


 これには、幾つかの特別な要素と天性の才が必要不可欠であった。


 大魔導師アークメイジは、全人類のおよそ六十に満たないとされている。


 七十億の中でそれだけしかいないというだけで、その存在が如何に特異なのかが分かるだろう。


 魔導師と比べ、力量は雲泥の差。


 大凡、魔導師千人分に匹敵する。


 その存在がこの戦場に一人いるだけで一騎当千の働きをし、戦局を大いに揺り動かす。


 青年が睨む先には、巨大な蛇か、それとも波のような赤い光が写っていた。


「――ようやく見つけたぞ。あの炎、見間違うはずがない」


 静かに、だが確かな歓喜に身を震わせながら呟いた。


 大魔導師アークメイジが戦った跡に生者はなく、今も消えることのない火炎が煌々と燃えていた。


 あれが五年前、世界を震撼させていた『』を有する大魔導師アークメイジ


「――


 そして何より、あの日から追っていた殺すべき相手だ。


 しかし、この乱戦の中、大魔導師アークメイジに近づくのは困難である。


 一度戦場に入ってしまえば、自分などどちらにも属さない害虫。


 味方以外の存在があろうものなら、忽ち包囲され殲滅されるだけだろう。


 焦る気持ちを抑え、ゆっくりと考える。


 折角見つけた仇敵を前に、手を出せない苛立ちも、無謀に前に出て死んでしまっては意味がない、と捻じ伏せる。


(ヤツの前に立つ機会は、この乱戦の最中にしかない)


 それ以降は、手の空いた魔導師が突然出て来た自分に対し一斉に攻撃を放つのが、安易に予想出来る。


 そうなれば、大魔導師アークメイジの下に辿り着ける可能性は限りなく低くなる。


「ん、あれは――」


 目線の先には、魔導師と一頭の巨大な猛馬がいた。


 どうやら主人が先に逝ってしまったらしい。


 戦闘中でも構わないと宝に集る様は、まるで腐肉を喰らう蛆の姿に重なる。


 だが、馬は魔力の消費なく高速で移動出来るため、重宝される生き物だ。空席ならば奪い合いは必定か。


「それでも、戦中にやる事じゃないよな」


 取り囲んで魔導師数人で猛馬を取り押さえようとするが、振りほどかれ一人が豪脚で頭蓋を粉砕された。


 残された魔導師たちは、自分らでは律する事がかなわないと悟り、堪らず魔法によって息の根を止めようとする。


 しかし、あろうことか魔法が猛馬に届く直前で弾け散ってしまった。


 魔導師が動揺している隙に、猛馬は前足を高らかに掲げ、前方にいた一人を踏み潰し、そのまま空いた隙間から逃げ出してしまった。


「あの馬、どうやら上等なが掛かっているらしいな。アイツを使うか……いや気に入った。必ず手に入れてみせる」


 荒れた岩肌を駆け下りて戦場に近づきながら、その猛馬の所在を目で追う。


 幸い、猛馬は魔法が飛び交う戦場に飛び込むのではなく、そこから離脱するように交戦している外側に向かって疾駆していた。


「運が味方しているのか。ツイてる。後で褒美をやらないとな」


 戦場の真只中に走られたのでは、手の施しようがなかった。


 が、離れてくれるのであれば僥倖だ。


 他の方法を探す手間も省ける。


 先回りして猛馬の進路に立ち塞がり、接近を待つ。


 駆ける猛馬は、正面に立つ障害などお構いなしに、豪脚を以てして押し通ろうとする。


 襲い来る重圧プレッシャーに眉一つ動かすことなく、青年は来るべき時を待つ。


 次第に両者の距離が縮まり、やがて衝突する寸前、青年は目にも止まらぬ速さで行動に移った。


 馬に備え付けられた手綱を掴み、そのまま弧を描くように体を回しながら、鞍に飛び乗った。


 それは、まさに一瞬の出来事。


 一歩間違えれば死に繋がる行為を、青年はいとも容易くこなしてしまった。


 猛馬は青年の華麗な行動に今尚走り続け、やっと背にある重さに気がついた。


 その場で立ち止まり、振り落とそうとした時にはもう遅い。


 首筋に当たる長物を、猛馬は肌で感じ取った。


 構わず振り落とすことも出来たはずだが、そうはしなかった。


 本来なら、魔法はもちろんただの棒きれなどその巨躯を前に意味を為さない。


 しかし、青年から伝わる雰囲気に本能が自らの死を告げたのだ。


 従って、既に敗北した者が勝者に対し動けるはずもなかった。


「俺に従え――俺に力を貸せ」


 猛馬は、動かない。


「何だ、分からないのか? 仕方ない。もっと分かりやすく言ってやるよ――になれ」


「――――‼」


 青年の言葉を認めたのか。猛馬は低く唸ると、忠誠を誓い青年を主とした。


「よし、いい子だ。それにしてもやっぱり見込んだ通り。上物も上物だな、オマエ」


 近くで見て気がついたが、他の馬と比べふた回りは大きく、鬣は雄々しく毛は燃えるような赤々とした色をしていた。


 一目で逸材だと分かる。


 それに加え、先ほど見た術式による恩恵もある。


 七大元素において、資質を持つ者が七つのいずれかの属性に対して手を加え、独自の効果を得られるようにしたのが『術式』である。


 だが、それには素養の他、類稀なる才能も必要であるため、優秀な魔導師のみにしか構築することが許されなかった。


 しかし、簡易なものであれば、その手順をなぞるだけで術式を扱うことが可能である。


 よって、人々のためになるもの、又は有益なものは自ずと世間に広まっていった。


 この馬には、術式が施されていた。


「火の『』を使ったんだろうな。消すんじゃなく初めに戻る。つまり、魔法として形になる前の状態に回帰させているのか。こうして見ると、ちらほらと他の連中も自分の防具にその手の術式を施しているな。まったく優秀なことだ」


 だが、これらの術式では防げる魔法に限度がある。


 その術式に組み込まれた魔力量以下のものしか、無効にすることは出来ない。


 魔力量とは即ち、魔力の総量に他ならない。


 これは生まれつき決まっており、増えることはない。こうした術式――俗に『』と呼ばれる――は、その魔力量を犠牲にして組み立てている。


 従って、膨大な魔力を組み込んでしまえば、当人のそ総魔力量はその分だけ少なくなってしまう。


 ただ、永遠に失われる訳ではない。


 術式を解体してしまえば、使用した魔力は術者の下に戻ってくる。


 故に、魔導師は最低限の魔力を用いて、これを組み立てている。


 当然魔力量が少ない者は、この術式を組んだとしても組み込む魔力が乏しいため普通は行わない。


 だが驚くことに、この猛馬には一介の魔導師一人分を上回る魔力量で術式が組んであったのだ。


「この魔力量……大層な魔導師だったか。余程オマエにご執心だったんだな。いや、それとも最期の贈り物だったのか。毛並みとの相性もバッチりじゃないか」


 この恩恵があったからこそ、猛馬はあの戦場で没することなく、こうして青年によって新たに大地を駆ける意味を得たのだ。


「さてと、早速俺とオマエの初陣だ。活躍を見せて貰おうか」


 手綱を振り、青年と猛馬は戦場へと駆け出した。

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