第26話 薄い本最終防衛ライン

──朝宮新 視点


次の日。

周囲の学生たちが迫りくる期末試験に絶望し、その先にある《学生にとっての天国》──夏休み──に思いを馳せ、現実逃避している頃。


俺は、別の意味で現実から逃げ出したかった。


(妹が来る……)


昨日の電話で、双子の妹・綴が「夏休みに泊まりに来る」と一方的に告げられた。

確かに成長したことは喜ばしい……が、それはそれとして部屋の片付け問題が浮上してきた。


特に──

(本棚の奥に、カバーで偽装して隠してるアレ……あれだけは……!)


「下手なところに隠したら逆に見つかるし……それだけは何としても避けたい……!」


(悠二に頼む? いや、リスキーだ……。もし梨音ちゃんに見つかったら……悠二が死すら恐れるような制裁を受けることになる……)


梨音は普段は優しそうに見えるが、実は嫉妬深い一面もある。

俺の好みは彼女のとは完全に別ジャンルだし……もし万が一バレたら……


「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」


「なんで朝から念仏唱えてんだよ?」


「……っ!!」


目の前に、まるで生霊のようにぬっと現れたのは悠二だった。


「悠二か……三途の川から戻ってきたのかと思った……」


「おいおい、俺はまだ死んでねぇっての。

それで、何か困りごとでもあるのか?」


「……あぁ、実は……」


昨日の妹との通話内容を打ち明けると、悠二は面白がるように目を細めた。


「へぇ、お前妹がいたのか……しかも双子? それでエロ本の隠し場所に悩んでると……いや、それならそんな難しく考えなくていいんじゃないか?」


「……実家では持ってなかったんだよ。

どこに隠しても妹に見つかるからな……」


「お前の妹、何者だよ……」


「……俺の妹は、嘘を見抜くのが特技だからな。

昔、母さんが『兄弟で仲良く食べなさい』って言ったプリンを一人で食ったら、秒でバレて……泣きながら皿投げられたことある……」


「……なんか色々とすげぇな……」


悠二は呆れつつも、口元に笑みを浮かべた。


「だが、安心しろ。俺がとっておきの場所を教えてやる。」


「……とっておきの場所?」


「なんの話?」


不意に、落ち着いた優しい声が耳に届いた。


「うわっ!?」


振り返ると、ひょっこりと少し小柄な体を背伸びした少女──三津原詩織がこちらを覗き込んでいた。


「おはよう詩織」


「おはよう、悠二君。

それで、『とっておきの場所』って、何か隠し事?」


「え、えっと、それは……」


「ああ、それはな──」


悠二が俺の肩をガシッと掴む。


「夏休みに妹が来るから、テストの成績を隠したいらしい。なあ?」


「そ、そう! そうなんだよ!!」


「へぇ~、新君、そんな悪い成績じゃなかったのに……

まぁ、隠すなら悠二君が頼りになるね。今でも、あそこに隠してるんでしょ?」


「おう、もちろんだとも! 前回のテストも無事に隠し通したからな!」


悠二は自信満々に頷き、俺に向かって指を差す。


「よし、新!

お前に俺と詩織が見つけた──最強の“とっておきの場所”を教えてやろう!!」


「……マジで……?」


「でも、その代わり、あとで梨音には内緒な。死にたくないし。」


「……う、うん……頼む……!」


(助かった……! これで、あの本棚奥の“防衛ライン”は死守できる……!)


詩織はというと、不思議そうに俺たちの様子を見ていたが──

やがて、ふっと小さく笑った。


「ふふ、男の子って本当に、面白いね。」


思わず背中に冷や汗が伝う。


(……詩織さんには、知られたくない……)


心から、そう願った朝だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る